番外1307 ギメル族の集落へ
シリウス号に乗り込んで出発する前に、使徒達が飛び出した折に砕けた石棺を修復し、墓所の亡骸を改めて埋葬する。
同時に、玄室に石碑を造っておいた。ジェーラ女王の主張自体は相容れないが、女王が何故そんな行動に出たのか、何を無念に思って現世に留まっていたのかという理由については補足しておこうと考えたからだ。
実際に接してみての経緯や印象についても少し話し合って記しておく。
「苛烈な性格であり、強者であるからこそ覇道を選んだ人物ではあったが、それでも自分が正しいと信じるもののために進み、共に歩む者達を守ろうという、信念や侠気を持つ女王というのもまた真実なのだろう。道を違えて血は流れ、我らもまた剣を交える結果となったが……これから先の未来に同じような悲劇が繰り返される事なく、平穏が続く事を願って、ここにこれを記すものである」
そんな風に石碑に記し、俺やオーラン王子の連名を刻んでおいた。アルハイムもそうやって石碑が残されるのは自分のいた雪原を思い出すのか、ラプシェム達と一緒に静かに頷いていたりする。
『女王の行動は……既に歴史の一部だ。この石碑の内容で、問題が起こる事はないだろう。既に……我らは共に進む事を選び、歩んだ後なのだしな』
セルケフト王も石碑の文面を見て、そう言って同意を示してくれた。
「いずれにしてもこの墓所については、ネシュフェル王国側が管理していく事になるでしょう。迷路がありますので管理者は大変かも知れませんが……何となく雰囲気も変化していますし」
オーラン王子が何かを感じ取るように目を閉じて言った。
そうだな。墳墓の中は温かな雰囲気に変化している。実際に環境魔力の波長が穏やかで優しいものに変わっているのだ。これは女王と側近達の、冥府に向かう前の変化が影響を及ぼしているのだろう。
ともあれ封印と忘却を目的としたものではなく、今度はネシュフェル側が鎮魂と伝承によるそこからの学びを目的として墓所を管理していく、との事である。
「迷路については奥までの順路と、働き蜂達が探索してくれた部分は分かっていますので、地図を作っておきます。内部に罠のような危険があるわけではないようですし、地図があれば警備もしやすいのではないかと」
「ああ、それは助かります」
俺の言葉にオーラン王子は笑みを見せた。そうして、俺達は迷路を通って地上に戻ってくる。一先ず遺跡の内部に危険はなくなったが盗掘が入っても困るので、入口付近にハイダーを配置し、人払いの術式を施しておこう。それから、後から足を運びやすいように、転送魔法陣もだな。管理するのならば滞在用の施設も必要になるから、物資等々が運べるとネシュフェルとしても動きやすいだろう。
ギメル族の集落に移動する前に、静養地に戻って領主にも話を通しておく必要がある。
そうしてシリウス号で少し移動して、俺達が顔を見せると領主も到着を迎えてくれた。
オーラン王子が経緯や今後の予定等を説明すると、領主は静かに頷いていた。武官達も王子の護衛を数名残して事後処理に当たるとの事だ。
ギメル族の秘宝返却もあるので長居できないのが残念なところだな。折に触れてゆっくり温泉も楽しませてもらいたいとは思っているのだが。
そうして諸々の作業や報告を終えてから、再びシリウス号に乗り込む。ラプシェム達に向かうべき方向を聞くと、頷いて教えてくれた。
「ネシュフェル国外だから、この地図外になってしまうが……方角や位置としては恐らくこのあたり、になるだろうか」
ラプシェムが地図の外に木魔法で作った駒を置いて向かうべき方向を示してくれる。
「上空から見て分からなければ、現地の精霊に向かうべき方向を聞けば大丈夫だろう」
「そうね。集落のみんなも、森で迷えばそうしているし」
エンメルとレシュタムもそんな風に答えてくれた。そんなエンメル達の言葉に、肩に乗った精霊がこくこくと頷いている。
