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143 闇に蠢く者

 訓練を繰り返し――そして、封印解放の前日。


「団長殿。教団の使者を名乗る者が現れました」


 神殿に詰めて突入するタイミングを見計らっていると、神殿内部に設けた司令部に騎士が駆けこんできてそんな報告をしてきた。

 仲間達と顔を見合わせる。

 ……使者ね。しかもこのタイミング。向こうも手の内が読まれていると知ったうえで、何か策を弄してきたか。


「詳しく話せ」

「男が1人です。武器の類は持っていません。魔人殺しと話をしたいと。ですがその……どこか虚ろというか、普通ではない様子でして」

「――どうしたものですかな。交渉の余地などないと突っぱねてしまっても良いのでしょうが。魔人殺しだと言って、別の者を立てるという手もありますが……」


 ミルドレッドはそう言って俺を見てくる。指名されているのは俺なのだから意見を聞きたいというところか。

 別の者を立てるというのは、向こうが魔人殺しが誰であるかを掴んでいないという前提の話だな。最悪向こうも察知していて、他の者が出向いたら交渉決裂という事も有り得る。


「指名しているという事は、僕が行かないと話をしないと言っているのも同じですからね。何の話か分かりませんが……手の内を探る意味でも一応聞いておいた方がいいでしょう。まだ突入まで間もありますから」


 どちらにせよマティウスの姿を取ってから向かわせてはもらうけれど。


「……ふむ。相手が1人という事でも、暗殺には重々注意した方がいいでしょうな」

「連中の得意分野ですからね」

「私も一緒に行きます」

「テオドール様。私も」


 その話を聞いて不安に思ったのか、グレイスとアシュレイが言う。マルレーンも心配なのか俺の顔をじっと見てくるが……笑みを浮かべて首を横に振る。


「いや。手の内は寸前まで見せない方がいい。俺1人で行ってくるから、みんなは待っていてくれ」


 そう言ってグレイスの封印を解放しようと近付くと、そっと抱きしめられた。


「……テオ。お気をつけて」


 ……そうだな。解放されてしまったらこうやって触れ合う事も難しくなるし。アシュレイとマルレーンもそっと寄り添ってくる。

 暖かな体温と鼓動。鼻孔をくすぐる香り。しばらく抱きしめ合ってから離れて、グレイスを呪具から解放した。


「何か予想外の事態が起こっても、私はあなたと同行するのを最優先で動くわ」


 クラウディアが言う。彼女に向かって頷く。


「そういう事なら、セラフィナと協力して会話の内容は聞かせてもらう?」

「うん。任せて」


 シーラの言葉に、セラフィナが微笑みを浮かべた。そうだな。それが良いだろう。相手も俺1人だと思って何か口を滑らせるかも知れないし。


「気を付けてね、テオドール君」

「ん。じゃあ、ちょっと行ってくる」


 イルムヒルトに笑みを返して神殿の出口へと向かう。

 神殿の外の広場まで出ていくと、兵士達に囲まれた使者の姿があった。

 ……とても普通の格好、普通の青年の姿である。だが報告にあった通り、どこか目が虚ろだ。何というか、操られているとでもいうような印象を受けた。


「……魔人殺しに……話がある。俺は教団の……使者だ」


 魔人殺しに取り次ぐ事。自分が教団の使者である事。その2つの言葉を延々と繰り返していた。……なるほど、メッセンジャー役か。


「俺がその魔人殺しだよ」


 言うと、男は顔を上げた。焦点の定まらない目で、俺の方をぼんやりと見てくる。


「教団の――ヴァージニア様より伝言。我らが主――教主様は北門より境界都市を訪れ、扉が解放されるその時まで魔人殺しを待つ。魔人殺しが来ない場合……北門から始まり――多くの者が死ぬだろう」


 指名で呼び出し。しかも教主からのと来た。十中八九こちらの分断や陽動が目的だろうが……。ヴァージニアというのは誰だ? 教主の腹心という奴か?


「……ヴァージニアというのは?」

「美しい……お方。ああ、赤い――赤い瞳の――」


 恍惚と呟いて、男は崩れ落ちた。意識を失っているように見えるが……どうにも要領を得ないな。

 操られていたとするなら……思い浮かぶ所ではアルラウネの口付けだが……さて。


「身元を検めますか?」


 兵士が聞いてくる。少し考えたうえで、ライトバインドで倒れた男を拘束してから頷く。

 兵士達が男の身体をあちこち見ていると、その内の1人が何かを発見したらしく、驚いたような声を上げた。


「こちらを……! この傷をご覧ください!」

「これは……吸血鬼の――」


 兵士達が目を丸くしている。その男の二の腕辺りに2つの穴が穿たれていた。

 ……そういう事か。納得がいった。ヴァージニアというのが恐らく、吸血鬼だ。


 吸血鬼と魔人崇拝集団。考えてみれば似合いの組み合わせなのかも知れない。お互い人間社会が敵であるのだから、素性を知って尚、協力し合っていてもおかしくはないだろう。


 ヴァージニアとしてはデュオベリス教団の幹部に収まる事で、食事の安定的な確保と安全を同時に得られる。教団側としてもあちこちに潜入するのも潜伏するのも……まあ、そういう手札があるのなら容易な事なんだろうし。


