番外805 迷宮と魔界と
ウィズに記録してもらったデータを迷宮核で解析にかけて、魔界全体の状況をシミュレートする。
その結果として分かった事は……やはり魔界の魔力溜まりが歪みの一因になっている、という事だった。
活火山のように表層に魔力を噴出させる、膨大な魔力が空間の歪みを生む。
これで魔界が崩壊する……というところまではいかないが、世界を維持しようとするジオグランタの意志が魔界に影響を与え、歪みを元に戻そうと反動を生じさせる。
歪みが大きければ反動も大きくなり……それらが閾値を超えた場合に地殻変動や大地震、本当の噴火等となって他の場所でも問題が表出する、というわけだ。
『――要するに魔界には魔界しか存在しないから、そうして生じた歪みも反動も行き場がなくなって別の形で返ってきてしまう、のかな。閉じた世界だから高ぶった力は何らかの形で消費する必要がある。星の外――虚無の海みたいな空間もないし』
迷宮核の外で待っているみんなに解析結果を通信機で知らせる。
「という事は……やはり解決策としては、魔力溜まりの魔力を、事前に別の形で消費してしまえばいい、ということになるのかしら?」
ローズマリーが思案しながら言う。
『そうなるね。もしくはメギアストラ女王達がしていたように、浄化の魔力で魔力溜まりの魔力を浄化してしまうのも有効だけれど』
それは既に行われている対策だが、実績があるので間違いではない。後は魔力溜まりの魔力を普段から消費させてやれば……ジオグランタの悩み事が無い状態にしてやれば……大災害は起こらないだろう。
俺の危惧としては、噴出した膨大な魔力が他の何か――例えば魔界の空を覆う光のヴェール等に使われている、というような繋がりがある事だったが……それも杞憂だったようだ。
あの光のヴェールはジオグランタの世界を維持しようとする意志が生み出しているものであり、ジオグランタが生まれる切欠の片方――エルベルーレの異空間構築の術が大規模になったものだ。
『ちなみに解析で分かったけれど……この術と迷宮区画を作る技術は、多分同系統のものだね。術の維持方式に魔法と呪法で少し違いがあって……ジオグランタの場合は、呪法だ。自身の根幹に関わる部分だから意識していないし、ジオグランタと境界門が強固なものにしているから、この術が解除される事も無いけれど』
「月とエルベルーレの間で接触があった事は確定しているものね……」
俺の言葉に、ステファニアが目を閉じる。
そうだな。ゼノビアのような間者が暗躍していたし、敵の技術をどちらかの陣営が何らかの方法で入手して研究したのだろうという気がする。確かめる術はもうないし、経緯を明らかにする必要もないけれど。
「昔の因縁はもう掘り起こす必要はないにしても……だとするなら迷宮で魔界に干渉する事も……そこまで難しくはないという事になるかしら?」
クラウディアが言う。
『技術的にはそうだね。ジオグランタの了解も貰う必要があるけれど、将来に渡っての安定を考えるなら、やっぱり魔界側にも迷宮の一部を伸ばすか、同じような機構を作って魔力溜まりに干渉可能な環境を構築しておくのが良いかも知れない』
龍脈とそれに連なる魔力溜まり。溜まった魔力を別の形で消費する事。将来に渡って持続可能なシステムの構築。諸々を考えると迷宮の機能というのはお誂え向きだ。
その分迷宮の占める重要性はまた高くなるが……まあ、それは今更か。
但し、魔界の魔力をルーンガルド側で消費、或いはその逆といった方式にすると互いの世界の中で循環するはずの魔力がどちらかに流出して先細りになってしまう。
魔界は魔界、ルーンガルドはルーンガルドで独立した魔力利用をしなければならない……というのが注意点になるだろう。
或いは二つの世界の魔力の不均衡がある程度進行したところでシステム上から干渉し、過不足分の魔力のやり取りをするか。ルーンガルドと魔界間の交流や貿易も今後も増えていくのだから、そうしたシステムの構築も無駄にはなるまい。
