184 夕暮れの帰路
片っ端から残党を縛り上げ、中庭に転がしていると、ランドルフが意識を取り戻したらしい。
こちらを敵意を込めた目で見てから、微妙な表情を浮かべる。魔法を封じられていることに気付いたらしい。
「て、めえ……」
ランドルフはこちらを呪い殺さんばかりに睨み付けてくる。
「1つだけ確認しておく。シーラの両親の件だ。さっき言っていたことは間違いないな? 他に実行犯は?」
「それで俺を生かしておいたってわけか? とんだ甘ちゃんだ」
ランドルフは薄笑みを浮かべる。奴隷商と薬物絡みのことは、手下も生け捕りにしている以上は、いくらでも明らかにできるだろう。しかし盗賊ギルド絡み、特に先代ギルド長のことについてはこいつから聞くしかない。
そのへんの魔法審問での追及は、シーラの盗賊ギルド内での立場もあるから難しいところだ。
「ああ、他にもあの時加担した奴はいるぜ。そいつを聞き出したきゃ、俺を引き渡すわけにはいかねえよな?」
ランドルフはそれを計算しているらしいが――こういう口八丁で延命を図る方法は予想している。そんな薄汚い延命策、させるとでも思っているのか。
「フォルトック。どう?」
「……嘘じゃな」
俺の懐の中に隠れていたカーバンクルのフォルトックが、もぞもぞと動いてから、小声でそんな風に答える。出撃に際し、協力を申し出てくれたのだ。
「だそうだ。もう俺から聞くことはない」
「は?」
ランドルフは間の抜けた表情を浮かべたが――次の瞬間にはシーラが真珠剣の柄でランドルフの首に当て身を食らわせて再度昏倒させていた。
「……もう、抵抗できない相手だから。この後は、誰に任せても同じだろうけど……テオドールの立場もあるし、任せる」
視線を合わせると、シーラが言った。
誰に任せても。国に引き渡しても裁かれるし、盗賊ギルドに引き渡しても落とし前がつけられるだろう。
「……分かった。他の後始末を急ごう」
「ん」
地下の制圧も終わっているが、スクグスロウの尾の処分が残っているからな。
地下に監禁されていた人々は、逃げられるとあって中庭で大人しくしている。周囲が石壁で囲まれているのでやや不安そうではあるが――手を取り合って安堵の表情を浮かべている者も多い。エルフに、ドワーフ達。それに、魔物の姿もあった。
「それが――薬ですか?」
グレイスが尋ねてくる。
「みたいだね。一見しただけじゃ分からないな、これは」
俺の手の中には緑色に透ける、樹液の塊がある。
丁度琥珀を鮮やかな緑色にしたような質感である。地下の実験設備を見た限り、ここから加工し、粉末にしてから使用するようだ。
ただ……この状態では少なくとも薬の原料には見えない。監視の目もすり抜けやすいだろう。現地までこの状態で持ち込み、売り捌く場所で粉末にしてしまえば、同じ物であると同定するのも難しいのではないだろうか。
地下のスクグスロウは一株だけ証拠品として届けるために確保。
「残りはどうする?」
「全部石化させる」
スクグスロウの尾に石化魔法をかけて回る。使い物にならないようにしておく必要がある。焼き払っても良いが、煙も危険そうな気がするし。
「この後はどうなさいますか?」
「これだけ大規模にやったんだ。兵士達が駆けつけてくるっていう手筈になってるよ」
そうして監禁されていた人達が見つかって連中が捕えられるという寸法である。スクグスロウの尾の後始末については――メルヴィン王にバトンを渡す感じになるか。
デクスターは……ここにはいなかったようだが、あいつは今後、官憲からも盗賊ギルドからも追われる身だろうしな。
石壁を撤去し、兵士達の突入を待ってから撤収したのだが……デクスターとの再会は意外と早かった。
ミリアムの店へ彼女を送っていったのだが、店の裏の路地で話し声がするとシーラが言うので裏手を覗いてみると……そこにはデクスター達と、イザベラ達の姿があったのだ。
ええっと。イザベラの仲間と思しき者達が、デクスターとその仲間を取り押さえている……という状況に見えるんだが。
「……誰だい? 出てきな」
イザベラもこちらの気配を察知したらしく、そんな風に声をかけてきた。姿を現すと、少々きょとんとしたような表情を浮かべる。
「ミ、ミリアム! そ、それに大使様まで!? ご、誤解だって言ってください! こいつらちょっと勘違いしてるんだ! 俺はちょっと……そ、そう。仲直りの挨拶をしに来ただけで……!」
デクスターは俺達の姿を認めると、そんなことを言った。ミリアムと顔を見合わせる。何が何やら。
「……これはどういう状況なんです?」
「いや、ね。私らとしても、ここであんた達に会うとは思ってなかったんだが……」
と、イザベラが肩を竦める。俺とイザベラの面識があるというのを理解したのか、デクスターの表情が絶望に染まる。
イザベラは西区で会った時のドレス姿ではなく、動きやすそうな皮の装備である。イザベラの、盗賊ギルド仕様の装備かも知れない。
「あんたとの話で引っかかる部分が出てきたんで少し調べていたら、デクスターが昔の仲間を集めて動いていたようなんでね。武器も用意してこの家の中に入り込もうとしてたようだから……せっかくだし引き摺り出して、色々事情を聞いてたってわけさね」
