番外1319 古王国の願い
墓守と対話を重ねていく。ジェーラ女王との事だけではなく、俺と魔人達の間にあった経緯や、今まで出会ったみんなとの事、母さんの話。
これまであちこちに向かって起こった出来事や身の回りの人達に関する話をして、そこで思った事、感じた事や記憶を話の中に込めて伝える。
墓守はじっとそれを聞いて、時折質問をしてくる。それに対して思う事。考えを一つ一つ伝えていく。
中には答えの出ない話や簡単に結論の出せない話もあるけれど……そういう場合は自分もまたその場になってみないと分からないと率直に伝える。例えば魔人との和解の過程で問題が起こったらという問いかけに、単純な答えは出せないからだ。
『俺は仇討ちを否定しないしできない。けれど、ヴァルロス達との約束もある。矛盾する事もあるかも知れないけれど、状況や事情に応じて答えを出していくしかないと思っているよ。話をしたり行動で示していくしかないんだと思う』
だからこそこうするとは決めつけずにきちんと状況に応じて考えて答えを出していきたい。場合によっては戦う事も必要だ。ジェーラ女王の時は……そうだったと言える。
ネシュフェル王国やギメル族の子孫達に罪があるとは思えないし、ジェーラ女王やその側近達も……復讐というよりは怨念や無念に捉われていたから。
思う事を伝えると、墓守はこくんと頷いたようだった。話をする度に少しずつ墓守の輝きも増している。俺の話やオーラン王子の想いに反応しているのだろう。
それなりに長丁場になる事も伝えているからオーラン王子には適度に休みながらでもと伝えたが、かなり集中しているようだ。魔法陣の中で瞑想するようにして想いを向けてくれている。武芸にも優れているからか、集中力も相当なものなのだろう。
そうやって話をしていると墓守も思い出した事がある、と伝えてくれる。
気になる記憶があるのだと。対話をした事で何かが分かりそうな気がするのだと……そんな風に言って。
頷いて、墓守の伝えようとしているものを受け止めれば……何かが見えてくる。
三つ目ではあるが……ギメル族ではないな。古王国の人物。老いた三つ目の男がこちらを見ているという光景。
これが記憶だというのなら、墓守がかつて見た光景なのだろう。墓守の主観によるものだ。
『すまぬな。我らの不徳が招いた結果を、お前に押し付けてしまうような形になってしまって……』
男はそう言って目を閉じ、かぶりを振る。
『こういう話をしても、お前には伝わらないかも知れない。孤独なまま長い務めをするのに高度な意識を与えるのは酷な事であるからな。だから、これはそう……。後悔を吐き出しているに過ぎないのだろうが……老人の愚痴を聞いてくれるか? 皆にもおいそれと言う事はできないのでな』
そんな言葉に当時の墓守は頷いたようで、記憶の映像が少し上下に動く。
墓守を作った魔術師か。墓守の反応に自嘲するように笑って、魔術師は独白するように胸の内にある悔恨を墓守に伝える。もっとあの御仁と話をすれば良かった、と。
『今にして……というよりは、ずっと思っていた事なのだ。従弟である私が……話をしていれば説き伏せる事もできたのではないか。そもそもあのような考えに至らずに済んだのではないか……とな。あの方は誰よりも強い御仁であったが、それゆえに弱き者の気持ちを惰弱と切って捨ててしまうところがあった』
ジェーラ女王の事、か。従弟ということは、ジェーラ女王の後を継いで王位を継承したのかも知れない。墓守を作り上げて任務を与えたという事は、ジェーラ女王の墳墓を作った者達の1人でもあるのだろう。
『私も……見えている世界が違う、足を引っ張ってはならないと、あの方を遠くから見ていたばかりだったが……それは間違いだったのだろう。理解する事や共に笑い合う事を諦めてはならなかったのだ。少なくとも、あの方の傍に幼い頃からいた私にしかできない事だったはず』
だが、間違えてしまったのだと魔術師は語る。
『それが故に、あの方を騙し討ちにする結果となってしまった。憎しみを抱いて亡くなったあの方は、祖先達と同じ墓所に迎えられる事はなくなった。そうしてしまったのはきっと私なのだ。安らかに眠って下さるように、後世に災いをなさぬようにと祈りながら封印の墓所を造りはしたが――』
それが悔恨……か。
『墓守としての任務を負うお前には話をしておきたかった……のかも知れんな。私にはできなかった事ではあるが、あの方や側近達の無念が晴れて安らかに眠ってくださる事を祈っている』
そう語る魔術師。ノックの音と『陛下はお出ででしょうか』と呼ぶ誰かの声。魔術師は誰かの声に『ああ、ここにいる』と応じる。
『では――また後でな』
墓守に少し寂しそうに笑うと背を向けて……魔術師は部屋を出ていく。そうして墓守の見せてくれた記憶は遠ざかるように消えていく。
そう……。そうか。これほどに後悔しつつも手段を選ばずジェーラ女王を止めることを選んだ。それはジェーラ女王とは相容れない立場や想いがあったからなのだろうが……肉親としてもっと何かができたはずだと……そう後悔していたわけだ。
墓守の意識が俺に向き直るような気配がある。俺も意識を向けると、墓守は改まったかのように礼を言って。それと共に温かな感謝の気持ちが伝わってくる。
ジェーラ女王と側近達の無念は晴らされ、自分を造ってくれたあの人の望みも、きっと叶えられたのだろうと。だから、お礼を言いたいと……墓守は言った。
『そうだったなら……俺も嬉しいな』
墓守と話をしていた事とも繋がる部分があるな。話をする事や共に笑い合う事の大切さ、か。
墓守もまた嬉しそうに頷いたようだった。その意識は眩い輝きを放っていて……。
そうだな。墓守の自意識形成はきっと、これで大丈夫だと思う。ここからは現代の言語等、そういった知識も伝えていこう。魔石と共に必要なものはビオラ達が組み込んでくれているし、きっと墓守のこれからに、役立ってくれると思うから。
そうして対話を終えて、戻ってくる。目を開くと魔法陣の輝きが薄れていき、オーラン王子も目を開けた。
「お待たせしました」
「いえ……対話によって彼の自意識が呼応して育っている事や温かな想いが伝わってくるように感じられましたから、寧ろ短く感じられましたよ」
そう言って笑みを浮かべるオーラン王子である。墓守の変化を感じられたというのなら何よりだ。見守っていたみんなやラプシェム達も、対話の結果が良さそうだというのを見てとったのか笑顔を浮かべた。
そうしてみんなの見守る中、墓守の目に輝きが灯り、ゆっくりと再起動する。
「気分はどうかな?」
「良いもの、だと感じられます。こうして言葉で挨拶ができて、嬉しく思っています。オーラン殿下のお気持ちも……ずっと伝わっていました」
墓守が自分の気持ちを口に出すと「おお……」とラプシェムやマクスウェル達が声をあげて、それから温かく迎えるような拍手が起こった。そうやって歓迎するみんなに向かって墓守は改めて深々と一礼する。
「まずは――そうだね。さっきの記憶の話を、みんなに話して伝えてみるのも良いかも知れない。自分を分かってもらう事にも繋がると思うから」
そう言うと墓守はこくんと頷いて、さっきの俺との会話の流れと、俺に伝えてくれた記憶をみんなにも伝えていく。その様子は一所懸命といった印象で自意識が増したばかりという事もあって微笑ましく感じるな。
墓守のマスターであった古王国の王の事も……これでみんなの記憶に留まってくれればそれはきっと良い事なのだと、そう思う。