いずれにしても一朝一夕というわけにもいかなそうだ。しっかりと計画を練って進めていくとしよう。
ヘリアンサス号からの映像配信も好評だ。
外洋へ出てしまってからでは釣りができなくなると、手の空いた時間に船員達が釣りをしたり、魚人族と深みの魚人族が直接海中へ狩りにでかけたりと、魚介類を確保して甲板で焼きイカや焼き貝を楽しむなど、中々に賑やかな映像が届いていた。
「ん。お腹が空く映像」
シーラが反応していたし、映像チェックの折にマギアペンギン達も遊びに来ていたので、その日の昼食は同じような内容になった。
醤油を垂らし、網の上で貝やイカ、エビ等……を焼いて楽しませてもらう。
「これは美味いな!」
と、ルベレンシアがそれらを口にして嬉しそうな声を上げる。
マギアペンギン達も氷結湖にイカや魚を貯蓄してあるとのことで。俺達と一緒に食べたいという事なのでゴーレムの手伝いも出して氷漬けの魚介類をフォレスタニアに運んできた。
「うふふ……。ああ。何て素晴らしい……」
シャルロッテは少し大きくなったマギアペンギンの雛達に手ずから餌を与えてご満悦である。雛達も自分からシャルロッテの所に集まって行ったりして。
それを見て微笑むイルムヒルトがリュートを奏でれば、親マギアペンギン達も首を動かして音楽に楽しんでいるようだった。そんな様子にグレイス達も表情を綻ばせる。
そうして食事もやがて一段落した頃合いで、通信機にも連絡があった。それを受けてルベレンシアとブルムウッド達に話を切り出す。
「前に言っていた迷宮探索の件だけど、アルから連絡があってね。対策装備の準備もできたそうだよ」
「おお。それではいよいよだな。まあ、昼食をとったばかりだから今すぐとはいかぬのだろうが」
俺の言葉にルベレンシアが表情を綻ばせる。まあ、そうだな。
対策装備を準備した理由としては宵闇の森にいる眠りの魔法を用いてくるウィスパーマッシュが中々に厄介だからだ。
一般の冒険者の中には眠気覚ましの薬草を常備して常闇の森に臨む者もいるそうだが……あまりお勧めはできないな。かなりの苦味と辛味がある薬草を眠気に耐えられなくなる前に経口摂取しなければならず、結構な苦行だからだ。薬草の効能より味で眠気を飛ばしているのではないかという疑わしさすらある。
俺達が攻略していた時は対抗魔法であるサイコフィールドを使えたから何も問題はなかったが、今回は付き添いという立場なので対策となる魔道具を用意したわけだ。
宵闇の森の暗さに関しては――魔界の面々には問題にならない。宵闇の森に限らず恐らくは、迷宮内部の探索において照明を必要としないだろうとは思う。
後はブルムウッドやルベレンシアの実力と連携次第という事になるが……俺の見立てでは問題がないだろうと判断している。
「冒険者の登録と講習も済ませてきたしな。俺達も何時でも動けるが」
ブルムウッド達、ボルケオール、カーラ、ルベレンシア。それにアルディベラと……魔界の面々は、先日冒険者ギルドに行って登録を済ませてきた。
アルディベラに関してはボルケオール達が迷宮に向かうことを知り、自分も興味があると参加を決定した形である。
そんなわけで迷宮に潜るならと、事前の準備を進めてあるのだ。迷宮探索においては物資を送ったり自分達が退避したりするのに転界石を使ったりもするので、そうした基本的な技術と知識を事前に仕入れて貰っている、というわけである。
俺達が同行するなら必要ないと言えばそうだが、魔界や魔王国側の住民としても将来的に迷宮で何か調達したい、という状況が生まれてくるかも知れないからな。
小規模な物資のやり取りであれば魔力の不均衡にまでは中々至らないだろうし、国交を持つ以上は個人的な訪問、というケースも今後増えてくると予想される。迷宮に関して、事前に情報が伝わっていれば探索の前準備もスムーズにいくだろうしな。




