番外820 望んでいたものは
新しく墓所に降った雪も片付いたところで、礼服に着替えて墓参りへと向かう。
母さんの家や墓所、湖までの道を含めて、ハロルドとシンシアがしっかり管理してくれているので朝の雪かきも軽めで済んだ。
墓所へ戻ると、みんなの表情も雰囲気も少し真剣な物に変わる。真剣とは言うものの、暖かい雰囲気である事には変わらない。
「それじゃあ、始めようか」
そう言うと、みんなが俺に視線を向けて頷く。タームウィルズから持ってきた花束を墓前に捧げ、黙祷をする。
目蓋の裏に浮かぶのは昔の記憶。……それから想いに込めるのは、魔界に行ってからの経緯だ。母さんに報告するように、順を追って思い返していく。
ベルムレクスに関しては月の民との因縁があったけれど……それもこの手で終止符を打つ事ができた。
魔界の住民と知り合い、魔王国と良い形で国交を持てた事。ジオグランタとパルテニアラのやりとり。ベシュメルクの皆も魔界に受け入れられた事。境界門に関して。それから、エレナとのこれからの事。
話をしたい事、伝えたい事。色々あるけれどそれらを黙祷の中に込めたつもりだ。
髪を、撫でられるような感覚。冬の風とは違う、温かな気配。そんなものを感じて顔を上げるが、そこにはただ静かに墓石があるだけで。
「ああ、今……少し」
「はい。確かに、何か」
と、髪に手をやるグレイスの言葉にアシュレイが頷く。みんなも何か温かなものに触れたような、そんな感覚があったらしい。母さんの墓参りの時に何度か体験しているという事もあって、みんなも驚きより嬉しさが先に来ているように見えるが。
場の魔力も高まっている。黙祷や祈りが場の力を高めるのは分かっているが、きっとそれだけではなさそうだ。
月でも母さんを見た。母さんの墓参りで同じような事があったし、ネレイド達の墓所に行った時の事も考えれば……きっと母さんに想いは届いているし、母さんからの想いも伝わっているのだろう。
そうして順番に黙祷を捧げていく。個人差はあるけれど、どこか暖かい物が広がるような、そんな感覚があったらしい。
エレナも……不思議そうな表情で掌を見つめる。
「掌に……暖かい物が広がるような感覚がありました」
「だとするなら、握手、かも知れないね」
「そうだとしたら……嬉しいです」
俺の言葉にエレナは右手の甲に左の掌を重ねて、嬉しそうな表情を浮かべる。
「何となく……応援されているような気分になったと言いますか」
と、ネシャートが目を瞬かせる。父さんやダリルも激励されているような、そんな感覚を覚えたと、ネシャートの言葉に頷いていた。
「ふむ。いつか……リサ殿とは幽霊仲間として言葉を交わしたいものだな」
パルテニアラはそう言って笑う。んー……パルテニアラはあまり幽霊という印象はないが、一応そういう区分になるのだろうか。
魔界の面々も黙祷を捧げた後に「おお……これが……」と目を見開いたりしていた。
そうして俺達が墓参りを終えた頃合いを見計らって、ガートナー伯爵領の騎士達がカーター達を送って来てくれる。カーター達は以前、俺達に昔の事を謝りたいから集団で家出騒ぎを起こしたのだけれど……まあ、話をして蟠りも解け、今では良い関係だと思う。ダリルやハロルド、シンシアとも友人関係であるそうで。
父さんとしては、その行動力や人格を見込んで、将来的にダリルの補佐をしてくれる家臣としての立場も期待しているそうだ。
「おはようございます、テオドール様」
そんなカーター達が笑顔で挨拶をしてくる。その手には花束があった。
「ああ、おはよう。花も用意してくれたんだ」
「はい。仕事の手伝いで貯めたお金を少しずつ出し合って、冒険者の方々に依頼を出してですね」
「それは――うん。母さんも喜んでくれていると思う。ありがとう」
