番外876 航海の軌跡を
「おお、これは――」
「我らが中継地点に到着した時の物ですな」
「では、あれは境界公が整備した無人島というわけですな」
と、会場ではドリスコル公爵と船長の間でそんなやり取りが交わされる。
ドロレスが記録媒体を使って、往路で送ってきてくれた映像を総集編としてくれたのだ。船長や船員達の自己紹介。それぞれの仕事ぶり、普段の様子。近海では魚人族の船員達が海に飛び込んで、海産物を取ってきたりだとか、甲板から釣りをしたりといった様子も映っている。
中継地点での様子。俺達に対する祝福の言葉を送ってくれた時。ヒタカに到着してからの事――。それら諸々をダイジェストという形で編集してくれたわけだ。
「良い仕事をしておるな。船旅の日常が分かりやすいし、ヒタカノクニやホウ国の街並みや文化にも触れておるのだな」
メルヴィン王が感心したように言うと、ドロレスは居住まいを正して口を開く。
「ありがとうございます。帰途についてからの映像に関しては今に至るまでを記録しておりますので、まとめての映像はもう暫くお待ちいただければと存じます」
「出揃ってから場面を選んで繋ぎ合わせる作業があるというわけだな。納得行くように作業してくれればよい。余としても、仕上がりを楽しみにしている」
メルヴィン王が笑みを見せると、ドロレスは「勿体ないお言葉です」と畏まっていた。ドロレスの編集は実際分かりやすくて良い仕事をしていると思う。
東国への船旅がどんなものであったかが分かりやすいので、貿易の際に商人達も船旅を視野に入れやすくなるし、中継地点の無人島に宿泊施設等を造った事にも触れてあって、バカンスも可能であるという宣伝にもなっている。
それにヒタカとホウ国の様子もだな。ヘリアンサス号は今回の航海でホウ国までは行っていないが、ドロレスがアポを取って転移門を使ってホウ国を訪れ、リン王女に街並みを見せてもらったり、二胡の演奏を聞かせてもらったり……それにシュンカイ帝のインタビューまでしてきている。
そんなわけでドロレスの編集した映像に関しては特設会場で上映もする予定だ。
ヒタカとホウ国の生活や文化についても触れているので、この映像を見て興味を持ってくれる人間も増えるだろう。貿易の為の行商もそうだし、中継地点や東国への旅行も増えるかもと期待しているところであるが。
そんな調子で……映像を見終わった後にイルムヒルトと共にユラとリン王女がセッションを披露してくれたりして、宴は多いに盛り上がった。イルムヒルトも何度かユラやリン王女の演奏を見ているからな。合わせてリュートを奏でられるように練習していたのだ。
そうして宴は盛り上がりながらも終わりを迎える。
「映像を纏めたのは思いの外好評でした。全ての映像では膨大になってしまう為、手軽に宴の席で見られるようにと思いついて作業を進めていただけだったのですが」
「大変分かりやすい上に面白かったですよ」
と、宴の後での言葉にそんな風に返すと、ドロレスは嬉しそうにしていた。
総集編が好評だったという事もあり、ドロレスはかなり張り切った様子で次の映像編集に望みます、と言っていた。帰途に就いてからの映像も編集して総集編第二弾を作るというわけだな。
父さん達も含めて国内の貴族や国外の王族、貴族も特設会場を訪れて東国の品々や映像を見たり、俺達の所に遊びに来てくれたりした。
ミリアムも商人仲間へ情報を回したり、特設会場で東国の反応や持ち帰った品々についての説明をしたりと、かなり精力的に行動していたようだ。
魔道具を通した事による誤翻訳も無い事も確認している。お披露目はかなり好評であったらしく、ヘリアンサス号の航路開拓はかなり将来に展望の持てるものになったのではないかと思う。
ヒタカとホウ国でも協力して西国と貿易を行う為の船を建造するそうで――俺達からも現在地が分かる魔道具等、必要な物を提供する予定になっている。陰陽術や仙術も駆使して船を造り上げると、ヨウキ帝やシュンカイ帝は意気込んでいた。
西国での同型船の建造も、東国側での貿易船の建造を含めれば、そこそこの頻度で船が行き来できるようになるだろう。
そんなわけで、航路とヘリアンサス号については一段落である。
循環錬気の反応やルシールの診察ではグレイス達も子供達も安定している様子なので、俺としても安心だ。そんなわけで工房の次なる大きな仕事として、魔界の歪みを安定させる計画を本格的に進める事にした。
アルバートと共に魔王城に顔を出しジオグランタ本体を交えて話をする。
ジオグランタにもティエーラと同じように星球儀を作ってもらい、更に循環錬気を行う事で状態を分析して対策を練るわけだ。
一先ず、今の状況についてはジオグランタがティエーラと交流を持ったことで歪みについてはかなり安定しているようだ。
始原の精霊として外の世界がある事を知り、自身がいなくなっても残せるものがあると知った事で、精神的な安定を得た、という事なのだろう。
「けれど、私の精神的な状態によっては歪みが溜まってしまうというのでは、些かまだ懸念があるのよね」
というのがジオグランタの弁である。状況は好転したが、将来に渡って同様の事が起こらないよう予防策を講じたい、というわけだ。
「対策としては地脈を整えるのがまず一つ、と言っていたな。他の方法もあるということかな?」
メギアストラ女王が首を傾げる。
「そうですね……。他の方法としては、まず今までしていたようにその都度浄化の儀式を行う対症療法ですね。これの形を少し変え――祭事として民間に定着させる事で地鎮と浄化を行うという事も可能でしょう。文化の継承が上手くいかないと祭事そのものが衰退してしまう可能性もありますが」
「ふむ。ジオの歪みが蓄積しないよう、風習として毎年の事として定着させる、と。良い方法かも知れないな。母なる大地への感謝を祈る祭りといったような」
「信仰の力を利用する、というわけね」
メギアストラ女王が頷き、クラウディアも俺の言いたい事を察して頷く。そうだな。一度定着させてしまえば魔王国が続いていく限りは魔王が代替わりしても有効な方法だろうと思う。仮に国体が変わった場合、慣習として祭事が続いてくれるかも知れないが……断絶してしまう可能性も否定はできない。
「他の方法としてはティエーラとコルティエーラ……それに月の精霊がそうであるように、封印術か分割か――何らかの形で荒ぶる精霊としての力を抑えてしまうという方法も有ります。但し、この方法は魔界の現状に影響を及ぼしてしまう事を否定できません」
例えばどこかの火山活動が停止するだとか。破壊的な方向での変化はなくとも、鎮静化もまたそれに依存する生物にとっては致命的になったりしてしまうわけだ。ティエーラの場合はそれが行われた時は魔力嵐が起こって既に非常事態だったからあまり悠長な事を言ってはいられなかったが。
「その手は――あまり取りたくはないわね」
ジオグランタが眉根を寄せる。
「そうですね。僕も積極的に採用する方法ではない、と思っています。ですので、それを実行するための方法だけはジオに伝えておくといった感じがいいのかなと」
非常事態に際して自分の一部を自分で封印する事で凌ぐ。これで眠りにつくよりも強固な方法で急場を凌ぐ事が可能になる。
そういった考えを伝えるとジオグランタは納得したように頷く。
「次善の策としては心強いわね」
「まあ、ジオにも術式を覚えてもらう為に苦労を掛けるけど」
「ふふ。そのぐらいの事。テオドールが戦ってくれた事に比べればなんてことはないわ」
と、そういって笑っていた。
祭りを習慣とする事で予防を。封印で緊急時の対策を取る。後はなるべく長持ちするような、地脈を整える為の手段を考える事だな。