番外719 知恵の樹
「まあ……このように賢人達は言っているがな。襲撃者もそうだが、抱えた問題が解決するなら城を拠点に堂々と外に出て暮らす事も不可能ではない、と余は思う」
メギアストラ女王が苦笑しつつもそう言って、ファンゴノイド達はその言葉に嬉しそうに目を細める。
「……とまあ、このように欲の少ない連中なのだ」
と肩を竦めると、メギアストラ女王は表情を真剣な物に戻して言った。
「さて。順序立てて話すならば……次は賢人達の性質と、それによって作り上げたものについて説明するべきなのだろうな」
そう言ってファンゴノイドに視線を向けると、ボルケオールが頷いて言う。
「私達のこの見た目……この身体は本体ではありません。目に見えない程小さな群体が活動する事によって作られる生成物で構成された核と、その核によって操られる人形のようなものと考えていただきたい。ある意味パペティア族と似ているかも知れませんな。ここまでは宜しいでしょうか?」
「キノコが菌の活動によって作られる、と。個々人によって見た目を色々変える事ができるのもそういうわけですね」
「その通りです。貴方はどうやら我ら――というよりはキノコについても中々お詳しいようだ」
ボルケオールが俺の言葉に目を細めた。
「多少は……ですが。専門ではありません」
「ふむ。とはいえ仕組みに理解ある方がいらっしゃるのは有難い。我らは新たな仲間を生み出す時、それに関わる者達の想いを少しずつ乗せて核を構築します。それこそが精霊で言う魂の宿る場所であり、動物で言うところの考える頭であり、仲間の基本的な人格となるのですな」
なるほどな。核の構築時にそうして乗せた想い……個々人の経験や違いが新たなファンゴノイドの個体差となって現れるというわけだ。
「我らの幼子を見れば分かると思いますが、やはり他の種族同様、思考にも幼い部分がありましてな。これが各々経験を重ね、身体を更に構築して行く事で内に宿る菌の数も増え、統率力を増加させる事でより高度な思考や運動能力が獲得できる。この身は器でありますが、同時に核の思考を補助するように働かせる事もできるのです。それが他の種族との最たる違いでしょう」
「菌だけでは大きな力を発揮できず、まず多数が集まり核を構築し、経験によって統率能力を高める事で色々できるようになる、と。そして、身体でありながら一時的に思考や……例えば魔法等の補助にも使える、という事でしょうか」
「然り。まあ、一時的な増強なので個人のできる事に限界はありますが」
と、マッシュルーム似のファンゴノイドが俺の言葉を肯定してくれた。
「我々は知識と経験を重視する。故に先人の想いや、記憶、後世に残すべき教訓を忘れずに留め置きたいと願い……我らと同じもので構築されながらも核を持たない……あれを作り上げたのです」
そう言ってボルケオールが指し示したのは――小屋の外にあるあの巨大キノコであった。そう……。そうだな。ファンゴノイド達の性質を鑑みるならあれは宮殿などではあるまい。そして推測が正しいのなら、あれこそがファンゴノイド達がパルテニアラの事を、ルーンガルドの民の容姿を、記憶に留めていた理由でもある。
「あれを知恵の樹、と呼称している。見た目は巨大なキノコだが、賢人達の記憶や知恵を内包した、大いなる遺産だ。先人の知識を詰め込んでいるという意味では……図書館のようなものでもあり、余剰の力で仮想の魔法実験等も行う事ができる実験室にもなり得るな」
「また、とんでもない……」
「なるほど、な」
メギアストラ女王の言葉に、ブルムウッドやエンリーカが目を丸くし、パルテニアラは納得した、というように目を閉じていた。
迷宮核に近い部分もあるな。前世の記憶で言うならスーパーコンピューターか。図書館という事は過去の記憶を呼び起こす事もできるのだろうし、仮想の実験というからには演算を行う事も可能なのだろう。
「最近ではアルボス=スピエンタスという名義で、内政の一助になればと活用しております」
