番外1321 ギメル族と高位精霊
庭園の水路を見ながら東屋で茶菓子とお茶で一休みだ。
「これは――」
簡易の感覚器で焼き菓子の味見をしたストラールやカストルムの動きが固まる。それから喜びを表すようにカストルムの目が明滅していた。
「焼き菓子か。これは確かに……美味だ」
「香ばしくて程よい甘さですね」
ラプシェム達も焼き菓子をかじって頷き合う。アルハイムやエスナトゥーラ、ルドヴィア、ザンドリウス達と。新しくフォレスタニアにやってきた面々も焼き菓子を口にして喜んでいる様子だ。
「この焼き菓子は、グレイス様から教わったものですね」
「私はリサ様から教えて頂いたものですよ」
アルケニーのクレアが笑顔で答え、グレイスが嬉しそうに微笑む。
「そうだね。小さい頃に俺が喜んだから、母さんとグレイスが楽しそうに色々な焼き菓子を作ってたっけ」
そう答えるとグレイスがにっこり微笑んで頷く。
焼き菓子……要するにクッキーだな。クルミやナッツを砕いたチップを生地に混ぜたものや、果物や木の実をジャムやゼリー状に加工して乗せたものであるとか、甘い香りのする花の成分を香りつけに混ぜたものであるとか……結構バリエーションがあって凝っている。
森の幸やガートナー伯爵領で得られる素材を使って母さんがグレイスと共に楽しそうに試行錯誤しながら作っていた記憶が残っているが。
今にして思うと母さんは錬金術系の技術も持っていたから、エッセンスの精製などにそうした技術を投入していたようだ。
「そう言えば……大鍋を使えればこういう作業も楽かもと呟いていましたね。当時は意味が分からなかったのですが、後になって錬金道具を見つけたので今なら意味が分かると言いますか」
母さんが言っていたのは、秘密の書庫に置かれていた大鍋の事だろうな。料理や菓子作りに錬金道具の流用はしなかったようだが、まあ技術関係は料理にも活かせるか。
そんな話を伝えるとみんなから明るい笑いが漏れていた。
「テオドール公のご母堂と共に作った焼き菓子ですか」
「良いお話です」
少し楽しそうに笑った後、オーラン王子が目を閉じて穏やかな表情でそう言うと、ストラールが頷く。
アシュレイやステファニアもそんな反応に笑みを見せていた。
そうして思い出話に花を咲かせていると、ラプシェム達が突然驚きの表情で周囲に目を向ける。
精霊の力の高まりと共に、ティエーラ達が顕現してきたのだ。
「ふふ、みなさん楽しそうですね」
と、そんな風に笑うティエーラに、ラプシェム達は少しの間固まって口を開けていたが。
「な、なんという……大きすぎて感覚が掴めない程とは……」
「様々な属性の力を内包している……?」
「ほ、他の方々も……すごい高位の精霊様ばかりね」
やっとのことで再起動したラプシェム達がそんな風に口にする。
「ティエーラとコルティエーラは……僕達の立っている大地全体そのものの精霊と言いますか」
ティエーラとコルティエーラやジオグランタ、月の精霊といった始原の精霊に属する面々は、高位精霊という括りで見ても魔力波長から受ける印象が少し違うというか。大きな力を感じるのは間違いないが、重圧とかそういったものではなく、そこにあるのが当たり前といったような安心感と共に果てしない雄大さを感じられるものなのだ。
だからラプシェム達が感じた印象は、俺が始原の精霊に感じている印象と近いものかな。
ラプシェム達が契約している精霊達はと言えば、ティエーラ達に挨拶をしてからにこにことしていたり、心地良さそうに目を閉じたりしていた。エンメルの風の精霊はルスキニアとハイタッチをしていたりするが。
いずれも高位精霊と近くで接して、その力を増しているように見える。
