番外1296 王弟の屋敷にて
領主に関しては初老の、落ち着いた印象のある人物だった。胸像の人物達を連れて会いに行き、彼らには仕事があるからと退出させる。
領主の意識を引き込んだのは館の、執務室らしき場所だな。
「新しくラネブ殿下のお仕事を手伝う事になりましたので、ご挨拶に参りました」
そう言って一礼しつつ偽名を名乗っておく。
「ふむ……。直接王族の方々と接するのは……不慣れで気疲れする事もあるとは思うが……失礼のないように頑張りなさい」
と、領主はそんな言葉をかけてくる。
「領主様はラネブ殿下がこの街でなさっているお仕事はご存じなのですか?」
「いや……。逗留なさっておいで、という事は知っているが……。何かなさっておいでなのかな……?」
「いえ。多少魔法が使えるので呼ばれたのです」
そんな受け答えをして探りを入れると、領主は寧ろ考え込むような仕草を見せる。それから、俺に尋ねてきた。
「魔法、とは……?」
「精霊と交信して力を貸してもらう術ですね。それを使ってする事があるのだとか」
「ふむ……。そうか。魔法が絡んだ実験や儀式を行うのであれば……殿下には少々お話をお聞きしたいところだが。ああいや……場合によってはお前の立場を悪くする、か。まあ……方法はこちらで考えよう」
……なるほどな。今の話は領内で連絡無しにそういう事をされては困る、という事だろう。胸像の人物達と一緒にいるところは見せていたし、仮に領主が事情を知っていれば、実際に彼らとラネブとの繋がりの有無に関わらず齟齬には気付くはずだ。
そこで今のような言葉が出てくるというのは……領主がラネブの思惑も胸像の者達の素性も知らないという事の裏返しでもあるか。
どちらかと繋がっていて事情を知っていれば、領主としての言葉は出てこないだろうからな。
改めて居住まいを正し、領主に一礼する。
「お会いできて良かったです。また改めてご挨拶に伺います」
領主が無関係な事は分かった。ややこちらの雰囲気が変わった事を察したのか、領主もまた居住まいを正す。
「うむ。何か困った事があれば相談に乗ろう」
領主は俺にそんな言葉をかける。俺の反応に何か期するものがあった、という事だろう。例えば情報提供者になってくれる可能性があると見ているとか。
それでも相手が王族という事で、お互い滅多な事は言えないのでこうしたやりとりになってしまう、というのは致し方ない。
「ありがとうございます」
礼を言って退出する。改めて挨拶に、というのは夢から覚めた後の話だ。実際に会いに行った場合、恐らく夢の世界での事は忘れているだろうけれど……いずれにしてもこういう形で話を聞かせてもらったわけだしな。きちんと説明をした上で協力を求めたい。
まあ、協力を求めるにしても、もう少し具体的に胸像の者達のしていることを掴まないとな。
執務室から退出するとそこにはホルンが待っていた。
「ん。それじゃあ別荘に向かおうか」
そう言うとこくんと頷いてついてくるホルンである。領主には良い夢を送っておく、とそんな風に鼻を動かして俺に伝えてきた。
そういうわけで領主の館を出てラネブの別荘へ移動する。
雇っている者、別荘で働いている者達の意識はそれなりの数がある。ラネブがわざわざ別荘で雇っているなら近しい立場の者達なのだろう。胸像の者達と結託しているかは分からないが……連中がラネブと繋がっているならその辺は、夢の世界で事情を聞けばはっきりさせられる。
別荘に入り込み、内部構造を確かめつつ意識の位置を探っていく。夢の世界はホルンの能力と意識の集合で構成されているため、知る者が少ない建物内部はやや曖昧な構造になるが、別荘に関してはそれなりの人数が関わっているからある程度は形になっているようだ。寝室の大きさや家具などを見てどういう人物なのか判別ができる程度ではあるから十分だろう。
「主寝室に意識がない、か。この時間帯まで起きているってことかな」
肝心のラネブらしき意識は一番上等な部屋――主寝室にはなかった。セルケフト王とオーラン王子に話を通しているので、ラネブを呼び込んで話を聞いてしまうというのも、今なら問題なくできる。胸像の者達が秘宝を盗み出した事を知らなければ、それはそれで協力を求めればいいのだし、どの程度関わっているのかもはっきりする……と思っていたのだが。
だが、肝心の当人の姿がない、となるとな。まだ眠りについていないのか、それとも今現在、別荘にいないのか。
その辺も他の者に聞いてみれば分かる話か。主が不在かどうかは家人に聞けば判明するはずだ。
なるべく立場のある者が使っていそうな寝室を探してそこで眠っている意識を呼び込み、胸像の者達と共に聞き取りに向かう。
情報が得られなければ全員引き込んで顔を覚えて、別の場面での聞き込みに活用する、という手もあるな。
個々人ごとに夢の状況を変えてやれば発覚するという事もないしな。怪しいと分かっているならば人的リソースや時間を集中する意味がある。
例によって胸像の者達と共に顔を見せると、その人物が胸像の者達を見て言う。
「おや……戻ったのか? 旦那様は?」
戻った、と言ったか。胸像の者達は現在どこかに出かけている? 事件の陰でラネブと繋がっているなら、ラネブが主寝室に不在であった事とも整合性が取れるな。
「いえ。一旦旦那様と別れて、彼らが新顔である僕を迎えに来てくれたのです。旦那様に挨拶をしに来たのですが、まだお屋敷に戻っておいでではないのですか?」
と、話を合わせる。多少辻褄が合わなくても問題ないというのが夢の世界での強みだな。それだけに上手い事言葉を引き出さねばならないのだが……。
「旦那様が戻ったという報告は……受けていない。ここで落ち合うと決めていたのなら……遺跡での作業が長引いている可能性もある、な」
遺跡……。新しい情報が出てきたな。ホルンは靄の中に隠れていたが、その言葉に少し驚いたような表情をしていた。
ラネブが不在なのはそこに足を運んでいるからか? そうなると胸像の者達も一緒にそこにいて、今は街にいない可能性がある。
ネシュフェル南方の遺跡という事を考えれば……ギメル族にまつわるものである可能性が非常に高い。だとするなら……秘宝の活用場所はそこか?
そのまま聞き取りを行って秘宝に関する話も振ってみたが、家人は計画の具体的なところや秘宝の出自までは知らないようだ。関連はある。だがどの程度知っているかは判別がしにくい。少なくとも、ラネブと胸像の者達に繋がりがあるのもはっきりしたが、問題はどこまで知っていて行動しているのか、という点だ。
黒幕なのか単なるパトロン扱いなのか。盗み出されたという経緯を知っているのかいないのかでも対応は変わるし、目的によりけりという部分もあるだろう。
いずれにせよ街を出て遺跡に滞在して何か作業をしている、という事は時間も必要としている、という事だ。問題は、既に何らかの目的のために行動に移っているという事で。あまり時間的猶予を与えない方が良い、というのは間違いない。
「皆さんは迎えで疲れています。自分は魔法が使えるし、その為に呼ばれたのですから、旦那様が戻っていないのなら1人で遺跡に向かってみようと思うのですが……地図等はありますか?」
そう尋ねてみたが……情報漏洩に配慮して遺跡の位置は知らされていない、という返答があった。
なるほどな。そうなると……大凡の位置は生命反応を探って探すか、それとも別荘に忍び込み、ラネブの書斎を調べて証拠と共に遺跡の位置を探すか。
門番に聞けばラネブ達の出ていった方向ぐらいは特定できそうだが。