番外824 春の結婚式
――冬が過ぎ、春がやってくる。暖かくなり、雪解けも進み……タームウィルズとフォレスタニアの街の往来はますます増えて、結婚式を見物に来た人々で賑わっていた。
「武官の皆さんには暫くの間お手数をおかけしますと言っていたと伝えておいて下さい」
結婚式当日の打ち合わせでセオレムに向かい、メルヴィン王にそう言うと、楽しそうに笑う。
「気にする必要はあるまい。祝福の為に人が集まり、賑わっているのは喜ばしい事だ。確かに巡回の人員は増やしているが、フォレスタニアがそうであるように、タームウィルズも人の増え方に対して治安もそう悪くなっていないし、良い事の方が相当に勝っている、と思っておるよ」
「エリオット伯爵やアルバートの結婚式でもそうだが、テオドール公が演出を考えた結婚式が人伝に話題になったようだね。私達やヘルフリートの時もお願いしたいぐらいだよ」
ジョサイア王子が笑みを浮かべる。経済的には大分潤う、という事らしい。同盟各国からの貿易……行商も受け入れているので同盟各国もかき入れ時だとか何とか。迷宮商会の店主であるミリアムも「売り上げが伸びています!」とほくほくしていたが。
「ご迷惑でなければ」
そう答えるとジョサイア王子は「それは嬉しい」と、明るい表情になっていた。そんな話をしてから騎士団の面々も交えて当日についての打ち合わせを進める。
「では――当日の警備体制や人員配置についてお話します」
「ふむ。ではフォレスタニア側についても……この書面をご覧ください」
騎士団長のミルドレッドと、フォレスタニア側の武官代表としてゲオルグが言葉を交わし、机の上に図面と書類を広げる。
当日は国内外から色々と客を迎えるという事もあり、警備等も細かいところを詰めておく必要があるからな。タームウィルズとフォレスタニアの警備計画をお互い伝えて、更に疑問点や脆弱性等についても話し合いを進めるのであった。
「段々日取りが近付いてきて……いざ結婚式を目前に具体的な話し合いをすると、いよいよなんだなって、緊張してしまいますね」
セオレムでの打ち合わせを終えてフォレスタニアの城に戻ってきたところで、エレナがそう言って目を閉じて大きく息をつく。
「俺も、最初の結婚式では緊張したな」
「ん。気持ちは分かる。エレナが心配なら私達も相談に乗るし、援護する」
「そうね。私達も結婚式前は緊張したもの」
「――ありがとうございます」
俺の言葉を受けてシーラとイルムヒルトがそう言うとみんなも頷き、エレナが嬉しそうに微笑んだ。
「結婚式の手順を考えると色々想像を巡らせてしまって、途中で失敗しないかって不安になるものだけれど……実際の所は特段難しい事もないものね」
「確かに。心持ちによるところが大きいでしょうか。大切に思うからこその不安ではありますね」
クラウディアとグレイスがそう言って微笑む。
「大切に思うからこそ……ですか。確かに、そうかも知れません」
エレナはグレイスの言葉に静かに頷いた。
「まあ……始まってしまえば何とかなるわ。わたくし達も支援するつもりでいるのだし、気楽に構えていなさい」
「ありがとうございます……!」
ローズマリーの言葉に、素直に笑顔で礼を言うエレナ。ローズマリーは表情を羽扇で隠したりしているが。
ともあれみんなも総じてローズマリーと同意見のようだ。
パルテニアラはそんなやり取りを見て相好を崩す。
「まあ、エレナはいざとなれば勇気を以って行動できるからな。問題はなかろう」
パルテニアラの言葉にエレナははにかんだように笑う。
そんな調子でみんなは結婚式を準備している頃の心持ちや、結婚式当日の事等の話題に花を咲かせる。エレナは頷いたり感心したような面持ちになったりと、みんなの話に耳を傾けるのであった。
そうして――結婚式の当日がやってくる。国内各地の領主、同盟各国の王族も続々転移門を通って到着した、と連絡が来ている。
花嫁であるエレナは先にベシュメルクの面々と合流し、後程式場で顔を合わせる事になる。
