番外718 魔王城の地下にて
「では、参ろうか」
お茶を飲んで一息ついたところで、そう言ってメギアストラ女王は立ち上がった。
女王とボルケオール、エンリーカに連れられて向かった先は――普段は魔王のみが使える直通路、との事だ。
魔王城上層の、回廊を進んだ奥に設置された昇降機で、みんなで乗り込むと光のリングに包まれて今度は緩やかに下降していく。
「私も同道して良いのでしょうか?」
「構わぬ。こうしてある程度事情を知った以上、エンリーカも気になるであろう? それに諜報局長にも知っておいてもらった方が今後動きやすくなるだろうからな」
エンリーカが尋ねるとメギアストラ女王は笑って応じた。
エンリーカは全ての事情を知っているわけではないらしいが、これを良い機会にエンリーカにも事情を話す、との事のようで。もしかすると今後俺達の連絡を取る時はエンリーカがその役割を担うのかも知れない。
そうして下層の光る床に到着する。どこかに通路が続いているようだがそちらには向かわず、魔王が壁に触れるとそこから光が走り、壁が奥にめり込んでから横にスライドして地下に続く螺旋階段が姿を現した。
「こういう仕掛けはたまに見ますが、凄いですよね」
アシュレイが感心したように言うと、ステファニアがうんうんと頷く。
地下区画には魔法がかかっているのだろう。この螺旋階段に入った時点で温度と湿度が他の場所と違う。ウィズの記憶しているデータによれば、胞子の谷と酷似した環境を構築している事が分かった。
「後ろの扉は閉めさせていただいてもよろしいですかな? 温度と湿度を一定に保っておりますので」
みんな螺旋階段側に進んだところでボルケオールが壁に手を触れて言った。この螺旋階段自体がエアロックのような役割を担っているというわけだな。
「勿論大丈夫ですよ」
そう答えるとボルケオールが目を細めて、壁に魔力を送る。光が走って通路の入り口が閉ざされた。
温度と湿度の管理と言えば、ボルケオールが身に纏っているローブもそういった効果があるもののようだ。見た目は幻術、身体機能はローブで守るというわけだな。
螺旋階段を降りていくとそこには大きな扉があった。
「さて。ここから先で見る物は余の許可なく口外せぬように。水晶球はないが……ここはそなた達を信じさせてもらおう」
「わかりました」
エンリーカが扉を内側に向かって開くと――そこは建物の中とは思えない光景が広がっていた。
やや薄暗いが、それは魔界のどこでも同じだ。つまり、外とあまり変わらないぐらいの光量が保たれている。
水の流れる音。小さな川が地下区画にはあって。林立する木々と様々な種類のキノコ達。苔生した地面。植生も環境も……胞子の谷にそっくりだな。
「これは……相当手がかかっていますね」
グレイスが周囲を見回しながら言う。そうだな。迷宮の力を借りているのとは違う。どちらかと言うと植物園を更に大規模にしたようなものだろうか。
「賢人達の住んでいた胞子の谷の環境を、できる限り魔法的に再現しているのだ」
疑似的に作られた森の小道を抜けていくと、突如視界が開ける。広場には大樹ならぬ、見上げるような巨大なキノコが聳え立っていた。
「ん。あれがキノコの宮殿?」
首を傾げたシーラが尋ねると、パルテニアラが「妾の記憶にあった物に近い」と頷く。
「宮殿ではないが……大事な物である事には変わりは無い」
メギアストラ女王が静かに言う。
「おお。これは陛下。良くおいで下さいました」
と、あちこちに作られた小さな家からファンゴノイド達が次々姿を現す。手足のあるキノコ、という姿は共通しているが、色や傘の形、体型等は千差万別だ。茶色に灰褐色に黄色、青みがかった灰。網状のヴェールを被った個体……。
「ふむ。統一感が無くて申し訳ありませんな。我らはある程度育つと、気に入ったキノコを模した形に身体を構築するのですな。見分けも付きやすくなります」
俺達がやや戸惑っている反応を見て取ったのか、ボルケオールがそんな風に教えてくれた。
「髪型を変えたり服を着飾るようなものかしら?」
「左様です」
イルムヒルトの言葉に頷くボルケオール。
「魔王陛下!」
「魔王様ー!」
