番外1277 精霊祭の由来
夜が更けて寝静まるまでの間、調べ物ということで読書の時間だ。絨毯の上に腰を落ち着け、隣に寝そべったホルンを撫でながらエルハーム姫から預かったバハルザードの書物を読み込んでいく。
「かくして使者としてあの死の砂漠を渡り、私を待っていたものはネシュフェルの壮麗な都であった。文化は我が国と違えども平和な良い国だというのが分かる。更にこの時期、収穫を祝って精霊に祈る祭に立ち会えた事は僥倖と言えよう……」
かつてバハルザード王国の使者がネシュフェルを訪れた際の手記のようだ。大型の蠍の魔物が現れるような危険地帯を抜けなければいけないので、バハルザードとネシュフェルの間での交流は……それこそ命懸けだという事を考えればこの手記も貴重なものだろう。預けて貰えた事に感謝をしないとな。
そんなわけで手記の精霊祭に関する記述部分をみんなにも聞こえるように朗読していく。
精霊祭は読んで字のごとく。精霊に感謝の祈りを示すためのものだ。仮面を被って精霊と共に歌い、踊り明かすのだという。力の高まりに伴って精霊と相性の良い者は精霊の存在を感知したり、薄らと姿が見えたりするらしいが……。そうだな。先日の儀式でもタームウィルズ周辺では小さな精霊達の姿が見られるようになっていたから、それに近しい状態になる、という事だろう。
精霊達の姿を身近に感じる祭が定期的に行われるというのは……結構な意味を持つのではないだろうか。
「――私も……この王国に歓迎してもらい、祭の参加者の一人として温かく迎えられ、精霊達の姿を見る事ができた。水面に踊る小さな少女や土の小人、炎の蜥蜴や風に笑う少女……。一瞬だけ視界に映るそれらは煌めく光のようで美しいものだった。聞けば仮面は精霊の一員に成り切るためで……こちらから精霊に歩み寄る事で姿を現してもらいやすくするためのものだという。すっかり精霊祭に魅了されてしまった私は、ネシュフェル王国の滞在中に色々とこの祭について調べる事にした」
と、手記の記述を読み上げていくと、モニターの向こうでフォレスタニアやシリウス号のみんなはふんふんと頷いたり、真剣な表情で耳を傾けている様子だ。
そんなわけでバハルザード王国の使者は滞在中に文献等に当たり、色々と精霊祭の来歴を纏めてくれている。ネシュフェルの文化や習俗についても触れているが、まあ、今は精霊祭に関する話なのでその辺りは一先ず割愛させてもらおう。
「元々……精霊と交信する際に仮面を用いて精霊に近付くという手法は、ネシュフェル王国近隣に住んでいた少数民族の文化……と言うよりは知恵を取り入れたものだという。……精霊を信仰する少数民族で、ネシュフェルとの関係は付かず離れずながらも良好だったが、密林のある地方を生活の基盤としていたために年々砂漠が広まるにつれてどこかに移住してしまったのか、次第に姿を見せなくなり、交流も薄れていったという事だ」
そこまで読み上げてから顔を上げる。
『少数民族……ですか』
オズグリーヴが顎に手をやる。
「時期が時期だけにガルディニスに関する事かと思ったけれど……その民族の秘宝、という可能性も十分にあるね」
『ネシュフェル王国には精霊祭が今でも残っているのですし、襲撃者の正体を考えた時に、その方達かも、と考えていてもおかしくはありませんね』
グレイスが言った。
「そうだね。ネシュフェル王家が情報として把握していてもおかしくはない、と思う。そっち方面での動きがないかも後で調べてみるか」
少数民族は熱帯雨林帯――ネシュフェル王国から更に南方の密林に住んでいたようだ。つまりは、南方への兵士の増強があるかどうかを調べれば良い。少なくとも王家が情報として把握している、という事には繋がる。
『問題は……彼らから襲撃される事に対して自覚や心当たりがあるかないか、かしらね』
「そうだね。実際のところが分からなくても、備えるのは王家として当然だと思うから……それが正当性のあるものなのかどうか、かな」
ローズマリーの言葉に答える。国王達が把握していなくても、王国の誰かが関わっている、というケースや……彼らが誤解している場合というのも有り得るしな。
……王の弟、だったか。少し難のある人物だという評も聞いているが、どうなのだろう。
王族に関しては起きている状態だとあまり突っ込んだ話は聞けないというのもあるな。ホルンと共に情報収集するべき事項が少し増えたか。オーラン王子の所在や動向については昼間の情報収集で知る事ができたから、今度はそっちの情報収集を優先的に進めていけばいい。
それにしても密林の少数民族か。仮に昔ながらの伝統を守っていて、自分達の秘宝を何かしらの経緯によって取り返しに来たのだとするなら……。王都内部かその近辺で様子を窺っている可能性もある、か?
「彼らに接触できれば、色々話も早いんだけどな。少しばかりホルンと一緒に探せるか試してみるか」
『おお、何か方法を考え付いたのですかな?』
ウィンベルグが尋ねてくる。
「眠っている対象がそれだけで特定できるわけじゃないけれど、眠っている意識の位置情報なら、ある程度把握できるからね。王都周辺の外れた場所、おかしな場所に固まっている意識がないかとか、魔力波長の違うような反応がないかとか……上手くすれば探せる……かも知れない。カドケウスも一緒だから、夢の世界にいながら現実で気になる場所を見に行く事もできるし」
そう伝えるとみんなも納得したというような表情で頷いていた。まあ……眠っている意識の把握だから、住民が寝静まっている間に彼らが行動していた場合、ホルンの能力では見つけられないという事は有り得る。
当然教団残党の可能性も否定できないしまだ王都近辺にいるとも限らないから、空振りに終わるケースも考えられる。あまり探し出す事に拘るのも良くないとは思うが、やれる事があるならやっておこう。
――目を開けば、そこは薄靄に覆われた王都ティルメノンの街角であった。ホルンの獏としての能力と、王都に住む人々の意識が作り出した夢の世界だ。
カドケウスも一旦戻ってきて、俺の近くにいる。これは護衛というわけではなく、眠っている間に俺とホルンの間を取り持つ橋渡し役になってもらうためだな。
俺の手とホルンの前足をカドケウスが握って繋ぐ事で、眠りながら循環錬気を行ってホルンの感覚をこちらでも共有できるようにする、というわけだ。
眠っている間の護衛については、例によってティアーズが行ってくれているし、シリウス号でオルディアが待機してくれているので心配はいらない。
高度を上げて街を見下ろすような位置につける。循環錬気を利用してホルンと簡易の五感リンクを行えば……ぼんやりとした光があちこちに見えた。
眠っている人達の意識だな。中には少し濁ったような光があるのも見えたが、ホルンがそれらに視線を向けて一声上げると明るい色合いの光となる。
濁った靄があちこちから浮かび上がってきたが、それをホルンは躊躇う事なく呑み込んでいく。
もぐもぐと口を動かしてそれを咀嚼しているホルンであるが……悪夢を食ったわけだ。
獏の面目躍如というか、基本の能力を見せてもらったというか。実際に悪夢を食う場面というのは中々貴重な気がする。多分、五感リンクしているから感知できるのだろうし。
一通り悪夢を食べ終わると、こちらを向いて満足げに声を上げる。悪夢は回収したので何時でも動ける、ということらしい。
「わかった。それじゃあ、少し街の外周から回っていこうか」
少し笑ってそう答えるとホルンはまた声を上げて応じるのであった。




