番外1173 西海と船乗り達
「――では、私は後方にて陛下と共に待機し、説得が失敗に終わった場合の魔人達の出現に備える、という事になりますか」
作戦の内容について伝えるとアランは静かにそれを聞いていたが、やがて広げられた海図を見ながら頷いた。
「基本的にはそうですね。この場合は備えが必要にならない事が望ましいと思いますが……アラン卿が後方で備えてくれている、というのは私達としても安心でしょうか」
「確かに。私達も安心して動けるというものです」
アランに俺が答えるとエリオットも頷く。
ギデオン王は飛行船で中間地点にて待機、という事になる。まあこれは有事に備えてのもので、あちこち移動して陣頭指揮等が執れるように、というわけだな。ギデオン王が実際に飛行船で動く事になる、というのは想定している中ではかなり悪いケースではあるが、備えは必要だ。シリウス号に乗っている限り、転移魔法による合流も難しくないしな。
「しかし、何ですね。西方の海域と聞いていましたが……この辺に何かがある、と言われると納得できる話でもありますね」
アランが海図を見ながらそんな風に言った。
「そうなんですか?」
「ええ。この辺の海域は陸地から距離もありますが潮の流れが早く、海も荒れやすいので船乗りや地元の漁師も近付かない場所なのです。通常の航路から外れるというのもありますが――他にも……城に記録があるのです」
思案したアランが文官に視線を向けて何事か指示を伝えると、文官も頷いて簡易サロン代わりにしている大広間を退出していき、やがていくつかの書物を抱えて戻ってきた。
「これは?」
「上がってきた報告を種類ごとに分類して纏めたものです。島内の問題を洗い出したり、何か事件が起こった際に類似の例や原因を探ったり……といった使い方をするわけですね」
ああ。それは便利そうだ。俺としても参考になるかも知れない。
アランは漁業や船舶関係の報告書を開いて少し探していたが、やがて「ああ。ありました」と目当ての物を見つけたらしく、テーブルの上に資料を広げる。
そこには――かなり前の記録ではあるが、船が嵐に流されて同海域に流された、という報告が書かれていた。
西の海域にも少しばかり島があるらしいので、それらや潮の流れを見て大凡の現在地を割り出し、どうにか無事に帰ってきたらしい。その途中、食料確保のための釣りで、見たこともない奇妙な魚を発見した、と報告書には書かれていた。
アラン自身は……島の統治を任される以上は過去の出来事は把握しておきたいと、これらの過去の資料に全部目を通したらしい。
「資料の中でもやや毛色の違う事件でしたから……割と強く印象に残っていた、と言いますか。興味を惹かれるものがありまして」
「アラン卿は昔から好奇心旺盛で向学心が高かったですからな」
アランの言葉に、笑うウェズリーと楽しそうに笑って頷くエリオットである。アランは少し誤魔化すように笑っていたが。
「これがその魚、ですか」
資料に描かれているのは大きく口が裂けて頭と目が肥大化したような魚であるとか、黒い体表に濁った眼を持つ魚であるとか……言うなれば深海魚のような見た目をした魚達であった。
これを描いたのは件の船に乗っていた船乗りだという話なので、伝聞ではなく実際に目にしたものなのだろう。
「記録を読む限りでは当時、奇魚は大分噂になったようです。好事家が興味を持って集めてくるように依頼を出した、とありますね」
件の海域に赴いて幾度か漁が行われた、と書かれている。多少の成果はあったらしいが……海が荒れやすく危険な事や、船乗りが奇魚の見た目や海域の雰囲気などから段々と恐れをなして……忌避されるようになったようだ。
「同じ種を知っているというわけではありませんが……こうした変わった魚は深いところの岩陰に潜んでいる事が多いですね。たまに海流に乗って餌を取りに来たり、何らかの理由で外に出ることもあるようです」
「意外と味の良いものもおりますな」
ロヴィーサが言うと、ウェルテスもそんな風に言って同意する。そんな海の民の言葉にアランは興味深いというように真剣な表情で顎に手をやって頷いていた。
『海底洞窟があるというのなら……条件としては合致しそうではありますね』
『嵐によるものなのか、季節によるのか。何かしら条件があって奇魚が外に出てきて偶々釣れた、といったところでしょうか』
グレイスの言葉に、エレナも思案しながら言う。
『封印が影響している可能性は……どうかしら?』
「経緯を考えれば……それで生態系や漁師達の心理面にも影響が出たっていうのも有り得ない話じゃないね。このへんは推測に過ぎないけれど」
ローズマリーの言葉に答える。
「迷信深い地元の漁師やお年を召した元船乗りは、あの海域を今でも忌避しているようですよ。若者はそうでもないようですが、取り立てて赴く理由もありませんからね。私としては……由来に繋がるお話を聞くことができて、非常に嬉しく思っています」
なるほどな。アランはそういったリサーチやフィールドワークも趣味なわけだ。
ともあれ、事前に現地の情報を手に入れられたのは有難いな。封印の影響が環境にも出ているかも知れない、というのは作戦行動に際しても留意しておこう。
そうやって諸々必要な事や現地にまつわる話をしたところで、作戦会議も一段落だ。
「オルトランド伯爵は文武両道で品行方正を地で行く、騎士とはかくあるべしといった印象でしたからね。私もかくありたいと思ったものですよ」
「それを言うなら私こそ、です。当時は凄い同期がいるものだと良い刺激になりました」
「いやいや。留学生の目の前という事で、殊更襟を正していたのですよ。本当に――生きていて下さって良かった」
と、そんな風にエリオットとアランが留学時代当時の事を語って笑い合う。そんなやり取りにギデオン王やウェズリーが目を細め、モニターの向こうでもアシュレイやカミラも穏やかな表情を浮かべ……そうして夜はゆっくりと更けていくのであった。
――明くる日。城での朝食を終えてから、西の海域に向けて出発する事になった。アラン以下、城の主だった者も見送りに来てくれる。
「アランも同行したかったのではありませんか?」
「確かに、興味がないと言えば嘘になりますが、私は私の務めを果たさねばなりません。現地の情報をお聞きし、見ることができるだけで僥倖です」
ギデオン王の言葉に、アランは笑って答える。アランは島に残って有事に備える、と。
趣味で色々調べたりはしているが、それを任務に持ち込んでは公私混同でもあるし、王の安全や領民の保護が最優先だろうしな。アランの中での確固たる線引きではあるのだろう。
「後顧の憂いがないよう、皆様の戻ってくる場所は身命に賭して守ります。任務が首尾よくいきますよう、応援しております」
「ありがとうございます。皆で無事に戻ってきたらまたお話をしましょう」
と、アラン達に見送られて飛行船に乗り込み、俺達は西の海域を目指して飛び立った。
そうして離島を出て、西の海を目指して進んでいく。イスタニア王国の海図で案内してもらっているので、現地まで一度二隻の飛行船で向かい、到着したら俺達はグランティオス側の船に乗り込んで、ギデオン王達は一旦中間地点まで戻る、という手筈になっている。
食事に関しては改造ティアーズ達も厨房設備を使えるので、幾つか料理のレパートリーを渡してある。シリウス号滞在中のギデオン王も不便はすまい。