番外822 力を合わせて
「うん。どの座席からでも大丈夫そうだね」
アルバートが満足そうな笑みを浮かべる。春の結婚式までに封切りできるよう、幻影劇の調整を重ねているわけだが……実際に劇場のホールで座席から鑑賞した時、幻影の見え方、音響の聞こえ方が意図した通りになっているかを調べなければならない。
座った場所によって多少違いが出るのは立体映像という特性上仕方がない。
それはそれでリピーターが増えそうな気もするが……座席によって演出が見えにくかったり意図しない演出になったり、立体映像に綻びが出る、といった不手際は無くしておきたいからな。
一先ずそういうミスがないように、あちこちの席で確認作業を進めていたが、とりあえずは問題なさそうだ。
座席ごとの確認は繰り返しになるので、幻影劇の確認作業は結構時間を取られるのだが……身近にいる面々から希望した者に手伝いを募集したところ、かなりの人員が集まったので、今回はそれほど大変なものにはならなかった。
グレイス達、工房の面々は元々幻影劇の筋書きを知っているし作製風景も見ているから、確認作業も問題無いという事で手伝ってくれている。
ネタバレしても大丈夫なのかと思ったが、フォレスタニアの使用人や武官、文官といった面々に声をかけると先に見られるのは嬉しいと協力を申し出てくれる者が多かった。
この辺は、幻影劇なので複数回見に行ったりを前提にしているからという背景もあるな。
封切りまで内容については伏せるように頼んでいるが、完成してから見るより後々話題の種にもできるから、みんな結構乗り気というか。
「サーヴァ王のお話と、二人の王のお話ではかなり雰囲気が違いますね……! あっ、私が確認した限りでは問題はなかったですっ!」
と、二人の王の劇の確認が終わったコマチが、俺達の作業している初代獣王の劇場ホールに戻ってきて、笑顔で言った。幻影劇も技術的には真新しい部分があるのでこの仕事に着手してからコマチのテンションは高めである。
「そうだね。一応その辺は意識したところがあるよ」
コマチの言葉に俺も笑顔で応じる。
「アンゼルフ王の幻影劇もそうだけど……、お話の始まりが毎回素敵よね」
「周辺に大きな樹が生えたり、異国の街が広がったり。それだけでわくわくしてくるわ」
アドリアーナ姫の言葉に、ステファニアがそう答えて二人でうんうんと頷いたりしている。
開幕で幻影劇の世界に引き込む、というのはアンゼルフ王の幻影劇第一部と同じだ。
サーヴァ王の場合は当時の大森林での獣人達の集落。聖王と草原の王の場合はホウ国の街並みを広げて観客の心を掴むというのを目指しているが、みんなの反応を見ると狙いとしては成功しているようで。
サーヴァ王は当時奴隷階級であったが、エインフェウスの国風や伝え聞く本人のイメージから全体的に質実剛健といった雰囲気にしている。
聖王と草原の王については――二人が幼い頃は国も平和であったから、その頃の平和な街並みの雰囲気も出し、草原の民――遊牧民の暮らしや気風も作中に出した。
ともすればどちらの話も重くなってしまうような所はあるが……そこは戦闘に爽快感を出すなどして、バランスを取っていくという事で。
そんなわけで同時進行して作った2作ではあるが、コマチの言うとおり、かなり違う雰囲気に仕上がったのではないかと思う。
それぞれの国の良いイメージを前面に出しつつエンターテイメント性の高い作品にするというコンセプトに沿っているので、色々な面々に楽しんで貰える物になっていれば良いのだが。
幻影劇場の新しい劇と劇場ホールを調整して仕上げつつ、飛行船を建造したり、普段通りの執務や巡回を進めたりして日々は過ぎていく。
エレナとの結婚式の準備、国内外の知り合いへの招待とその返答。このあたりも準備は万端。幻影劇の2作に関しても調整が終わり、結婚式までには封切りに間に合いそうだ。招待客に楽しんで貰えそうなのでそのあたりは安心である。
