191 先代の娘
「みんな、怪我は?」
「こちらは問題ありません」
フレイムデーモンと巨人、指揮官を片付け、残りを掃討したところで状況も一段落。
みんなには特に怪我もないようだ。まあ、ボムロックなどの魔物が出てくるのは城内だし、アーマー達は問題にならない戦力だったということだろう。
活動停止したリビングアーマー、ヘビーアーマー達は魔石を抽出するか、そのまま防具や金属素材として回収可能。イルムヒルトの矢はリビングアーマー達の原型をそのまま残していたりするし……なかなか高値が付きそうで結構なことだ。
巨人とフレイムデーモンは魔石抽出。これらはかなり良質な魔石になった。後で利用法を考えねばなるまい。
……ということで、剥ぎ取りを終えて城門を潜ったところにあった石碑から帰ってきたのだが。
「……炎熱城砦ですか。門番を倒したということですかね」
並べられた戦利品を前に、受付嬢のヘザーが目を丸くしている。
「一応は。でもあの連中って撃破しても、いずれ復活するんですよね?」
「そのはずです。記録ではかなり昔になっていますが、復活についても書かれていますね」
BFOでは月齢による。現実である今だとしばらく復活はないようだが……それもまあいずれというところだ。リスポーンするフレイムデーモンや巨人とその度に実戦方式の戦闘訓練というのも悪くないとは思うが。
「炎熱城砦だとよ……」
「門番倒されたんだってよ。俺らも行ってみるか?」
「馬鹿言え。下層まで辿り着けってのがまず無理だ。それに城門まででも相当ヤバいって話だぞ?」
「ああ。あの子って確か……この前劇場作ってた子でしょう?」
「人は見かけによらないってやつか」
「あれだよ。きっと何百年と修行を積んだ魔術師なんだろ」
「なるほどな……」
……あー。勝手に噂が独り歩きしているうえに変な納得のされかたをしているが、聞かなかったことにしよう。ヘザーは周囲の噂話に苦笑いを浮かべていた。
「ともかく、城砦内部の探索ができるパーティーというのは本当に久々なので、ギルドとしては戦利品に期待していますが、怪我をなさらないようにしてくださいね」
「気を付けます」
「テオ君も色々大変だね」
「全くだ」
家に遊びに来たアルフレッドにギルドでの顛末を話すと、やはりというか案の定というか、苦笑された。
「それで、これがその魔石?」
「そう。だけど……最初から属性がついているな、この魔石は」
娯楽室のカウンターの上に置かれたフレイムデーモンの魔石は、触れると熱を持っているのが分かる。質の良い魔石の中には、こういう属性付のものが出てきたりする。汎用性はないが特化する分だけ強力だったりするのだ。
「使い道は決まっているのかな?」
「いや。巨人の魔石共々使い道を考えてはいるんだけど、まだ決まってない」
これを工房に持ち込むのは良いとしても、どう活用するかは迷うところだ。これだけの品質なら大がかりな魔道具に使うというのも有りと言えば有りだろうし。いっそまた新しい物を作るのにチャレンジするのも良いかも知れないな。
アルフレッドと使い道についてあれこれと話をしていると、セシリアが娯楽室に現れた。
「旦那様。イザベラ様が見えております」
「お客さんかな? 僕のことは気にせず行ってくるといいよ」
「……分かった。すぐに応接室に向かう。シーラも呼んできてくれるかな」
「かしこまりました」
セシリアは一礼すると戻っていく。
「んー。悪い」
「いや、いいよ。僕も遊びに来てるだけだしさ」
アルフレッドは笑みを浮かべてビリヤード台を見やる。随分と気に入ったものだ。
「気に入ったなら工房にも置こうか?」
「それは嬉しいけど、息抜きが多くなるのも問題があるからな……。そのうち王城でもできるようになるわけだし、程々にしておかないとね」
そう言って、休憩中の迷宮村の住人達とアルフレッドはビリヤードを始めるのであった。
やってきたシーラと共に応接室へ向かうと、イザベラともう1人の人物がそこにいた。
ええっと。どこかで見たことがあるような……。ああ、娼館の受付だった子か?