と、一際小さなキノコ達が短い手足をちょこちょこと動かして駆けて来る。こちらは頭身が小さく、個々での姿も大きく変わらないが、印象からするとファンゴノイドの幼体かも知れない。
「うむ。子供達も元気そうで何よりだ」
飛び込んできた子ファンゴノイド達を受け止め、その手に抱えてメギアストラ女王は笑う。その光景にパルテニアラも懐かしそうに目を細めて頷く。
メギアストラ女王が子供達に何事か呟くと、パルテニアラのところにも子ファンゴノイド達が集まっていた。成体のファンゴノイド達も「おお……」「パルテニアラ陛下……」と感動の声を漏らしていて、やはりパルテニアラはファンゴノイド達にとって特別な位置付けのようだ。
そんな光景を見てメギアストラ女王は相好を崩す。そして「あの場所で話をしよう」と、少し大きめの小屋を指差した。一応、この区画における迎賓館のようなもの、らしい。
小屋には大きな円卓があって腰を落ち着けると、当たり前のようにキノコのスープがカップに入って出された。この区画のファンゴノイド以外のキノコは大体食用か薬の原料だそうで。その話を聞くとローズマリーが興味深そうに顎に手をやって頷いていた。
みんなにスープが行き渡ったところで、メギアストラ女王が言う。
「初代魔王の頃からファンゴノイド達とは交流があってな。胞子の谷は領土的には魔王国のものでないにしても、昔から友好関係にあったのだ」
「我らの抱えている物を知り……魔王国の武官を派遣してもらっていた時期もあります。そんなわけで元々魔王国への移住計画は進んでいたのですが……。そんな折です。面妖で邪悪な力を使う襲撃者が谷を襲ってきたのですな」
「我らの知識を目当てとしているのか、それともどこかで恨みを買ったか。目的は分かりませんでしたが、武官も我らも力を尽くし、幸運にも最初の襲撃は撃退しました。魔王陛下は辺境にある胞子の谷では守り切れないと判断し、この場所への移住計画を前倒しで実行に移したのです」
シイタケ似のファンゴノイドがボルケオールの言葉に続いて、そんな風に教えてくれた。
準備が元から進んでいただけあって行動に移してからは迅速だったそうだ。
決行は一夜にして行われたらしい。竜の姿に戻ったメギアストラ女王が地面の菌床ごと掘り返し、あの巨大なキノコを背に抱え、ファンゴノイド達もその背に乗って。
ファンゴノイド達がいくつもの幻術を重ねて、空を飛ぶメギアストラ女王の姿を隠し……その術を使って巨大キノコの形を変えて、城の地下区画に運び込んだ、との事である。
最初は湿度と温度の管理だけだったが、その後も継続的に環境整備をして今に至る、と。
「魔王陛下が竜だから取れた方法なのね」
クラウディアが目を閉じて納得した、というように頷く。確かにそれは……行方が分からなくなった事に気付いてから捜索しても足取りを追えないはずだ。
「本来なら正式に森の賢人達を我が国に迎え、民として自由に闊歩してもらいたい所ではあったのだがな。賢人達の抱えるものがそれを許さなんだ」
残念そうにかぶりを振るメギアストラ女王である。
「我らはこの場所でも楽しくやっておりますぞ。元々、谷より外にはあまり出ませんでしたからな」
そう言ってファンゴノイド達はうんうんと頷き、メギアストラ女王は少し困ったように笑っていた。どうやらメギアストラ女王とファンゴノイド達の関係は良好なようだな。
しかし……ファンゴノイド達の抱えているもの、か。どうやら薬草だとか魔法の知識だとか……その程度ではなさそうな雰囲気だが。さて。
いつも拙作をお読み頂き、ありがとうございます!
無事、書籍版『境界迷宮と異界の魔術師』10巻の発売日を迎える事ができました!
番外編も気が付けば丁度本編の話数と並び、発売日と同日になった事に少々驚いております。
また公式で情報解禁になりましたので、境界迷宮と異界の魔術師のコミカライズが決定した事も併せてお伝えしたいと思います!
現時点でお伝えできる事については活動報告で告知しておきましたので、そちらも併せてご覧いただければ幸いです。
ここまで連載を続けてこれたのも、コミカライズが決定したのも、ひとえに読者の皆様の応援のお陰です! 改めて感謝を申し上げます!
今後ともウェブ版、書籍版共々頑張っていきますのでよろしくお願い致します!