俺の説明にラプシェム達は乾いた笑いを漏らしつつ、ティエーラ達が温かく迎えてくれたというのも有って、緊張は解れてきたようだ。オーラン王子と共に自己紹介をして、ティエーラ達も穏やかにそれに応じるのであった。
中庭で過ごしたその後で街に繰り出した。その日は幻影劇場と植物園に火精温泉。明くる日は境界劇場と運動公園、城内の画廊を見に行ったりと……フォレスタニア、タームウィルズのあちこちを見て回る。合間を見繕って幻影を交えて旅の話を語ったりもした。
幻影劇場では演目が増えているというのもあるので、数日に分けて訪問する形にはなったが……総じてみんな楽しんでくれているようだった。
ドラフデニアの話であるとか、ネシュフェル以外の国々の歴史に触れるのはギメル族の面々にとっては初めての事だからな。冒険者の王の話は多くの者が筋書きを知っている有名な話だが、ラプシェム達には新鮮な感動があったようだ。外の世界の暮らしや習俗等も含めて興味深い内容であったらしい。
オーラン王子も話自体は知っていたが実際に幻影劇で見ると非常に面白かったとの事で、喜んで貰えて何よりである。
温泉や植物園、画廊等々……他の場所も好評であった。
今回は境界劇場での催しとして、マクスウェルを始めとした魔法生物組がゴーレム楽団の演奏をバックに合唱と……新たな試みを取り入れている。ライブラも公爵家から駆けつけてくれて一緒に参加していた。魔法生物仲間であるカストルムやストラール、それに新しくやってきたエスナトゥーラ達やアルハイムの歓迎でもあるしな。
元々魔法生物は細かな部分の調整は得意分野だ。歌声の音程、リズムの取り方は完璧にこなせるが、マクスウェル達は敢えて感情を歌声に乗せる、というのに拘っているあたりが対話を経た結果と言えるだろう。
「こんな風に温かく歓迎してもらえるとは……とても嬉しいです」
と、ストラールは感激の言葉を口にしていた。口調こそストラールは落ち着いた印象だが、内心は感情豊かな印象があるな。カストルム達も嬉しそうで喜ばしい事である。
そうして数日、滞在しているオーラン王子達を歓待していると、ネシュフェル王国のセルケフト王とギメル族のエフィレトから転移門建造のための準備が整ったと連絡が入る。
ギメル族の秘宝を守るための魔道具類の準備も……オーラン王子達が観劇している間に術式を書き付け、アルバート達が進めてくれていたからな。こちらも準備ができている。
そんなわけで観光を一旦切り上げ、オーラン王子達と共に魔法建築に向かう事になった。転移門が出来上がればすぐに帰れるようになるから、結果として滞在日数に余裕が出てのんびりできるというのもある。
転送魔法陣はシリウス号の簡易厩舎に構築してあるので、資材なども造船所に運び込んでやればいい。というわけで、ついでに造船所の見学をしてから、水晶板モニターを通してネシュフェル側、ギメル族側にこれから魔法建築に向かう旨を伝える。
『私達は後からで大丈夫ですよ。防犯の設備も整えて頂くことになっていますので、私達が先になると長くお待たせする事になってしまいますし』
『それはありがたいな。転移門ができあがったらエフィレト殿とも面会できるのを楽しみにしている』
『こちらこそ。セルケフト陛下にお会いするのを楽しみにしています』
エフィレトとセルケフト王がモニター越しに言葉を交わす。
「では――決まりですね」
まずはネシュフェル王国から転移門を造っていくとしよう。お祖父さん達は例によって転移港で転移門建造の補助をしてくれる手筈になっている。
必要な資材をまずそれぞれのところに転送して、それからあちらに向かう面々も転送。最後に俺達がネシュフェル王国の王都ティルメノンへと飛んでいく。
光に包まれて――目を開くとそこはもうティルメノンだった。王宮の一角、転送魔法陣を描いた部屋だな。では、早速作業を進めていくとしよう。