番外607 魔界と召喚獣
クラウディアの転移魔法は効果範囲を広げたり、対象を識別して転移する事が可能だ。条件付けが複雑になれば発動に時間もかかるが精度は高い。
「いずれにしても転移する場所は魔界の門周辺の拠点よね。ティエーラ様と……ええと、月女神の祝福で拠点を守る事で、魔界でも拠点に撤退する事ができるようになるでしょう」
クラウディアは自分に関する言葉を、少し探しながらそんな風に言った。神格に関する話になるとクラウディアは照れてしまうからな。巫女頭のペネロープには「シュアス様は奥ゆかしい方なのです」と好評である。月が雲で簡単に隠れてしまうのになぞらえたりしていたのは月神殿の巫女らしいというか。マルレーンもにこにことしているが、まあ、そのあたりの事はあまり触れないでおくとして。
「結界を張って、加護を受けた拠点そのものも守るとして。召喚魔法の応用で撤退するのは個人用かな。ああ、それから……マルレーンの召喚獣も魔界の門を潜る前に召喚しておかないと、向こうでは召喚できないかも知れない」
「そうさな。門は強固な封印にもなっている。閉じられている時は現世との間での召喚魔法も遮断するであろう」
パルテニアラもその見解に賛成であるらしい。自身の事に話が及ぶとマルレーンは真剣な表情で頷いた。
「召喚術師というものは……召喚魔法を通じて召喚獣を制御するから、全員を召喚し続けておくというのは魔力の消費や負担を考えても難しいわね」
ローズマリーが思案しながら言う。
「ピエトロさんやホルンは制御を受けていないようですが、そうする事で問題が起きたりするのでしょうか?」
アシュレイが首を傾げると、当人であるピエトロが答える。
「吾輩は制御を受けておらずとも術師殿に危害を加える気がありませんし、この街が気に入りましたので、自分の意思でこの街にやってきました。送還先の変更も含めて、一緒にいる事を認めて頂けたのは嬉しく思っております」
ピエトロの言葉にマルレーンとホルンが揃ってこくんと頷く。
獏であるホルンも、初めて召喚された時にこっちにいたいと意思を伝えてきたからな。ピエトロと同意見らしい。ともかく、ピエトロとホルンは召喚獣ではあるが、普通にタームウィルズやフォレスタニアで暮らしているというわけだ。
「つまり召喚の魔法は、召喚獣に対する保険なのね」
イルムヒルトが納得したように言った。そうなるな。俺も頷いて言葉を続ける。
「目的があって召喚獣を選ぶ術師は、相性の悪い召喚獣や、悪魔みたいな油断のならない相手も使役する時があるからね。実際悪魔や邪精霊は信頼を得たところで、召喚術師を騙そうとしたり契約に抜け穴を作ろうとするから、扱いが難しいらしい」
ローズマリーを本の世界に捕らえたオルジウスも……契約の抜け道を利用して罠にかかった者達の魂を解放せずにコレクションのような事をしていたからな。まあ、悪魔や邪精霊にとって契約の類は諸刃の剣なので、それを弄んだ代償を支払う事になったが。
「その点で言うと……マルレーンはみんな相性のいい召喚獣に来て貰っているわね」
「みんな優しいと言いますか、性質としては善良ですよね」
「シェイドは良い子だよ。家妖精は夜や闇の精霊と相性がいいから分かるの」
ステファニアが言うとグレイスが頷き、セラフィナがにっこりと笑った。意外な交友関係があるな。
確かに、マルレーンの召喚獣は夜や闇、精霊、妖精といったカテゴリに属するものが多いけれど、悪魔や邪精霊とは違う。魔力反応や実際の性質を見てもそうだ。
「ん。魔界の門のこっち側で召喚してから、向こうで制御から解放する手が使える?」
「術者が送還先を変えなければ、その場に留まるかどうかは本人の意思に任される事になるね。デュラハン達の意向を確認する必要があるかな」
そう言うとマルレーンは真剣な表情でこくんと頷いた。
