番外819 湖畔の朝
そうして明けて一日。目を覚まして窓の外を見れば……今日は中々良い天気だった。
昨日風呂に入った時には夜空に月が浮かんでいるのが見られたが……眠ってから起きるまでの間に少しだけ雪が降ったらしいな。薄らとハロルド達が作った小道に雪が被っている。
「おはようございます、テオ」
「おはよう、テオドール」
「中々良い朝ね」
「うん。おはよう」
と、はにかんだような笑みのグレイスやステファニア。窓の外を見て言うローズマリーと朝の挨拶を交わす。
「んん。おはよう、テオドール君」
こういう冬の朝は、本来ラミアが苦手としているらしいが、高位精霊の加護もあって小さく欠伸をしながら背伸びをすると、イルムヒルトも笑顔で言ってくる。
「ふふ、おはようございます」
「ん。おはよう」
アシュレイとマルレーンがぽんぽんとシーラの肩に軽く触れると、シーラもむくりと起き上がって朝の挨拶をしてくる。
「おはよう。少し、雪が降ったようね」
クラウディアも窓の外を見て言った。
「ん。おはよう。そうだね。朝食を食べたら軽く雪かきをして、早めにお墓に行く必要があるかな」
墓所の雪を除けて墓参りに備える、と。頃合いを見て父さん達にもその旨連絡しておこう。
「それじゃ、今日は俺の方で料理を作らせて貰おうかな。みんなで行くとまだ眠っている皆も起こしてしまいそうだし」
「分かりました」
頷くグレイス。身支度を整えて寝室を出て居間へ向かうと、客室から出てきたエレナと顔を合わせる。
「おはようございます。テオドール様」
「おはよう、エレナ。朝早いね」
「いえ。偶々ですよ」
と、エレナは微笑む。
「これから少し厨房で食事の準備を進める予定なんだ。食材を見て献立を決めて、ゴーレム達に進めさせようと思っているから、みんなと一緒に休んでいて貰って大丈夫だよ」
居間でもみんな眠っているからな。そのままゆっくり休んで貰っていて構わない。
そう伝えるとエレナも納得したというように笑顔で頷く。
「おは……よう?」
少し寝ぼけた声でエルナータが挨拶して、アルディベラもむくりと身体を起こしたりしているが。
「まだ眠っていて大丈夫だよ。少し居間を通りたいだけだから」
そう言うとエルナータはこくんと頷いて、隣にいるアルディベラに嬉しそうに抱きついて目を閉じる。アルディベラも目を覚ましているようだが、そんなエルナータに穏やかな笑みを浮かべ、それから俺を見て頷いていた。
というわけで、レビテーションで足音等を消しつつ居間を通って厨房へ向かう。そうして今日の朝食について思案を巡らせつつ、アイスゴーレムを作って仕事を始めるのであった。
朝食はパンを用意する。発酵魔法ならば酵母の力を増幅したり、酵母なしでも発酵を行う事ができる。それに……発酵を短い時間にして、気軽に美味しいパンを焼けるからな。応用範囲が広いので色々と便利だ。
パン作り用の発酵魔法については魔道具化して王城セオレムの料理長ボーマンにも渡しているが、メルヴィン王やジョサイア王子にも好評であったりする。
バターやジャム、蜂蜜……好みのものを焼きたてのパンに塗ったり、チーズを乗せたりといった具合だ。
スクランブルエッグ、自家製のソーセージとベーコン。サラダとオニオンスープ、イチゴを混ぜたヨーグルトと……このぐらい用意すれば大丈夫だろう。
もうすぐ出来上がると伝えに居間へと戻ると既にみんな起き出していて、寝具も綺麗に片付けられていた。顔を洗って着替えも済ませてと、みんな身支度も整えているようだ。
「ああ。そっちの準備も良いみたいだね」
「パンの匂いが何とも美味しそうだったからな」
そう言って明るい表情を浮かべるルベレンシアである。元は竜であるルベレンシアであるが、感覚器は人間ベースなので焼き立てパンの香りは確かに食欲をそそるのだろう。