「ふっふ。ギメル族の集落は精霊達が賑やかそうで楽しみではあるな」
アウリアが精霊を見ながら表情を綻ばせているが。
「では、出発しましょうか」
というわけで、点呼や確認等も済ませ、シリウス号が動き出す事となった。諸々が終わった頃には日も暮れていたので、現地には明るくなってから到着するぐらいの速度で移動していけば良いだろう。暗いと集落を探すのも大変だし、何より夜の訪問ではギメル族を驚かせてしまう。
座標設定がやや大雑把ではあるが、森が見えてきたら更に速度と高度を落として見ていく事にしよう。精霊達の道案内に加えて生命反応感知でも分かると思われるので、大体の場所が分かれば辿りつけるはずだ。
腰を落ち着けてお茶や炭酸飲料といった飲み物が行き渡ったところで、アルバートから連絡が入った。ビオラやコマチも一緒だな。工房からの中継である。
『墓守については、これ以上部品が破損したりしないようにビオラとコマチが処置してくれたよ。破損した半身とは繋いでいないけれど、多少の移動は可能にしておいた』
アルバートが笑顔でそう言うと、モニターの隅から墓守が顔を出して頷いてくる。
「ああ。それは良かった。感謝します、アルバート王子」
オーラン王子が墓守を見て嬉しそうに言う。オーラン王子は共闘したという事もあって、かなり墓守を心配していた様子だったからな。
多少の移動というのは……ゴーレム式の簡易半身を取り付けたそうで。簡単な魔力の信号で制御できるもの、という事だそうな。
「即席でもある程度統一感を出しているのは流石ですね」
『ふふ、ありがとうございます』
『戦闘ができるような強度はないので、間に合わせではあるのですが』
エルハーム姫の感想にビオラやコマチが笑って応じていた。マルレーンもそんなやり取りににこにことしたり、カストルムやアピラシアも嬉しそうにしていたりするが。
とは言っても墓守は元々自意識が薄い部類の魔法生物なようなので、修理が終わるまでは移動をあまり必要と感じていないようにも見えるな。顔を見せた後は部屋の隅に腰を落ち着けているが……まあ、不便がないなら良しという事で。
「後で迎えにいこう。修理等が終わるまで大人しく待っていてくれ」
オーラン王子がそう言うと墓守はこくんと頷いていた。一先ずオーラン王子には安心して貰えたようではあるかな。
そんな和やかな雰囲気の中で、シリウス号は月夜の砂漠をギメル族の集落を目指して飛んでいくのであった。
そうして明くる日。目を覚まして朝食を準備していると、周囲の気候というか風景に変化が見られる地域に入っている事が分かった。
草や低木がまばらに生えていて、バハルザード北部に近い印象があるな。砂漠地帯を抜け出したというのは間違いない。
「このまま進んで行けば植物や水源ももっと豊富になって、我らの住む森が見えてくるはずだ」
ラプシェムが教えてくれる。進んでいる方向としてはあっているようだな。座標と星球儀の示す現在地も、まだ集落の前といった位置なので、移動のための時間と距離調整は予定通りだ。
このまま進んで行けば食事を済ませた頃合いに合わせてラプシェムが示してくれた地域に到着するはずだ。
そうして準備を済ませて食事をしていると、エンメルが外を見て嬉しそうに声を上げる。
「おお。森が見えてきたな」
みんなが進行方向に目を向けると、深い森が見えてくる。緑の密度が高いというか、気候的には熱帯雨林帯に属するので密林と呼んで差し支えないだろう。
「集落の外は森が深い上に湿度も高い。環境の整備は我らの集落でも行われているが、森の中は過ごしやすいとは言えないので注意して欲しい」
エンメルが集落に赴く前に注意事項を伝えてくれる。熱帯雨林では湿度も高いだろうしな。まあ、集落そのものが過ごしやすいというのであれば特に問題はないだろう。