今回ベシュメルクから訪問してきている面々に関してはクェンティンとコートニー、ガブリエラにマルブランシュ侯爵といった、事件の経緯、裏側を知っている面々だ。
エレナの身分と肩書きに関しては外部向きに穏当な情報を作っている。
ベシュメルクは今までが閉鎖的であったから、外にはあまり情報が出ていない。
エレナはガブリエラと容姿が似ている事から面識のある者から注目されてしまうところはあるが……後で調べられても事件は解決しているし、ベシュメルクは勿論、各国の重鎮達にも話が通って承認されているという状況だ。当人も俺と結婚しているので問題ないだろう、という判断でもあっての事だな。
仮に悪意があって探りを入れて来る者や、接触して来たりする者がいても炙り出せる、とメルヴィン王やクェンティンはにやりとした笑みを見せていたが。
「お待たせしました」
ベシュメルクの面々の到着を待っているとグレイス達も着替えて戻ってくる。
みんなは割合落ち着いた印象のドレス姿だ。エレナを先達として迎え入れる立場、という事になるな。目立ち過ぎないようにしているところはあるが、みんなはみんなで綺麗なので華やかさがある。
「皆さんお綺麗です」
「エレナ様の花嫁姿も楽しみです」
エレナがアシュレイと笑顔で言葉を交わし、エレナの花嫁衣装の話題で盛り上がる。女性陣は中々に楽しそうだ。
「ガブリエラ様がいらっしゃいました」
と、セシリアがガブリエラとスティーブン達の到着を知らせてくれる。迎賓館に通すように伝えるとすぐにガブリエラ達がやってきた。
「おはようございます。今日のような喜ばしい日に立ち会う事ができて、嬉しく思っております」
「ありがとうございます、ガブリエラ殿下。こうして今日を迎え、祝福の言葉を受ける事ができて、嬉しく思っています」
といった調子でガブリエラ達と笑顔で挨拶を交わす。
「それでは、また後程お会いしましょう」
「うん。また後でね」
「妾もエレナに付き添うとしよう」
そうしてガブリエラ達はエレナとパルテニアラを連れて馬車に乗り、一足先にセオレムへと向かう。ヘリアンサス号への中継も、既にシーカーを搭載したゴーレムが式場にて待機している。準備は万端だ。
少し遅らせるようにして俺達もセオレムに向かう。
王城セオレムで式を始め、街を巡って月神殿へ。フォレスタニアでも同様に街を巡ってからフォレスタニア城で披露宴に移る、という流れは前の通りだ。
花婿である俺も――前の結婚式の時と同様だ。控え室で爵位を持つ貴族として礼服に着替え、ローブを纏って結婚式に臨む。境界公としての冠も被ってと、些か仰々しいがこれはまあ、領主なので仕方がない。エレナも今頃衣装替えをしている頃だろう。
俺の衣装替えが終わったと連絡を受けて、グレイス達が控え室に入ってくる。前は謁見の間で花嫁衣裳に着替えたみんなと顔合わせとなったが、今回グレイス達もエレナを迎える側なので、俺と共に行動するというわけだな。
「ん。テオドール、格好いい」
シーラが俺の服装を見て言うと、マルレーンもにこにこしながら頷く。
「まあ……俺はこういう仰々しい服装は苦手なんだけれどね」
「ふふ。テオドールはそういう格好でも似合っているわ」
ステファニアが俺の言葉に笑みを浮かべた。俺としては面と向かってそう言われるとやや気恥ずかしくなってしまうところがあるが。
ステファニアのその手にはエレナの結婚指輪の収められた小箱があって。
今回の結婚式ではステファニアから俺に指輪が渡され、その指輪を俺がエレナの指に通す、という形式を取る。フォレスタニア家の面々全員がエレナを家族として受け入れる事を分かりやすく示す、というわけだな。
そうこうしていると、女官が控え室にやってきて、準備が整ったと伝えてきた。
では――いよいよエレナとの結婚式だな。少しばかり胸に湧いた緊張感を収めるように深呼吸を一つしてから女官に頷くのであった。




