番外1287 ネシュフェルの王
謁見の間で話をするには流石に憚られる内容という事で、オーラン王子が国王に話を通して会談のための場所をセッティングしてくれる、との事だ。
その為に一旦話を切り上げ、オーラン王子が戻ってくるのを待つ事となった。
『王弟殿下の同席については話に上がらなかったわね』
ローズマリーは羽扇を閉じて少し思案している様子だった。その言葉にマルレーンも少し心配そうな顔で頷く。
『そうだね。それならそれで、反応を見たりもできるけれど』
と、通信機で反応を返す。
王弟については王子との話の中で議題に上がらなかったし、こちらから話題にするのも些か難しいところがあったが、同席するのであれば人となりや受け答えを見る事で判断の材料にできるし、同席しないのであれば……人が少ない分だけ話を纏めやすいというのはある。
少しの間貴賓室で待っていると、オーラン王子が戻ってきて、俺達を案内すると言ってくれた。
「面倒をおかけします、殿下」
「私達としても気になる話が多いですからね」
オーラン王子は笑って答える。そうしてオーラン王子の後に続いて王宮内部を移動し、またどこか、広々とした一室に案内された。荷物の類はメルセディアやエギール達に預け、護衛達には一旦廊下で待ってもらう。
そこには身形の良い壮年の人物が俺達を待っていた。鍛えられた体躯を持つ人物だ。宝冠も身に着けているので、ネシュフェルの国王だという事が分かる。年齢としては40半ばぐらいだろうか。口髭も蓄えていて威厳のある人物だな。
数人の護衛達も部屋の隅に控えているが、まあその辺は通常の範囲内だろう。
「国王陛下にあらせられます。父上、エルハーム殿下とテオドール公をお連れしました」
と、オーラン王子が互いを紹介してくれる。
「ご苦労だった、オーラン。……よくぞ参られた。余の名はセルケフトという」
「お初にお目にかかります。エルハーム=バハルザードと申します」
「ヴェルドガル王国から参りました。テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアと申します」
俺達が名乗るとセルケフト王は笑って応じ、座って茶を飲みながら話をしようと勧めてくれる。
というわけで絨毯の上に腰を落ち着け、女官達が茶を淹れてくれたところで話に移っていく。
「まずは……謝らなければならない事をお伝えしたく思います。事情を説明するには、少し話が長くなってしまうところもありますが」
「オーランにはそう言ったと聞いたが。ふむ。余人には聞かせない方が良さそうな内容ではあるな」
と、セルケフト王は静かに頷き、魔道具を用意させると防音の術を展開する。刻印術式による防音装置か。
半球型の魔道具に刻印術式が施されていて、一定の範囲内の音を外に漏らさない、という効果を持つもののようだ。
ガルディニスの一件については説明がやや難しいところもあるが……とりあえず俺が魔人と戦っていた事は情報として伝わっているようだからな。デュオベリス教団と戦った事を中心に話をしていこう。
「――というわけで、魔人達との和解と共存を目指す中でガルディニスの作った隠れ家に侵入防止の呪いが仕掛けられているという情報を得ました。それがあるのはジャレフ山の山中でしたが、正規の手順、時期を合わせずに入ろうとすると広範囲に無差別の石化をかけるというものだったのです」
「それは――」
ガルディニスの仕掛けた封印について聞くと、二人は流石に顔色を変えていた。
「ネシュフェルとは国交もなく、情勢を寡聞にして知らなかったというのもありますが……ジャレフ山は周囲の水源のようにも見え、石化が発動した場合の人的、環境的な損害や影響が大きいと判断しました。僕達が到着した時には現地に捜索隊がいて急を要したために捜索の手が及ばないように偽装の隠れ家を構築したわけです。ガルディニスが別の場所で遺した伝言をその場に置き、時期を待って危険な本物の隠れ家の封印の解除や内部にある呪物の回収を行いました。それらの点について、貴国の国内で隠れて動いてしまった事や、殿下を欺く形になってしまった事をお詫びさせて下さい」
そう言って二人に頭を下げる。セルケフト王はしばらく思案していたようだが「謝るには及ぶまい」とそう言って首を横に振る。
「……そのような罠が仕掛けられていて我らがどういう判断をするかの情報も足りない。捜索の手も迫っているという喫緊の状況であれば……やむを得ぬ措置ではあろうな。教団の教祖があの悪名高き黒骸本人というのであれば危険視するのも分かろうというもの」
「あれだけの物を誰にも気付かれないように現地で作ったとは……」
セルケフト王は顎に手をやって言い、オーラン王子は驚きの反応を見せていた。
「ともあれ、テオドール公の言葉は受け取った。緊急措置であった故、問題はないと判断する。この一件で責められるべき者はいないと、ここで明言しておく」
セルケフト王のその言葉に、改めて一礼する。
ガルディニスの真の隠れ家に収められていた品々については……物騒な物が多い。呪物や邪法を記した品々である事を伝えると、ネシュフェル国内にあった物ではあるが後々の火種に成りかねないからと、盟主達との約束のある俺の方で処分してもらって構わないとそんな風に言ってくれた。
セルケフト王やオーラン王子に関しては情報収集で聞いた評判の通りではあるのか。
ともあれその話はそれで一旦一区切りとなり、続いてギメル族の話となる。これに関してはメルヴィン王とファリード王が書状を認めてくれているので、それを渡す。
秘宝を捜索しているギメル族と会った事。彼らの調査でネシュフェル兵らしき装備を身に付けた者の手で秘宝が王都に運び込まれているところまでが判明している事が書状には記されている。
その上で何者かの独断であるとか、兵を騙る何者かと、というのも可能性として視野に入れているというのを示す内容ではある。
「なるほど。だからギメル族はかつての友誼を以って警告をして出方を見たというわけか。ガルディニスの一件がなければもっと深く調査が行えたのかも知れぬが……情報の漏洩という点に気を取られてしまったな」
「確かに、時期が悪かったですね」
と、オーラン王子も目を閉じて同意する。
ネシュフェル王国からしてみるとガルディニスの伝言をバハルザードにも知らせに行こうかと考えている矢先の出来事だったろうからな。その辺は予想していたが、今のセルケフト王とオーラン王子の言葉で裏付けがとれたと言える。
「彼らの話ではそのような意図があったようですね。同盟の立場としては衝突に至るような事態は避けつつ、ギメル族の秘宝が精霊に絡んだ物なので大事になるような事がないように……と、そう考えています」
ギメル族の情報追跡手段についても話をしておこう。
精霊同調で精霊の性質を人間に近付ける事で記憶をはっきりさせるらしいが、だからこそ比較的新しい記憶が残っている精霊を探す必要があるらしい。
そうして同調する事で映像記憶を共有して足取りを追った、という事になるようだが。
「幻術にて、それらの記憶を映し出し、土魔法による胸像として構築しています。証言に関しては審問で潔白を証明してもいいと彼らは言っているので、実際に秘宝を持ち出した人物を捜索する事は可能ではないかと」
そう言うとセルケフト王は頷く。
「話は理解した。葬儀にも使われる品とあれば取り戻したいと願う彼らの気持ちは当然であろうし、精霊絡みとなれば今後のためにも真相を究明する必要があろうな」
魔力に揺らぎはない。少なくとも、この二人がギメル族に対して何か画策していた、という事はなさそうだ。セルケフト王、オーラン王子とも協力態勢を築けそうではあるかな。
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