その気持ちに礼を言うと、カーター達も微笑む。
ガートナー伯爵領には専門の花屋があるわけでもないし冬場だからな。
献花となると冒険者に採取の依頼を出すしかないだろうが……冒険者ギルドに依頼を持ち込むというのも中々に思い切った行動だ。確かにカーター達は行動力がある。
「折角なので、花束が保つようにしておこうかな」
と、木魔法を用いる。花束でも長持ちするようにできる木魔法があるのだ。多めに魔力を込めておいたのでしばらくは枯れずにいてくれるだろう。
そうして、カーター達が黙祷を捧げるのを見守る。墓参りをしたカーター達も何か不思議な感覚があったのか、顔を見合わせていた。
「リサ様も歓迎してくれているのだと思います」
グレイスがそう伝えると、カーター達は少し驚いて顔を見合わせて……それから笑顔になっていた。幽霊と言うと少し何だが、暖かい感覚は嫌な物ではないというのはすぐに分かるからな。
領民達もこれから墓参りに来るとの事で。俺達とは時間をずらしてくれたそうだ。それは構わないし、彼らとは和解もしている。だから、改めて俺達もそれに立ち会うと返答を返した。
そうして暫くすると領民達もやってきた。ガートナー伯爵領の名士ハドリーと、領民達だ。彼らの手にも花束があって。カーター達と同じように冒険者達に採取の依頼を出したものということらしい、黙祷が終わったら、改めてこちらの花束にも木魔法を施しておくとしよう。
「これは……テオドール様、ヘンリー様」
「おはようございます」
「ああ。おはよう」
父さんと共に静かに挨拶をし合う。
「そうですね。きっと、母さんもこうして皆さんとの関係が変わったことを喜んでくれているのではないかと。母さんは皆楽しく、賑やかな事を喜ぶ人でしたから、僕もこの場所ではそうありたいと思っています」
そう言って小さく笑みを見せると、少しだけあった緊張感も和らいだようだった。ハドリーはお気遣い感謝しますと、深々とお辞儀をする。
実際、蟠りというかぎこちなさというか。そういう感情も前よりは軽くなっている気がする。彼らが母さんに対して悪いと思っていて、その事も謝ってもらった。
領民達が花束を捧げて黙祷するのを見守る。
そんな領民達にも母さんの歓迎の意は伝わったのか、顔を見合わせていた。
「リサ様のお墓参りに来ると……何というか、不思議な感覚になりますな」
「母さんも、歓迎してくれているのかなと」
そう言うと、ハドリー達は何かを感じ入るように目を閉じる。
ハドリーの目の端には少し涙があった。俺との過去のやり取りを思い悩んで、苦しんできた事も知っている。
ハドリー達が黙祷を捧げている光景を見ると……何というか感情が動くのを感じる。
和解前だったらきっと彼らが墓参りに来ると聞いても拒絶感が先に来たのかも知れない。彼らの事を自分達に関わりが無い限りはどうでもいいと断じていたから。
けれど……多分俺が望んでいた事はそうではなくて。
本当の所がどうだったのかと言えば、俺は――母さんに彼らが想いを伝えてくれる光景を望んでいたんだと思う。
だから、こうして彼らが墓参りに来て、母さんに黙祷を捧げてくれる事に――嬉しい、と言うのも違うな。こうであってくれて良かったと安堵するような、暖かく感じるような。そんな気持ちになる。こういう心情については俺自身としても予想外ではある、かな。我ながら、複雑な心持ちをしていると思う所はあるが。
「和解をしたからというのも有りますが……立ち会えて良かったと思っています」
そうした想いを伝えると、ハドリー達は改めて俺に深々とお辞儀をしていた。
グレイス達と顔を合わせて笑みを見せると、グレイス達も穏やかに笑って。そうして、冬にしては暖かな日差しの中で、母さんの命日は静かに過ぎていくのであった。