そして俺の進めるべき仕事としてはもう一点。重要なものがある。並行世界への干渉だ。
迷宮核の試算では覚醒状態の属性を与えた魔石を魔石粉に加工し、ミスリル銀と混ぜて錬成する事で、干渉用装置の製造工程を大幅に前倒しできる事が分かった。
ミスリル銀なら迷宮に生成して用意してもらう形でも可能なので……今日はその作業を進めようというわけである。
迷宮中枢部――本来ラストガーディアンが守っている区画の一角に魔法陣を描き、迷宮核に命令の実行を求めると、素材が光球に溶けて、仮想フレームの中に納まるように土台とアーチを構築していく。
俺の覚醒状態の属性を宿した魔石と魔石粉。干渉の為に力を溜める門。それらを迷宮核の力を借り、まずは装置の外側だけ組み上げた、というわけだ。
「これで並行世界への干渉ができる?」
『まだかな。外側が出来上がっても、これから色々と術式を刻んで、安全性を高めないといけない。竜輪ウロボロスと同じで、時間をかけて魔力の濃い場所に置いておく必要もあるんだ』
首を傾げるシーラに迷宮核の内部から通信機で応える。
外見はミスリル銀の土台とアーチがついて、門のようにも見えるし、実際に向こうに特定の物品を転送する事が可能だが――実際のところはあちらの様子を見るためのモニターに近い。土台部分も……細かな操作を行うキーボードか。
門としての役割を果たすのは竜輪ウロボロスを送る時の一度だけ。
並行世界に送られた竜輪が二つの世界を繋ぎ、あちらの状況を見えるようにすると共に、本来あちら側には存在しないはずの知識や記憶を伝える架け橋となる予定だ。
竜輪ウロボロスについては……素材は揃ったので今現在、迷宮深奥の魔法陣の中に安置し、時間をかけて魔力を蓄積させている最中だ。
アーチもミスリル銀と魔石粉の錬成を、時間を置いて馴染ませ、魔力を蓄積させる期間が必要となる。従って、術式を刻むまでの下準備はできたが、実際の起動については当分先の事になるだろう。
「並行世界の干渉も時期を早い物にする、のよね。それで色々と変わってきそうではあるわ」
ステファニアが言うと、みんなも真剣な表情で頷く。
そう。死睡の王――イシュトルム本体を、襲撃のあの時点で仕留めるなり封印して活動を完全停止させれば……多分母さんだけではなく、アシュレイの両親だって助かる。
というのも、死睡の王のばら撒いた病はじわじわと人を死に至らしめるもので、本体が健在だから病気の進行も止まらなかった。
そうなれば……エリオットも船で戻ってくる事はなく、運命が変わるということになる。
俺達も……母さんを説得して共にタームウィルズに活動拠点を移せばアルバートとマルレーンの母を助ける事もできるはずだ。マルレーンの暗殺未遂事件は死睡の王襲撃から2年程後の出来事だしな。
「並行世界のわたくしにもこちらでの出来事や記憶を教えてもらいたいところだけれどね」
とはローズマリーの言葉である。
「それだけのものを見せられれば、わたくしがテオドールに協力しない等というのは有り得ないもの」と自信ありげに笑っていた。グレイスやシーラ、クラウディアも「分かる」というように頷いたりしていたが……まあ、みんなそうかも知れないな。
マルレーンの暗殺未遂事件を解決すれば、スケープゴートに使われたローズマリーも俺達に興味を示して接触してくるだろうと、ローズマリーは並行世界の自分の行動にも結構な確信を持っている様子だ。
まあ、実際の並行世界干渉がどうなるかはまだ未知数ではあるが。事情を知るみんなには、話を通して力を合わせて歴史を変えてもらう、というのも有効な手段なのかも知れない。
いつも拙作をお読みいただき、誠にありがとうございます!
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ウェブ版や書籍版と合わせて楽しんで頂けたら幸いです!




