番外1174 海底洞窟を目指して
西へ向かって進んでいくと少しずつ海の様子も変わってくる。陸地から離れて海が深くなっているのだろう。飛行船の高度を落とし、船底を海面に触れさせて水面下の様子も見ていく。
大きな陸地――イスタニアからはやや離れているから栄養素が少なく、透明度は高いが生命反応は少ない。海底はある程度の深さを保ったままで、ごつごつとした岩場が続いているようだ。
たまに隆起して、頂上付近が海上に飛び出ている場所もあるな。かつての火山活動の痕跡、だろうか。
「海の底を上から見ていると、吸い込まれそうな感覚になりますね」
その光景を見たドナが言う。
「そうですね。山々の高さより深くなっている場所もあって、文字通りに底知れないと言いますか」
と答えると、ドナと共にギデオン王も「ほうほう」と関心を示してくる。
「僕も深海にはそこまで詳しいわけではないのですが……」
そう前置きしてから深海について知っている事を話していく。
「深く潜るに従って、陽の光は段々弱まり、ほとんど届かなくなっていきます。このへんは海水の透明度にもよりますが、深い部分は真っ暗だと考えて貰って良いかなと」
「そうですな。我らもある程度の光の届く範囲で暮らす事を望んでいますから。深みの魚人族は――我らより住処に選ぶのは更に深い場所のようですが……」
と、俺の言葉にウェルテスが答える。そうだな。グランティオスの民やネレイド族に関しては比較的浅い海中を好むようではあるが。今見えている映像は、暗視の魔法で見通している、というのと、透明度が高いという理由によるものだ。
「他にも深海は中々過酷な環境で……深く潜るにつれて水の重みを無視できなくなっていきます。水圧と呼ばれるもので深い場所ほど、周囲から強い力がかかるというわけです」
例え話であるが、水で満たされた樽の上部と下部に放出口を設けた場合に、下の方ほど水自体の重みで勢いよく水が出る、と言うのと同じだ。土魔法で模型を作って説明すると、ふんふんとドナは頷いていた。モニターの向こうではティールもこくんと頷いていたりするが。
水分子を砂に例えても良いかも知れないな。深い底の方ほど、砂同士でも押し合い……その中に放り込まれれば周囲から万遍なく押されて、耐えられる構造になっていなければ潰される、というわけだ。
『私達海の民でも、これは無視できませんね。術式で対処はできますが……どこまでも深く潜っていけるのかとなると、通常の術式だけでは難しくなってくるでしょう』
と、ロヴィーサが言った。そうだな。海に面した国々であれば陸の民も水圧対策の術式を保有している傾向があり、水中呼吸の術や水泡を纏う術等に対策が統合されていたりもする。その辺はイスタニアも例外ではないようだが……海の民の方がその方面では専門だろう。
「こうした深い海域ではそこに暮らす生き物も、そういう厳しい環境に適応をしている、というわけですね。おかしな見た目の魚も、それぞれが生き抜くための、何かしらの理由があってのものでしょう」
『深い場所になると視覚が殆どない魚というのもおりますな』
と、エッケルスが補足説明してくれる。
「視覚よりも嗅覚や振動を感知する能力を発達させた方が有利という場合は多いでしょう。環境に合わせてより生き延びやすい者達が世代を重ねて行く事で子孫達が最適化されていく、というわけですね」
何かの器官を維持するのはエネルギーを使うしな。あれもこれもと能力を獲得すれば、より多くの食糧なり――魔物なら魔力なりを確保しなければならず非効率的だ。
生命の密度に乏しい深海では当然餌も少ないので、役に立たない器官、能力を切り捨てて、より効率化、最適化を果たしていかないと、生き延びるのは難しい、というわけだ。
また、外洋は栄養や餌に乏しいが、海流が街道のように繋がっていて……それに乗って離れた海域から生き物がやってきて、環境が合えば定着する、ということもある。離れた海域でも似た生き物が暮らしているケースというのは往々にしてある。
件の海底洞窟も、水流がある場所があるようだし、奇魚もどこか、別の海域からやってきた者達かも知れない。
そうした説明をするとみんなは真剣な表情で頷いていた。
いずれにしても、俺達の場合は四大精霊王の加護があるからな。一先ず探索中の水圧等の問題からは解放されている。今回の探索に関してはこの辺は大きな問題にならないだろう。
「一先ずは水圧等への対策は取れていますから、そこは安心して貰っても大丈夫かなと」
「ふふ。安心しました」
と、ドナは明るい笑顔を見せる。
そうやって話をしながら進んでいくとやがて目的の海域に到着する。海底の様子にも変化が見られた。切り立った崖のような……一気に深くなる場所が、下部モニターに映っているのが見えた。
もっと全体を見れば南北に伸びた大きな亀裂のような地形になっているのが分かる。対岸までの距離はかなり開けているし、所謂、海溝と呼ばれるものほど深く切り込んではいないようだが。まあ大雑把に言って谷状の地形だな。
「ここが――目的の海域というわけですか」
「そうですね。あの谷間の岸壁に水中洞窟が形成されていて……ウォルドムはその一つに封印を残した、という話です」
ギデオン王に答える。
目的としている海域に到着したという事で、ここから準備をして実際に探索に動いていく事になるだろう。
モニターの向こうでティールが声を上げる。自分も参加したい、との事だ。
ティールに関しては同族――マギアペンギン同士で過ごす時間も、という事で道中はフォレスタニアにいたが、海に向かうので目的地に着いたら合流したいと言っていたからな。
というわけで設備と魔道具を利用してシリウス号側に召喚する事にしよう。
船倉に赴き、まずはティールを召喚してくる。マルレーンの属性を与えられた魔道具を掲げてマジックサークルを展開すると、床に描かれた魔法陣も輝き、ティールがシリウス号内に現れ、嬉しそうに声を上げる。翻訳の魔道具によると、これで手伝いができる、とのことだ。
「ありがとう、ティール」
そう言うと、ティールもこくんと頷く。というわけで、ティールと共に艦橋に戻る。
「マギアペンギンのティールです」
ギデオン王達に紹介すると、ティールも首をこくこくと縦に動かして挨拶をしていた。
「これは御丁寧に。ギデオン=イスタニアです」
「ドナって言うの。よろしくね」
ギデオン王やドナ、ウェズリーや騎士団長も笑顔になってティールのフリッパーと握手を交わしていた。そんな光景に、モニターの向こうでエレナやマルレーンも微笑んだりと、少し和やかな空気になっていた。
さて。ティールも召喚して迎え入れたところで、探索班は必要な荷物を纏めてグランティオス側の飛行船へと移動していく。
「それじゃあ、アルファ、アピラシア、ティアーズ達も。後の事はよろしく頼む。中継映像は繋がるようにしておくから、連絡は密にしておこう」
そう言うと、アルファ達はこくんと頷いた。シリウス号は一旦中間地点まで戻って、バックアップに回ってもらう、と。
「では、お気をつけて。作戦の成功を陰ながら祈っております」
「ありがとうございます」
甲板から甲板へ。グランティオス側の飛行船に乗り込んで、ギデオン王達と一旦別れる。
さて……では、ウォルドムとの約束を果たしに行こう。みんなが怪我をせず帰れるように、気合を入れて作戦に臨まなければな。