「突然の訪問にもかかわらず、私どものような者に過分な取り計らい、ありがとうございます。こちらはドロシーです」
「先日は自己紹介ができず、今になって申し訳ありません。ドロシーと申します」
イザベラは俺を見るなり、隣の受付のドロシーと共に頭を下げてくる。イザベラは前に見た時とはまた装いが変わっているな。職場用のドレスや、盗賊ギルド仕様の動きやすいものとは違い、ドロシー共々シックで落ち着いたデザインのフォーマルな衣服だ。言葉遣いもかなり改まったものであるが……。
「いえ。こちらこそお待たせしました。テオドール=ガートナーです。こちらはシーラ」
そう言ってシーラと共に席に着く。すぐに使用人がお茶を淹れてくれた。
「本日参りましたのは、先日の一件です」
「イザベラさん。そこから先は私が」
ドロシーはイザベラからの言葉を引き継ぐと、片膝を突く形で頭を下げてくる。
「私の父の仇を討ってくださったことを、感謝します」
盗賊ギルドの一件で仇ね。イザベラも一緒にやって来たとなると、彼女が先代の娘か。多分、盗賊ギルドの関係でランドルフの後始末をしている過程で、どこかから情報が出たのだろう。
「頭を上げてください。あれは、僕の仕事でもありましたから」
「それでもです。父が亡くなってから、私はイザベラさんに引き取られ……お世話になっているのに何も返せずにいました。ですが……いえ。だからこそ受けた恩を忘れるわけにはいきません。私には大したことはできませんが、何かお返しできることがあればと」
ドロシーの言葉に、イザベラは少しだけ困ったように笑みを浮かべた。娼館で受付というのは多分……ドロシーが言い出したことなんだろうな。
「確かにその言葉、受け取りました」
「はい……」
「そう、ですね。仕事だったというのはさっき言った通り。何かの折に知人の伝手として協力を求めることはあるかも知れません。僕の立場として言えることは、そんなところです。それに、あまり重い貸し借りは好きではないので」
盗賊ギルドの情報屋としての利用は今後もあるかも知れないからと。その程度に濁しておく。
そこで言葉を切って、シーラを見やる。小さく頷き、シーラが言葉を引き継ぐ。
「ランドルフは、私にとっても仇だったから」
「イザベラさんに、聞きました」
ドロシーは少し寂しそうに苦笑する。
「私の両親とドロシーのお父さんは……仕事では知り合いだったみたいだけど、私達は初対面。だから……」
シーラは右手を差し出して、言う。
「ドロシーが友達になってくれると、嬉しい」
「わ、私で良ければ喜んで……!」
ドロシーはシーラの手を取って立ち上がる。
友達か。……うん。いいんじゃないかな。
「せっかくだし、少し娯楽室で一緒に遊んでくるのもいいんじゃないかな」
「ん。ドロシー。一緒にどう?」
「え、ええと?」
「行ってくるといい」
俺とイザベラに見送られて、2人は出ていく。
裏社会に繋がりが深いとは言え……イザベラもドロシーも町に顔が利く立場であることは変わりないわけだしな。義理人情で動いているところがあるから、俺としても盗賊ギルドが友好的な魔物達に対して好意的であるなら、それは歓迎すべきことなんだろう。
「ギルドのほうは大丈夫なんですか?」
「残った連中を何とか纏めてますよ。ランドルフに捕まっていた者から話を聞いたんですがね……まあ、それでランドルフが先代に仕出かしたことを知った次第でして」
「……なるほど」
ランドルフの屋敷に捕えられていた者の中に、盗賊ギルド関係者でもいたのかな。
「私としてもお嬢と同じく、返し切れない恩だと考えてますが……大使様の立場も考えると、私らみたいな連中があまり大挙して押しかけても迷惑かなとも思いまして。それでも、礼は礼。伝えないわけにはいかない」
「だから、ギルドではなく個人としてですか」
「はい。私達はこれから先、大使様の味方になりますということも伝えておきます。大使様の立場ではあまり公言できないでしょうが、何かあったらいつでも駆けつけますので」
「覚えておきます」
そう答えると、イザベラは静かに頷いた。
「まあ……この話はこれぐらいにして。イザベラさんも娯楽室に寄っていかれては?」
そんな俺の言葉に、イザベラは目を瞬かせるのであった。




