164 聖域と魔物と
騎士団長ミルドレッドの試技は、去年と同じく試し斬りであった。
だが、今年は石柱ではなく、甲冑を石の柱に着せるようにして立たせた代物である。
ミルドレッドは闘気を纏ったバスタードソードを棒切れのように振り回し、すれ違いざまに唐竹割や胴薙ぎにして、林立する甲冑を雑草でも刈るように真っ二つにしていく。
相変わらずの技の冴えといったところだが……今年は空中戦装備も身に着けていて、空中を蹴って軌道を変えて次の標的に向かうなどの差異が見られる。複数の的を用意したのはその辺に理由がありそうだ。
そんな風にして晩餐会が終わると、メルヴィン王から結果を残した騎士達への恩賞が渡されていた。表彰されたのは去年に引き続きチェスター。それからメルセディア。他に数名といったところだ。
「先のデュオベリス教団との戦いで勲功目覚ましかった救国の英雄、そしてその仲間達にも望みの恩賞を取らせることになっておる。此度、名を呼ばれた者も呼ばれなかった者も、より一層の研鑽を惜しまぬよう」
そう言ってメルヴィン王は塔の中へ戻っていった。今回の晩餐会の様子に手応えを感じたのか、上機嫌そうだ。
この後酒宴が行われるそうだが――俺達は王の塔へ移動してメルヴィン王と話をすることになっている。
侯爵やオフィーリアと別れて王の塔へと向かう。
使用人に通されたのはいつも使っているサロンだ。やってきたのはメルヴィン王ではなくメルセディアであった。
「陛下がお待ちです。まずは賓客のお嬢様と共にこちらへ」
「分かりました。みんなはここで待っていてくれ。すぐに戻るから」
メルセディアに案内されて、クラウディアと共に王の塔を行く。廊下を通り、浮石に乗って更に上へ。
「今回の晩餐会はメルセディア卿も大活躍でしたね」
「迷宮に潜ったりした甲斐があったようで。ですが、私などまだまだです」
そんな風に謙遜してみせるが、なかなか嬉しそうではある。
迂回するように続く廊下を歩いていくと、複雑な紋様の施された扉の前でメルヴィン王が待っていた。
これが聖域の扉か。
「お前達はこれで下がるが良い」
「はっ」
メルセディアと護衛の近衛騎士達がその場から去る。
「晩餐会、素晴らしいものでした」
「いやいや何の。余ではなく、騎士達の研鑽によるものだ。その言葉を伝えればさぞや喜ぶであろう」
そう言って相好を崩した後、メルヴィン王はクラウディアに向き直る。
「貴女が女神シュアスであらせられますか」
「はい。しかしまずは身の証を」
クラウディアはゆっくりとした足取りで前に出ると、メルヴィン王の見ている前で聖域の扉に触れる。
瞬間、紋様をなぞるように光が走り、扉が独りでに開いていく。その光景に、メルヴィン王は息を呑んだ。それも束の間のこと。臣下が主君にするように、恭しくクラウディアに跪く。
「お止めください。私は女神ではなく、ただの王女。王たるものが頭を垂れるような身の上ではありません」
「いいえ。この地とここに住まう民を長きに渡り守り続けた貴女は女神と呼ぶに相応しいお方と存じます。国守りの儀の文言にもありましょう。国を守り、契約と宣誓を守り続ける限りこの地の王として認められると。貴女と王家の祖が契約を交わしたならば、ヴェルドガル王家の王権を保証するは貴女をおいて、他にはいないでしょう」
メルヴィン王の言葉に、クラウディアは瞑目する。
「……言いたいことは分かりました。ですが、面を上げてください。私はそのような特別な目で見られるのは、少々苦手ですので」
「そう仰るのでありましたら」
メルヴィン王が立ち上がる。クラウディアは聖域の中へと足を踏み入れた。
「お2人ともこちらへ」
クラウディアが言う。……俺も聖域の中に入るのか。まあ、確かに人払いというか他人に聞かれる心配はまず無くなるが。
3人で中に入ると、扉であった場所が壁に一体化して溶けるように無くなってしまう。聖域は――黒い光沢を持つ石造りの廊下になっていた。
建築様式自体はセオレムのそれに近い。しかし、建材に継ぎ目1つ見られないあたり、さすが聖域と言うべきか。感じる魔力もちょっと普通ではない。
「私との契約を守ってくださって、ヴェルドガル王家……特に、メルヴィン王には感謝しております」
聖域の奥へと進みながらクラウディアが言う。
「務めを果たさなかった王もおりますが」
メルヴィン王は苦笑する。坑道を迷宮化させてしまった代の話か。
「ヴェルドガルも長い歴史を持っていますから、そういうこともあるでしょう」
「そう言っていただけると。聞けば、女神……いえ、クラウディア様は魔物達との共存をお望みとか」