 タームウィルズに限らず、どこでだって応用が利くはずだ。吸血を行う事で隷属させてしまえば民家でもどこでも騒ぎを起こさず潜伏可能と思われる。

 だがここに来てそんな重要な手札を明かしてきたというのは……奴らも中々切迫した状況である事が窺えるな。

 通信機で伝令代わりのメッセージをあちこちに飛ばしながら神殿の皆の所へ戻る。


「相手は吸血鬼ですか」

「……みたいだね」


 グレイスが尋ねてきたので頷く。


「もしその者と相対する事がありましたら、私が相手をします」

「それで……グレイスは大丈夫なのか?」


 俺としてもヴァージニアについては少々捨て置けない部分がある。グレイスの立場にとってマイナスになるからだ。グレイスはそれが分かっているからこそ自分で相手をするという言葉になるのだろうが……。


「私の望みはテオドール様のお側にいる事。その者は、明確に私の敵です」


 混血だからこそ自分の立っている場所を、明確にするためにという事なのだろう。

 グレイスは迷いも気負いも見せず、静かな口調ながらも言い切った。……ん。心配はなさそうだが。


「大使殿はどうなさるおつもりです?」

「……誘いに乗ってみようと思います」


 目的が分断や陽動のつもりなら、乗ってやる事に吝かではない。

 そして、魔人が現れるか現れないかで多少対応を変える。その辺の事をミルドレッドに伝える。


「もし本命の魔人の所在が掴めないようなら、その時は問答無用で魔法で吹き飛ばして迷宮へ向かいます」

「私は大使殿の、その明快な考え方は気に入っておりますよ。どうか御武運を」


 ミルドレッドは楽しそうに笑った。


「ミルドレッド様もお気をつけて」

「はて。ここには腕利きの冒険者やアウリア様、オズワルド殿もおられますからな」


 そう言って不敵に笑う。防御は完璧だから任せろという事らしい。王城に次いで、敵の襲撃をもっとも警戒しなくてはならない場所ではあるからな。




 すぐに皆と北門へと向かってみれば……門番達の兵士達が不思議そうにこちらの様子を窺ってくる。どうやらまだ何も起こっていないようだが。


「何か変わった事はありましたか?」

「いえ……これと言って――」


 兵士が言いかけたその時だ。


「変わった事が起こるのは、これからだよ」


 そんな声と共に、近くの民家から出てきたのは黒づくめの集団だった。

 少し距離を置いて対峙する。デュオベリス教団の信徒達は口元に笑みを浮かべていた。その中に……毛色の違う赤い目の女が1人。

 病的に白い肌……真っ赤な目と唇が夜の闇に浮かぶ。こいつか。


「お前がヴァージニアだな?」

「ご明察。貴様から垣間見えるその魔力……。俄かには信じられんが、どうやら貴様が魔人殺しという事で良いようだな」


 ヴァージニアは尖った牙を見せて笑う。魔人らしき者は……いないか。

 ウロボロスに魔力を纏わせる。


「焦るな。少しばかり面白い趣向を見せてやろうかと思ってな」


 そう言って、ヴァージニアは目を細める。


「さあ、お前達――。喜ぶが良い。今こそ我が主が約束していた力を授けてくれるだろう」


 そんな言葉と共に信徒達が快哉を叫ぶ。それを合図とするように、それぞれの刺青から膨大な量の瘴気が噴き出す。これは――。

 めきめきと音を立てて信徒達の身体が――異形へと変貌を遂げていく。そんな異常な状況下にありながら、信徒達は喜びの声を上げていた。人間を辞める事こそが己が望みだとでも言うように。


「ま、魔人!?」


 門番達が狼狽して声を上げる。


「ククク……我が主の秘術を以ってしても、そこまでは至れんよ。半魔人とでも名付ければ良いのかな? ここだけではないぞ。街中の各所に仲間を潜ませてある。時を同じくして動き出すであろう」

「……その間に肝心の教主は迷宮奥に転移して侵攻するわけか」

「魔人殺しはここにいるわけだが……他の連中に半魔人を止める事は可能なのかな? その間に、我が主は精霊殿へ向かい目的を遂げるだろう。お前らは私とここで優雅に夜会といこうじゃないか」


 この返答……教主こそが魔人だな。

 そしてヴァージニアは……破壊工作から始まり、陽動や足止めなど全部引き受けるつもりらしい。

 俺達が現れないなら現れないで、タームウィルズの重要設備の破壊や要人の殺害、街の人々や騎士、兵士達の殺傷に専念するつもりだったのだろう。

 そうなると、こいつらはわざと街の被害を大きくするように戦うと見ておいた方がいい。


「残念だったな。お前らは俺達を、僅かでも足止めなんてできない」

「ほう?」


 余裕の表情を見せるヴァージニアに対して、クラウディアが一歩前に出る。


「何だ小娘。貴様から私に血を捧げようというわけか?」

小娘(・・)? 私が?」


 クラウディアはヴァージニアの言葉を一笑に付す。その反応にヴァージニアは不快感を覚えたらしかった。


「……ヴァージニアと言ったわね。あなた達は大腐廃湖の底に沈むのが似合いだわ」


 そんな言葉と共にクラウディアの足元から巨大な魔法陣が広がる。ヴァージニアが目を見開いた次の瞬間、俺達と連中の全員を転移の光が飲み込んだ。

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