……ミリアムの店で待ち伏せしようとしてたのか。そして俺から受けた質問の内容から、イザベラも何か色々勘付いたらしくデクスターから話を聞こうと探していたと。
確かに……脅して事情を聞き出すには、色々イザベラに都合の良い状況なのかも知れないが、デクスター自身は俺が襲撃をかけたのと入れ違いになってたんだな……。
「姐さん。こいつ、こんな物を持ってやした」
「あっ! それは!」
「ふうん?」
イザベラは袋の中身を確認すると、眉をしかめる。
「あんたになら、それが何か分かるんじゃないか?」
革袋が投げ渡される。受け取って中を開くと、植物の種だった。
……スクグスロウの尾の種だ。こいつ、持ち出していたのか。
「証拠品ですね。これはこっちで預からせてもらっても?」
「別に、いいけどね」
頭上で交わされるやり取りにデクスターが叫ぶ。
「て、てめえら! 俺にこんな真似をしてただで済むと思うなよ! ランドルフさんがなんて言うか……!」
「ああ、そいつならさっき潰してきた」
「――は?」
デクスターが間の抜けた表情を浮かべる。こいつはここで色々やっていたから、西区の騒ぎを知らないらしい。聞いても理解が及んでいないようだが。
それにしても種を持ち出して、いったい何をしようとしてたんだか。
ランドルフは見た感じ、かなり偽装に気を遣っていたようだし……迂闊な持ち出しを許すはずがない。種を持ってミリアムを待ち伏せて、しかも俺の素性も知っているとなると……。
「……お前、ミリアムさんを拉致してタームウィルズから逃げ出そうとしてたんじゃないだろうな? それでランドルフの名前なんか、良く出せるもんだ」
デクスターに言うと、目に見えて血の気が引いていく。イザベラもミリアムも呆れ顔だ。
後で一応確認はするが、多分フォルトックに真偽を聞くまでもないな。
ミリアムの動向を調べれば俺の素性と店舗の購入までは辿れるだろう。つまり異界大使と店を作ろうとしている、というところまでは推測できる。
俺が後ろ盾ということになると盗賊ギルドが背後にいても今後手出しができなくなる。そこで色々やらかしても国外に逃げてしまえば俺の素性がどうだろうが、関係ないからな。
それにしても度し難いというか、何というか。目をかけてくれたランドルフも裏切って、金と種だけ持って新天地でやり直しというわけだ。妙に手回しが良いのは、国外脱出して独立というところまでは元々こいつの中にあった計画だからかも知れない。
さて。問題は……こいつをどうするかだが……。
「……ランドルフを潰したってのは」
イザベラが尋ねてくる。
「本当ですよ。西区で結構騒ぎになってますが」
「そうかい……。なら、デクスターはあんたらに引き渡すよ」
「いいんですか?」
落とし前的なものはあるんじゃないだろうか。まあ、それを言うならランドルフもだが。
「といっても既に大きな借りができてしまっているんでね。多少は返すものを返しとかないと。私らはコソ泥を取り押さえて引き渡した、善意の市民ってことで」
イザベラは髪を掻くとかぶりを振る。
「正直ランドルフが潰れたって言うなら、やることが多くて小物にゃ構ってられないのさ」
「分かりました。こいつらはこっちで預かります」
シーラの直接の仇でないにしろ、間接的な原因にはなっているし。シーラに視線を送るが、肩を竦めて首を横に振った。
そうか。なら、さっさと終わらせてしまおう。通信機でメルセディアに連絡を取る。こいつもランドルフ一味の仲間ということで問題はあるまい。
「……あんたは状況を利用すればとは言ってたが、やっぱり借りは借りさね。また改めて、礼を言いに行くことがあるかも知れない」
「分かりました」
イザベラはランドルフが先代ギルド長の仇だと知らないのだろうが……今後情報が伝わることもあるかも知れない。俺は立場上一線は引くが、ギルド云々の立場を離れた上での話になるのなら別に構わない。それにその話は、シーラに関わることでもあるのだし。
イザベラ達はデクスターらを手早くロープで縛りあげると帰っていった。
「じゃあ、こいつらを引き渡したら帰るか」
シーラがこくりと頷く。
「……いやはや。色々ありましたが、私も早めに開店できるよう頑張りますので」
「そうですね。良い店にしましょう」
ミリアムと再会の約束を取り付ける。
そうして駆けつけてきた騎士団にデクスター達を引き渡し、ようやく帰路についた。
既に夕暮れ時。空は赤。
「……疲れた。お風呂に浸かりたい」
シーラは夕焼けを見上げて、目を細める。1人になる時間が欲しいのかも知れない。
そうだな。そうやって心を整理するための時間を使った後で、みんな一緒に、ゆっくりと過ごそう。
イルムヒルトが、シーラの手を取る。
「帰ろ、シーラちゃん」
「……ん。イルムヒルト。またイルムヒルトのリュートが聞きたい」
「うん。いつでも」
そんな風にして、2人は笑みを向け合う。
「みんな……助けてくれて、ありがとう」
そうしてシーラは俺達に頭を下げてくる。俺もみんなも、静かに微笑んで頷いた。