「そうですね。エルフやドワーフ達と、魔物と区分される者達の違いが何かお分かりでしょうか?」
「いいえ。明確には。個体によっては友好的な傾向を持つ者もいるようだとしか」
「テオドールは?」
問われて、少々考える。
そうだな。エルフやドワーフは人間と敵対的になることがあったとしても、それは種族や部族単位での考え方の違いや……個人的な利害から、折り合いが合わなかったという場合がほとんどだ。
対して、ラミアやセイレーンといった者達が人間を襲う場合、明確にこれと説明できる理由が見当たらない時がある。問答無用という感じで攻撃されるのだ。
「友好的な傾向があるとされる魔物が人間を襲う場合、そこに明確な理由がない時があるような気がしますが。……いや、そこの理由が分かっていないだけなのでしょうかね?」
クラウディアは頷く。
「まず、魔物は周囲の環境にある魔力に大きく影響を受けます」
魔力溜まりがあると活性化して数を増やしたりだとか……体内に魔石の成分を保有しているとか……魔物と魔力が密接に関係しているのは間違いない。
「結論から言えば、生まれてから数年の間――環境魔力により性格が決定づけられてしまうのです。成熟した個体に関してはそんなこともありませんし、環境がどうあれ本能に従う種もいるのですが」
要するに……幼少期の育て方が大事というところか。
「であるのなら……友好種に限定した話とは言え、環境さえ整っていれば理由なく襲い掛かってくるようなことは防げると?」
「そうです。まだヴェルドガル王国が存在しない時代まで遡りますが――私が魔物達を保護した理由はそこにあります。魔力嵐が巻き起こり、魔物達が暴れ回ったために、人間達は彼らを排除すべきと結論付けました。けれど……災害さえ過ぎ去ってしまえば無害になる種も多く……迫害されそうになっていた彼らを私は保護して、迷宮の奥へと匿った」
そうか……。クラウディアは要するに、この話をすることで重鎮たちを納得させるための指針にしてほしいと考えているわけだ。
友好的な魔物であるほど知性が高かったり特殊能力を持っていたりで、凶暴化した個体は、厄介になる。
初見で対策を取ることができないから、情報が揃うまで後手に回ることも多いしな。そのリスクを丸々減らせるならこれは人材面、倫理面、それに感情論を抜きにしても有り難い話ではある。
タームウィルズに限って言うのなら――この場所はきっと、魔物を鎮静化させる方向に働くのだろうし。
「なるほど……。それが真実だと仰るのなら、確かに魔物達は保護すべきなのでしょうな。後世への憂いも少なくできるのですから」
やがて、聖域の最奥――祭壇のある広間に到着した。黒い石とぼんやりと漂う光に照らされた、静謐な空間。
しかしクラウディアは祭壇をも通り過ぎて、更に奥へと進む。無造作に壁に触れると光が走って扉が開く。
「これは――」
メルヴィン王が目を丸くする。どうやらメルヴィン王も立ち行ったことのない場所に続いているようだ。
「この先の部屋は――王城セオレムの管理設備があります」
小さな半球状の部屋だった。中央に大きな水晶めいた柱が鎮座している。
「管理者が開き、契約者が操作することのできる代物。王城セオレムの形状を変えたりといったことができますが……」
クラウディアから水を向けられて、メルヴィン王は苦笑した。
「いや、それには及びますまい。無用な混乱を引き起こしかねませんからな」
「説得、上手くいくと良いけれど」
聖域から出てきたクラウディアは誰に言うとでもなく、そんなことを独り言ちる。
「そうだね。やれることはやった感じがあるけど他にも、何か……」
言ってから、少し考えが浮かんだのでクラウディアに尋ねてみる。
「――人化の術ってさ。魔道具化できないのかな?」
「できなくは、ないと思うけど……。ただ、魔力資質によっては術の維持を長続きさせることができないわ」
「全く術を使えないよりは、それを作って使ってもらうことで外出しやすくなったり、受け入れられやすくなるんじゃないかと思う」
「そうね。試してみましょう」
クラウディアは目を閉じて微笑む。
特性封印の呪具共々作成していく感じだな。説得が芳しくなかった際に更に後押しする材料になり得る。この辺はクラウディアやアルフレッドと協力し、早めに開発を進めていこう。
さて……後は前に約束した宝物庫からの恩賞か。サロンに戻ったら案内を手配するから宝物庫を見ていってほしいとのことだ。各々希望は違うのだが、掘り出し物は見つかるだろうか?




