番外1285 王都への訪問者
みんなを交えてしばらくの間作戦会議を行い……それから王都ティルメノン訪問のための話に移る。
バハルザードとネシュフェルの間では往来が大変なので、基本的に使者の訪問に際して事前に先触れを送るという事はしないらしい。
まあ……王族の場合はそれでも何とか調整を行うのが良さそうだとバハルザード側は想定しているらしいが、そもそも王族が危険地帯を越えて移動するというのは余程の事だ。
「想定していると言っても、実際それが必要とされるような状況では順を追った段取り等は難しいのではないか、と……。そんな話し合いがバハルザードの重鎮達の間では行われた事があります。有事の際の避難を視野に入れた話ではありますね」
『つまり……通例ではお互い先触れ等は送らなくとも大丈夫、という事ですか』
エルハーム姫のその言葉にエレナが尋ねると、静かに首肯する。
「そうですね。以前バハルザードを訪れてきたネシュフェル王国の使者とは、向こうもそう考えていると共通認識である事を確認しています。途中で地方都市に立ち寄ったり、野営をする事で相手方に準備時間を確保してもらうという事もできますが……今は秘宝の所在や扱いについて考えると時間も惜しいですし」
バハルザードは戦乱が続いていたからな。王族の避難……亡命といった話も現実的な問題として話し合われるわけだ。
とは言え……シリウス号がある場合、移動に苦労はないのでそれも少し配慮しないとな。
用向き的にシリウス号で訪問すると威圧感を与えてしまう、或いはそうしようとしているという意図で受け止められてしまうという危惧もある。それは本意ではないので、少し遠くに停泊させておいて王都に向かうというのが良いだろうとは思う。
「では、私の絨毯を使って向かうのが良いのではないですかな。砂漠を徒歩で移動するのは大変でしょうし」
と、オズグリーヴが伝えてくる。なるほど。何というか、砂漠で空飛ぶ絨毯というのは妙に絵になるようにも思うが。
ギメル族の面々は一旦シリウス号に乗って後方で待機していてもらおう。いきなりだと向こうも対処に困る。ワンクッション置いて、先に話を付けるという過程が必要だ。でないと、現状で指名手配されている面々を王宮に招き入れる、という事になってしまうからな。
ラプシェム達は一族にとって大事な事を人に任せてしまうのは、と少し渋ったがそれでも納得はしてくれた。
ギメル族に関しては……仮面は外に出る時に必要としている物だからいいとして……服装は着替えておくべきだろう。幻影でギメル族の普段の衣服や正装を映してもらい、それを参考に転送魔法で手配した生地を光球の中で溶かして形成してしまう。
服としては味気ない作り方ではあるが……形にはなる。ローブのような貫頭衣と帯、ポンチョのような衣服に、後は土魔法で構築した装飾品と靴といった感じだ。
まあ、何というか、ギメル族の事を抜きにしてもネシュフェル王国に対しては俺もきちんと伝えておかなければならない事があるしな。国交がなくて内情が分からない故、ガルディニスの仕掛けた罠が発動しないようにという緊急措置をとる事になったが……ガルディニスの隠れ家を作ったり、色々と陰で動いていた部分もあるので、その辺がはっきりすれば事情も明かせるようになる。
とは言え、それを伝えられるのはギメル族の秘宝盗難に国王達が関与していない場合だな……。
シルヴァトリアの王太子ザディアス、バハルザードの先王やカハール、ホウ国のショウエン、ベシュメルクの先王ザナエルク、フォルガロの公王アダルベルトと……為政者が魔法や遺産、術式絡みで画策して国が乱れるという前例は色々あったりするから、中々難しいところだ。
そんなわけで少し王都から離れた北にシリウス号を移動させ、必要な荷物を持った上で同行する面々と共に空飛ぶ絨毯に乗り込む。護衛という事でティアーズ達も2体程一緒だ。メルセディアもエギール達も精鋭ではあるが、護衛の規模を考えるともう少し人手が欲しいというのはあるからな。中継映像もシリウス号側に届ける事ができる。
それに……何かあればエルハーム姫や後から合流するラプシェム達を空から逃がす事もできるし。
シリウス号側にはオルディアと共にテスディロス達も控えているし、有事の際の対応に関しては問題あるまい。
バハルザードとネシュフェルの王都間を結ぶ直線航路上を辿っての移動である。これなら足跡や街道での目撃情報がなくても問題はないからな。
『いってらっしゃい、テオ』
『ん。気を付けて』
と、みんなも出発前に声を掛けて見送ってくれた。
「ああ。行ってくる」
笑って答えればラプシェム達も「手数をかける。感謝している」と一礼してくる。そんなラプシェム達にも笑って頷き、出発となった。
空飛ぶ絨毯に乗ってしばらく移動していくと、やがて王都が見えてくる。兵士達もこちらを認めて、驚いたような表情になっていた。空飛ぶ絨毯にティアーズもいるわけだからな。まあ、兵士達としては驚くだろう。
接近する前に空飛ぶ絨毯を降りて一礼すると、兵士達は顔を見合わせ、それから警戒しつつも近付いてくる。
「バハルザード王国から参りました、第二王女のエルハーム=バハルザードと申します」
「ヴェルドガル王国から参りました、テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアと申します」
「父王より国王陛下に書状を預かって参りました。急な話で申し訳ありませんが、お取次ぎを願いたく存じます」
エルハーム姫と共に名を名乗って書状の封蝋を見せつつ用向きを伝えると、兵士達の表情が固まる。
「し、しばしお待ちを……!」
兵士達の1人がその場を他の面々に預けて、門の中へと走って行った。一応いきなりの訪問なので急がなくても大丈夫、と、走っていく兵士にそんな風に伝えておく。
「そ、その……魔法生物、でしょうか? それは一体……」
「魔法生物……ティアーズ達に関しては護衛役ですね」
俺がそう説明すると、ティアーズ達は身体を傾けるようにお辞儀をし、マニピュレーターで握手を求める。兵士達は驚きつつもこくこくと頷いて握手をしていた。
「念のため、魔法生物に関しても護衛なので問題ないと通達して参ります」
更に2人ほど、兵士が街中に走って行った。戸惑いながらも対応に動くのは早いので、王都にいる兵士達の練度が高いのは伺えるな。
そのまま兵士達にエギール達も挨拶をしたりして待っていると、やがて文官らしき人物が現れる。
「お待たせいたしました。遠路はるばるよくぞおいで下さいました。どうぞこちらへ」
と、街の中に通される。
「急な訪問でお手数おかけします。少しばかり迅速に動く必要がある内容でしたので」
「火急の用、という事ですか」
「こちらとしても事態の全容を掴んでいるわけではないのですが……場合によってはそうなのかも知れません。人命の危機というわけではない……とも思うのですが」
「何か……余程の事情がおありのようですな」
俺の答えに、文官らしき人物は目を閉じて少し表情を曇らせていた。
場合によっては、か。秘宝が売り払われて行方を追う必要があるとか素材として解体されてしまうとか……そういった事態も考えられるし、もっと何か、魔法的な儀式や実験に悪用される事でより深刻な事態を招いてしまうかも知れないからな。
ギメル族の事を除いても早めに対処した方が良い事、というのは間違いない。