番外1278 砂漠の国に潜む者達
夢の中で、ティルメノンの外壁に沿って移動していく。まずは外壁付近にある兵士達の詰め所に向かって騎士団や兵士達の、南への動きを掴んでおきたい。
その傍らで奇妙な位置に意識の反応がないかを調べていこう。
王の弟という人物の評が芳しくないので、こちらとしてもネシュフェル王国への接触には慎重にならざるを得ない部分があるからな……。王家に連なる人物だけに、こちらとしても現時点では対応の幅が狭いというか。
逆に教団残党や少数民族側であれば直接接触しての対応もしやすいのだが、いずれにしてもある程度状況の見極めは必要だろう。
ティルメノン内部のマップは概ね完成しているし、昼間の内に主だった施設らしき場所は確認済みなので特に探索を必要とせず、道中で変わった反応を見かける事もなく……そこに辿り着く。
内部に立ち入り、前の都市部でやったのと同じように少し立場のありそうな人物を選んで夢の世界に引き込み、新兵として挨拶をしつつ南部に関する話を聞いてみた。
「実は、ラネブ殿下の指揮下で南部に配属される可能性がありまして……。襲撃事件に絡んでのものとも聞いたのですが」
と、王の弟の名前も出して尋ねると兵士長は静かに頷いて答えてくれる。
「そうだな。襲撃事件を受けて……南部に関しても兵を増強している。まあ、警戒度を高めているのは……ジャレフ山方面や南方に限らず、ではあるが……それらの地方は他に比べても少し人員が増強されているから、南部に関しても上では何か情報を掴んでいるのかも知れんな」
……なるほど。全体的に警戒するように通達されているが、南部は特に、か。やはりネシュフェル王国としては南方の少数民族に関しても襲撃事件との関連を疑っている、と考えて良さそうだ。
かといって、それが即ち後ろめたい事があるから、となるわけではないが。
「ラネブ殿下は……少々気難しい所のある御方だ。無礼のないよう、気を付ける様に」
それから俺が王弟の指揮下に入ると最初に言ったからか、そんな風にも教えてくれた。気難しい、か。何とも判断が難しいところだが、兵士長の発言としてはこれぐらいに留まるのが普通と言えば普通か。兵士長が善意で忠告してくれている、というのは間違いなさそうだし、そうした忠告が必要となる程度には気難しい、という事になるのか。
夢の中なのでこちらの振る話の細かい部分での整合性は気にされない傾向がある。逆に王弟と南方に何らかの関わりがあるという知識があれば反応も違ったものになるだろうが……こういう反応を返してくるという事は、兵士長は特にそれらを繋ぐような情報を持っていない、という事なのだろうな。
「ありがとうございます」
お礼を言って、その場を退出した。一先ず知りたい情報に関してどの程度の状況なのか察する材料は得られた。
まず南方の警戒度は相応に上がっているという事。それから王弟に関する世間の評価と事件への関わりに対する認知度といったところだ。
決定的な情報ではないが、反応からすると多少は背景も推測できる。
まあ……これ以上の突っ込んだ事情を聞こうとすると、何かしらの情報を持っていると確信できるような相手からでないと難しくなってくるな。必要な情報は得られたから、これで良しとしておこう。
兵士達の詰め所から出てきたところで姿を隠していたホルンと合流し、ティルメノンを外周に沿って歩いていく。
……と、それを見つけたのはしばらく歩いてからの事だった。南東側の外壁周辺に、いくつかの意識が固まった場所を見つけたのである。
眠っている人の意識が同じ場所にいくつかある、というだけならまあ、街中のいたるところにある。詰め所や宿屋もそうだし、同居人……家族の多い世帯であってもそうだろう。
ただその場所が特殊で……どうも南東部外壁の外、地下部分に位置しているようなのだ。
「あの反応の位置は、どう見ても地面より下だな……。穴を掘って、そこに潜んでいるのかな?」
外壁の上部に立って、現場を実際に見ながら言うと、ホルンも同意するように声を上げる。
地下から侵入を試みるつもりなのか、それとも王都の動向が把握できる場所で待機して諜報活動をしているのか。
いずれにしても場所は把握したから調べてみる必要があるだろう。南東、というのもな。発見された時に逃走をする事を想定した場合、少数民族にとっては南へ逃げやすい位置取り……かも知れない。
シリウス号から生命反応を見ているが、あの位置に反応を感知できていないから、昼間はいなかったか、ライフディテクションへの対策のようなものがあるのかも知れない。
流石に東国出身のホルン……獏による睡眠中の意識探知は想定外のようで、対策はなされていないというか、すり抜けているようだが。
「位置は覚えた。一旦夢の世界から戻って、夜が明けたら動いていこうか。接触するにしても、相手もしっかり起きてからの方が落ち着いて話ができると思うし」
そう言うとホルンがこくんと頷く。そうして、風景が靄に包まれて急速に薄れていく。次に薄く目を開けば、そこは宿屋の一室だった。
「ん。おはよう」
と、隣で体を起こしたホルンに目覚めの挨拶をする。目覚めといっても深夜だけれど。
とりあえず……聞き込みで分かった事は明日の朝みんなと共有するとして。何者かが潜んでいる位置については早めにシリウス号のみんなに知らせて情報共有しておくか。
というわけで先程見たものと、その位置をシリウス号側のみんなに知らせておく。
「――だから朝になったらとりあえず穏便な形で接触できるように進めていきたいと思っている」
シリウス号側にいるバロールに位置を示してもらいつつ伝えると、艦橋で待機していたオルディアが真剣な表情で応じる。
「分かりました。交代する前に必ず伝えておきます」
「ん。ありがとう」
バロールに船を少し動かしてもらい、モニターに映るようにしてから光球を飛ばしてこの位置の監視をして欲しいと、みんなに頼んでおく。監視についてはティアーズやアピラシアの働き蜂達が続けてくれるから問題はあるまい。
とは言え地中に潜んでいるのなら、地上から監視していたところで何かしらの動きが観測できるというわけではないが、念のためにの措置だな。
幸いというか、サンドアートを自作の売り物として持ってきているからな。
サンドアートを南門の門番に見せた上で材料を調達とか、砂の質を調べたい等と言えば、地下拠点の頭上付近に居座って堂々と調査ができる。
後は――そうだな。ハイダーを地中に送り込んで、正体を掴んでから接触するのが良いだろう。教団残党と少数民族とでは、目的がそもそも違うから、こちらの対応としても変わってくる。
教団残党であるなら俺が対応するつもりで来ているし、少数民族だった場合は……まあ事情を聞いて穏便な方向で済ませられるものならそうする、というのが良いだろう。
そうした基本方針と共に、改めて朝になったら動く、という事も伝える。地中にいる者達がどちらかだと確定したわけではないが、それ以外の場合だったらその時はその時という事で。
「というわけで、一旦眠るよ。今夜はこれ以上何もしない予定だから、みんなもあまり気を張らなくて大丈夫だからね」
『ありがとうございます。では、おやすみなさい』
「ああ、おやすみ」
オルディアとそんなやり取りをしてから、カストルム達とも軽く手を振り合い、通信の音声を一旦切る。
では――眠る前の身支度等はもう終わっているので、このまましっかりと休んで明日に備えるとしよう。地中に身を隠している者達と……平穏な形での話し合いができると良いのだが。どうなることやら。