アルボス=スピエンタス。魔王国の魔法院所属で色々と開発している天才魔術師の名だったな。実態は過去から現在に至るまでのファンゴノイド達の共同研究だったようなもので……道理で本人について語られる記述が少ないわけだ。
「その名前は……図書館で調べ物をしている時に見ました。皆さんを拉致したような者がいた場合、知識を求めてのものだと考えて、技術関連で成果を上げるようになったのではないかと思ったので」
俺の言葉にファンゴノイド達は嬉しそうに目を細める。
「ふふ。なるほど。心配をおかけしてしまったようですな。因みにですが……知恵の樹は魔法の発動体としては機能しません。先達の記憶や想いがそうした使い道を抑制しようと働きますからな。核がないと言っても我らの想いと無関係というわけではないのです」
ボルケオールのその言葉に、みんなも安心したようだった。境界迷宮にクラウディアの想いを託して方向性を持たせたように、ファンゴノイド達も知恵の樹に安全装置を組み込んだのだろう。
「ただ、悪用しにくい仕組みがあるとはいえ……野心ある者、邪悪な考えを持つ者の手に落ちた時に、絶対安全だとは言えぬ。故に賢人達の身辺の安全と知恵の樹の秘密は守らねばならない。賢人達の事を探ろうとする者を監視するのは、過去の出来事とこれが理由だ」
メギアストラ女王の静かな言葉が響く。
「監視の目が向けられた経緯については、納得しました」
そう俺が言うとマルレーンも真剣な面持ちでこくこくと頷いていた。
知恵の樹は確かにファンゴノイド達の宝であり、未来に正しく伝えるべき物であり……同時に秘匿しなければならない物でもある。カーラが気にしていた事については伝えておくが、まあ……必要な事というのは分かった。
「それと……知恵の樹の性質についても触れておかなければなるまい。内包している知識にどんなものがある、と知恵の樹が教えてくれるわけではない。知識を得る側が正しく問いかけなければ、記憶や知識を引き出す事が出来ず、漫然と向かい合っても意味がない、というわけだな」
なるほどな。記憶や知識を呼び出すには元となる知識が必要となるわけだ。外付けの頭脳のようなものと考えれば、コンピューターのようにどこにどんなファイルがある、と一目で分かるようにはできていないのも納得である。
記憶は思い出せなくなることはあっても失われる事はないというが……。問いかけか。例えば記憶と何らかの紐付けをしておくとか、連想するとかそうした方法で「思い出す」というのならば納得もいく。
「そういった性質があるものですから、作り上げた我ら自身にも余すところなく活用できている、とは言いにくいのです」
「先程も言ったが余らは問題を抱えている。対処は続けているが、根本的な解決に至っていないというところだな。そこに現れたのがそなた達だ。余らの知らない事を知っている者達……パルテニアラ女王に連なる系譜という可能性に気付き、知恵や技術を借りる、或いは知恵の樹を活用してもらうことで打開策を見つけるという方法を考えた」
メギアストラ女王が言う。なるほどな。知恵の樹を俺達にも使ってもらう事を視野に入れているのか。俺達だけで使えるものなのか、ファンゴノイドの仲立ちや代行が必要なのかは分からないが。
「それが……僕達を招待した理由ですか」
「そういう事だ。本来ならもう少し交流を重ねて人となりや出自を見極めるつもりであったのだがな。精霊や同胞からの信頼を得ている事、パルテニアラ女王本人が同行している事を考えれば、このまま胸襟を開いて話を前に進める事が肝要と判断した」
そうか……。そういう事ならば、俺達としても利のある話だ。知恵の樹を使わせて貰えるなら、俺達の魔界についての調査そのものも大分進行するだろう。
そうなれば当然、メギアストラ女王に協力する事になる。問題、というのがどういう内容か分からないが、メギアストラ女王やファンゴノイド達の性格を考えれば、きっと重要な事なのだろう。