では、朝食といこう。大人数でもある程度しっかり食べられる量を用意している。みんなにも楽しんで貰いたいところだ。
そうして朝食の席は――中々に賑やかなものになった。パンが焼き立てという事もあり、中々に好評だったのだ。
「こいつは美味いな……」
「チーズを乗せるとまた……」
と、ブルムウッドとヴェリトはかなり気に入ってくれたらしい。
ルベレンシアもパンを口に運んで「ふかふかしておるな」と声をあげている。パンは実際中々の出来で、所謂もっちりしていてふわふわとした……発酵魔法を使っての会心の出来だ。この辺がゴーレム任せにできなかった理由でもある。焼き立てである事も相まって、みんな美味しいと言ってくれた。
自家製のベーコンやソーセージもまた何とも美味だ。そちらはメギアストラ女王が気に入ったようで、表情と尻尾の動きにそれが表れていた。
朝食の席が終わって、少し休憩してからみんなで動き出す。家の周りと道の雪を除ける作業だ。と言っても魔法を使ってのものなので比較的簡単に済む。
スノーゴーレムが自分の身体に雪を取り込んで大型化していったり、アシュレイがロングメイスを地面に突き立てると雪が動いて道が生まれたり、といった具合だ。
「流石に魔法は便利ですね」
と、ハロルドが感心したように言う。
「魔法無しだと、こういう雪かきも大変じゃないか?」
ヴェリトが言うと、シンシアは笑顔でそんな事はありませんよ、と応じる。
「実はテオドール様から魔道具も頂いているのです」
ハロルドとシンシアは雪かきにもレビテーションの魔道具を活用しているそうで結構軽々と雪を運んでしまえる、と喜んでいた。
「前に比べるとハロルドとシンシアも魔力が増えているね」
「そうですね。使い慣れておいた方がいざという時に安心と言われておりましたので普段から色々使わせていただいております」
「それなら……二人の魔力適性に合わせて護身と仕事に使える魔道具を用意するというのも良いかもね」
そう言うとハロルドとシンシアは少し驚いたように顔を見合わせる。何となくだが、ゴーレムより……二人の場合は、直接使える魔道具の方が喜ばれそうな気もするからな。
「今でもこんなに素晴らしい魔道具を受け取っているのに、良いのでしょうか?」
「昨日も言ったけど、二人の仕事ぶりが丁寧で俺も嬉しいからっていうのはあるよ」
そう言うと、二人は少し顔を見合わせ思案した後、笑顔で揃って頷く。
「テオドール様にそう言って頂けるのは嬉しいです」
「お気持ちも嬉しく思います。これからも頑張りますので是非お願いします」
そうか。受け取ってもらえそうで良かった。
そうして森と湖、母さんの墓所までの道から雪を除けていく。墓所に到着したら開けた場所全体から雪も除けていると、父さんとダリルもやってきた。ダリルの婚約者であるネシャートも一緒だ。
「おはよう。テオドール。先に雪かきを進めていてくれたのか」
「ええ、父さん。ダリルもおはよう」
「ああ。おはよう」
と、父さんとダリルに肉親としての挨拶をする。
「ネシャートさんもお久しぶりです」
「はい。お久しぶりですテオドール様。パトリシア様については、沢山の人を守った素晴らしい方だと伺っております。例年こうしてお墓参りをしているとお聞きし、私も一緒に墓参りさせて頂けたらと思った次第です」
「それは――母さんも喜ぶと思います」
ネシャートが来る事については父さんから通信機で連絡を受け取っている。勿論俺達としてもそうしたネシャートの気持ちは嬉しく思う。
それから墓石に薄らと被った雪を、みんなで手分けして丁寧に除ける。程無くして母さんの墓所も綺麗になった。
「よし。こんなところかな?」
では、戻って礼服に着替えてこよう。毎年、母さんの命日は正装で行っているからな。




