番外1276 襲撃者の仮面
王都の大通りを回った後は、カドケウスを動かしつつ聞き込みで情報を集めていく。
兵士達に話しかけて露店を出すにはどうしたら良いかという点から始まり、先日までジャレフ山を訪れていた事に絡んで「オーラン殿下は息災でいらっしゃるのですか?」と尋ねると、兵士達は割合快く応じてくれた。
「オーラン殿下ならお元気だよ。今朝も訓練中に声を掛けて頂いた。心配はいらない」
「お世継ぎであるために執務の一部にも携わっておいでだからね。何かとお忙しい方ではあるが、お怪我などはされていない。襲撃事件の現場とも無関係だったからね」
「それは良かったです。安心しました」
笑顔を見せる兵士達に俺も笑ってそう応じる。オーラン王子は王都の宮殿にいる、というのは間違いなさそうだな。
「襲撃事件に関しては目下捜査中だ。何か見かけたり、気付いた事があれば教えて欲しい」
「分かりました。犯人の目撃情報については……お触れには全身を布などで隠していたとありましたが」
広場にはお触れとして高札というか掲示板のようなものがあって、そこに張り出されていた内容だな。注意喚起と怪しい者達を見かけた場合に知らせる様にという内容だったが……全身くまなく衣服や布で覆っていて、その他の特徴は不明と高札にはあった。
街道沿いを移動していた王宮の関係者に襲撃を仕掛けた、との事であったが。
「俺達も直接見ているわけじゃないが、そうらしいな」
「死者は出ていないが兵士達に怪我人が出ている。街道を巡回している兵士達が駆けつけてくると、砂嵐を引き起こしてどこかに逃げ去ったという」
「砂嵐……。魔法か魔道具でしょうか……」
「かも知れんな。情報提供は呼びかけているが、危険な連中だ。見かけても変に追いかけたりしないようにな」
「分かりました」
神妙な面持ちで答える。流石に王都だと詳しい話が聞けるな。容姿や身体的な特徴等、具体的な所が分からないからそうした変装を解いた場合を考えて、先入観は持たないようにと通達されているそうだ。
まあ……顔を覆っていたり、フード付のマント等を纏って身体的特徴も隠しているような連中などとなれば、誰がどう見ても怪しいからな。その姿で現れたら見かけたら即通報となるだろうが。
いずれにしても教団残党である可能性を念頭に置きつつ他の可能性も想定している、と見てよさそうだ。
兵士達にお礼を言って別れ……その場から移動する。
『顔だけでなく全身を隠しているというのは、やはりネシュフェル固有の理由よね』
『ん。刻印術式の種類や位置でも個人の特定に繋がる。それがない場合も同じ』
「そうだね。国外から来て身体的な特徴がネシュフェルの人達と違ったら、それだけでも大分絞り込まれるだろうし」
ローズマリーやシーラにそう答える。
立地故に他所との国交があまりないネシュフェルだからな。国外から来ている者も、そう多くはないだろう。
いずれにせよ、理由はどうあれ行動する時は顔だけでなく手足まで隠している集団、という事になるな。
格好に関してはネシュフェルの人達の価値観とは相反する。同じ服装で行動を起こすなら街中で悪目立ちするのは間違いない。変装を解いて何気なく紛れ込んでいる可能性も十分にあるが。
『魔法に通じている可能性が高い、というのは注意が必要ですな』
「確かに。それは念頭に置いておかないといけない。とはいえ実際の魔法行使を見てみればその形式から背景もある程度絞り込めたりするから、一度ぐらいはその場面を見ておきたいとも思うけれど」
マジックサークル一つとっても割と技術体系によって特徴が出るからな。ヴェルドガル、シルヴァトリア、ハルバロニスは月の民に関わりが深いので正統派であれば近い技術体系を持つし、エインフェウスならエルフやダークエルフの影響が多く見られる。
ベシュメルクは古来から外との交流を広げずに呪法を発展させてきたので、言うまでもなく独自の路線だな。
そうして少し情報収集をしてから、兵士達に教えてもらった情報を元に街の一角で露店を開かせてもらう。
その間にもカドケウスがあちこち見て回ったり街角の噂話を聞いていたりするが……襲撃事件の犯人についても話題になっているという印象だな。
ただの噂話では尾ひれがついている物も多いだろうから全て真に受けるわけにもいかないが……教団残党の関与を正式に言っているのではないにも関わらず、それ関連の話が多い。この辺は人の口に戸は立てられない、という事だろうな。
そうしてカドケウスが街角で情報収集する傍ら、俺自身も敷布を敷いてサンドアートを並べつつ露店を開いて客に話題を振って聞き込みを行っていく。
中々目新しい情報は得られなかったが、現場にいた、という兵士に会う事が出来た。襲撃事件の話題を振ると、一緒にいる友人達に「お前も現場にいたんだよな」と話題を振られる兵士である。
「まあ……仕事柄あまり詳しい事を言うわけにはいかないが、知り合いが怪我をしちまってな。正直、得体の知れない連中だった。顔や体に布を巻いて隠したり、こう……仮面で顔を隠したりもしてたな」
なるほど。現場にいた当事者に会う事ができたのはありがたい。
「仮面……ですか?」
「精霊祭で使われるものと同じだったから特別な代物ではないがな。あんまり人には触れ回らないでくれよ。祭事に使うものだから印象が悪くなると困る」
なるほど。それでその辺の詳細には触れずに顔や手足を隠していた、と発表する程度に留めていたわけか。
精霊祭については――エルハーム姫が教えてくれた。
『恵みを与えてくれる水や大地の精霊に感謝を捧げる祭りなのだそうです。資料があるのでバハルザードに連絡をとって資料を探してもらいましょう』
それは有難いな。仮面の現物はどこかで見られそうな気がするが、祭りの形式や意義、由来等は現地でメジャーな祭りなら根掘り葉掘り尋ねるというわけにもいかない。
仮面については単純に変装用だとするならそこまで大きな意味を持たないだろうが……精霊祭の仮面、か。どうだろうな。教団残党が採用したとしたら顔を隠しやすくて一般的なものだから都合が良かっただけとか、色々理由も考えられる。
我らの秘宝、という襲撃者の発言もある。色々な可能性を切り捨てず、祭りの来歴についても調べておくべきというのは間違いない。
露店でのサンドアートの売れ行きも好調で、それに伴っての情報収集もまあまあ捗ったと言える。襲撃現場が街の外で死者も出ていない事からまだそこまで緊迫した雰囲気ではないが、王宮はしっかりと警備を厚くしたりといった対応をとっているな。
ガラス細工とサンドアートの売上金もあるので、王都で評判の良い宿に移動して食事をとり、客室でホルンと合流。カドケウスの調査に意識を向けつつ夜に備えていると、エルハーム姫から連絡が入った。
『国元に連絡をとってネシュフェルの精霊祭に関する資料を集めて貰いました。転移門で受け取ってきましたので……どうしましょうか。中継越しか、それとも転送魔法陣を使うか』
「ありがとうございます。それでは転送魔法で受け取りたいと思います。細部まで読んで調べたいというのもありますし」
『わかりました』
礼を言うとエルハーム姫も笑って応じる。というわけで、資料をフォレスタニア側にある転送魔法陣に置いてもらい、宿屋の一室まで引き寄せた。
では、ネシュフェルの精霊祭について調べていこう。特に祭の来歴について調べる事で、我らの秘宝という部分に何か……他の、ネシュフェル近辺の事情が見出せるかも知れない。あくまでも、襲撃者達が精霊祭の仮面に何かしらのメッセージ性を込めているなら、の話ではあるが。