番外1309 ギメル族の巫女頭
「私は祭事を預かる巫女頭のエフィレトと申します」
秘宝を手にしている女性が名前と肩書きを名乗り挨拶してくる。エフィレトに続き、ギメル族の主だった面々が自己紹介と挨拶をしてきた。
ラプシェム達がある程度の事は話してくれているが、俺達も名前と肩書きを伝えて挨拶をする。
「此度のお力添え、本当に感謝しています」
「我ら一同、ギメル族を代表してお礼を申し上げます」
エフィレト達はそう言って、胸のあたりに手をやって目を閉じ、丁寧に敬意を示してくれた。ギメル式の挨拶というか敬礼のようなものらしいが。
というわけで集落では一番大きな建物――集会所に移動して、そこでまずは話をするという事になった。
情報の共有と現状の確認。それから、今後に関しての話だな。今後の国交に関する話題にも関わってくるので、ネシュフェル王都のセルケフト王や、タームウィルズとも中継を繋いでいる。
「一族をあげて秘宝の帰還と新たな交流を祝して歓待を行いたいところですが……まあ、まずは話し合いをし、その間に準備を進めておきましょう」
との事で。突然の訪問である事に間違いはないからな。
集会所に腰を落ち着けると、ギメル族の面々はお茶を淹れてもてなしてくれた。
密林で採れる薬草を煎ったもので香りは何というか……ほうじ茶に似ている、だろうか。落ち着いた風味で飲みやすい。体調も整えてくれる、という事らしい。
「テオドール殿の力添えには、集落の皆に連絡をしてからという案も出たのだがな」
「秘宝については発見や回収に時間をかけるとどうなるか分からないという意見もあってな」
「女王との戦いに関してはその意見に私達も賛同して動いた結果ではあるわね」
ラプシェム達が言うと、エフィレトは笑顔を見せた。
「良い判断だったと思います。結果として貴方がただけにそのような危険な戦場に向かわせてしまった事は申し訳なく思いますが……」
「いや。それでテオドール殿やオーラン王子と会えた事は嬉しく思っている」
エフィレトの言葉にラプシェムが答える。
「外との交流を少なくしているとも聞きましたが」
「ギメルの目を残すために私達が他の種族から離れた土地に住んでいるのは事実ですが……殊更外部との交流を禁じている、というわけではありません。経緯に関しては失伝していましたが、理由に関しては私達の間でも伝えられていましたから」
墳墓には壁画でその理由が記されていたが……ギメル族の集落にもあまり他種族との混血を何世代も重ねると第三の目を持たない子が増える、という伝承は残っているそうだ。それでも、エフィレト達としてはそこまで自由を縛るつもりはないのだとか。
「精霊達は自由を好むので抑圧を悲しみますし、我らとしてもあまり窮屈なのは大変ですからな」
ギメル族の古老達が言って頷き合う。ネシュフェルとは距離もあるし、第三の目が怖がられた事がある、というのも実際のところではあるそうだが、いずれにせよギメル族自体はそこまで閉鎖的な性格ではないようだ。
そうした掟のようなものがないからこそラプシェム達もここまで案内してくれたわけだしな。
「交流を重ねつつ目や伝統を守る……その均衡を取るのは中々難しいものですが、それは私達だけで考える事ではなく皆で考えていくべき事でしょう。それに何世代も重ねての事ですから、すぐさまどうなるというものでもありませんし」
エフィレトはそう言ってにっこりとした笑みを見せる。それは確かに。そうなる経緯、理由もはっきりしているのだし。
『過去の失敗から学んでみんなで決めていくというのは……私達もそうありたいわね』
『確かに』
ステファニアやエレナがモニターの向こうで頷いている。
エフィレト達の言葉やステファニアとエレナのやり取りに、フォレスタニアやタームウィルズのみんなや同行している面々、集会所にいる精霊達もにこにことしているな。うむ。
「集落に来てお話を聞いて、色々と安心しました」
「そう言って頂けると嬉しく思います。失伝していた部分もありましたが、ジェーラ女王の事はしっかりと語り継いでいきたい内容ですね」
そうだな。実際の戦いの様子をランタンで見て貰って、というのも良いかも知れない。
それから……女王の宝珠についても、エフィレトには見解を聞いておきたい。ギメル族の現状とこれからについて話が聞けたところで、話題をジェーラ女王の事から宝珠に関する事に変える。
女王の宝珠については話を聞いているそうなので、実際に取り出して見せると、エフィレトや古老達は興味深そうに宝珠を覗き込む。
「色や魔力の波長も……私達の秘宝とは違うのですね」
「ですが……悪い印象はありませんな。穏やかと言いますか」
ぼんやりとした淡い輝きを纏う女王の宝珠は、変わらず穏やかな魔力を纏っているという印象だな。
「宝珠に関しては……私見で良いのでしたら……」
と、エフィレトは前置きして女王の宝珠に関して話をしてくれる。
「印象としては危険なものではない、と思います。ただ……ジェーラ女王からテオドール様に託されたものであるならば、私達が預かったり活用方法を研究する事はできないものでしょう」
確かに。ジェーラ女王からして見れば、それは望まないだろうな。
「秘宝に関しては……儀式を通した祈りによって力を発揮するものですから、術式によって活用したりする魔道具とは違います」
「儀式という形で活用するのなら僕自身が考えてというのが良さそうですね」
エフィレトの言葉に少し思案しつつ答える。
女王の来歴や精霊としての性質、武人としての側面等々……その辺を考えて祈りや儀式の形式を考えるというのが良さそうだ。ギメル族の秘儀等々の情報提供はして貰わなくても何とかなりそうだな。
それほど閉鎖的ではないとは言っても部外者である俺が秘儀を見せてもらうというのは問題がありそうな気もするし。
その辺の心配も伝えるとエフィレトは微笑む。
「お気遣いありがとうございます。秘儀は確かにそういった面もありますが……差し支えのない部分でなら協力はできますよ」
ああ。それは有難い。秘儀とは言わずともギメル族の儀式の形式なりを理解する事で宝珠の儀式魔法をより高度なものにしたり、といった事はできるだろう。
ともあれ女王の宝珠に関しては、俺が所有していて問題無さそうだ。国同士の交流に関しても、先程の話だと問題はなさそうだし。
「残った問題としては、古王国から追放された流浪の一族、でしょうか」
オーラン王子が言うと、
『それに関しては伝えるべき内容が魔法審問の報告として上がってきていてね』
と、報告書に目を通しながらそう言ったのはジョサイア王子だ。
『どうも、イムロッド達は一族の意向に反発して出奔し、独自の行動をとっていたようだ』
「それならば……友好を求める事はできそうですね」
「古王国の出来事を理由に……今になって諍いを起こしても仕方がありません。時代を経て過去の因縁を火種にしても仕方がないのですから」
オーラン王子とエフィレトが静かに応じる。そうした事後処理については自分達の解決すべき事だから、と、セルケフト王とオーラン王子、エフィレトと古老達は国と部族を上げて協力していこうと約束を交わしていた。まあ、そうだな。今のネシュフェルやギメルの様子を見ている限りではその辺も大丈夫そうだ。
後は今後の国交に関してだが、転移門についても設置するという方向で話が纏まる。双方の合意がなければ転移門も機能しないからな。状況を見て管理していけば良いし、俺達としてもギメル族の事情には配慮したいところだ。