ガシャドクロは――ここで召喚すると騒ぎになりそうだが、どうやら自由な大きさとまではいかないものの、本気を出した時の大きな身体か、小さな身体、どちらかの姿で顕現できるらしい。
ガシャドクロもデュラハンと同じくアンデッドではない。自然への畏怖が生んだ妖怪で……精霊に近い性質だからな。顕現する際の姿に関しては結構融通が利くということか。但し、小さな身体では力が発揮できないらしいが。
「召喚獣のみんなも、大切だから、私から、ちゃんと聞いてみるね」
と、マルレーンの口が言葉を紡ぐ。翻訳の魔道具もあるし、向こうの意思を聞く手立ても問題はあるまい。
そうしてマルレーンがマジックサークルを展開してデュラハン、シェイド、ガシャドクロを召喚する。ガシャドクロは小さな姿で応じてくれた。オーラを纏って浮遊するドクロ……フォルガロの時に遠隔呪法を使ったが、あれに近い姿だ。
「来てくれてありがとう。魔界の事で、お話と、相談がしたいの」
と、マルレーンがデュラハン達に切り出す。魔界の門を越えての召喚ができない点。解決策として制御を手放す方法がある事といった事情を一つ一つ説明する。
「魔界の事がなくても……前にもみんなには、帰っても寂しくないかって聞いた事、あったけれど、大丈夫だからって言ってた。でも迷惑じゃなければピエトロや、ホルンみたいに、みんなで一緒にいられたら、嬉しいな」
少したどたどしく、それでも一生懸命にマルレーンが説明する。その言葉をデュラハンやシェイド、ガシャドクロは時々相槌を打つように首や身体を縦に動かしたりして聞いていたが、やがてデュラハンがこちらにも首を向けて、それからもう片方の手で、空中に魔力で文字を書いた。
曰く――前にそう尋ねられた時、召喚術師と召喚獣は一線を保つべきもの、と術式を通して主には伝えた、とそこには記されていた。
デュラハンの言葉は続く。
『以来、主殿は召喚術師として正しくあろうとしている。また我も、闇の精霊も、ガシャドクロ殿もそうであるが、この見た目が人から畏れられる事を知っている。そうであるがこその性質を持つ精霊であるから。それ故に……言葉を話さぬ主が余人から恐れられれば、誤解を解くのも苦労しよう。だが、信頼は嬉しく思う』
そう、か。デュラハンはマルレーンの事を思っているから召喚術師として召喚獣を信頼しすぎてはいけないと教えるし、自分達の姿が不利益を齎さないようにと律している。
騎士の姿は内面を反映すればこそなのかも知れないな。
その言葉に、シェイドも同意するようにこくこくと頷いていた。ガシャドクロは西国の文字が読めないので代わりに読み上げて翻訳術式で意味を伝えると、やはり同意を示すように頷く。
「マルレーンの事は――俺が家族として守ると誓うよ。デュラハン達がそんな風に考えてくれるからこそ、望みは聞いてあげたいと思う」
俺がそう言うと、デュラハンは静かに頷いた。
『現状に不満があるわけでは無いが……共にいられれば、それは嬉しい。テオドール公には我らの見た目で厄介をかける事になるが、良いのだろうか?』
「勿論。それにちゃんとした精霊で召喚獣だってことは、タームウィルズやフォレスタニアでは周知している」
『そうか。では承知した。……原初の精霊殿や精霊王殿達の近くであることも、居心地が良い。無論、魔界であれば人目に付かない故に、その場に留まる事に否やは無い。魔界でも主の力になりたいと望んでいる。これは――我が誓いでもある』
シェイドもまた、深々と身体を縦に動かして。翻訳を待ってからガシャドクロも大きく頷いていた。マルレーンが術式の制御を外す。と……見た目では特に変わったところはないが、デュラハンが騎士らしく完璧な一礼をしてくる。それに倣うようにシェイドとガシャドクロもお辞儀をしていた。
「これからも、よろしくね」
マルレーンが言うと、デュラハン達はどこか楽しそうに頷くのであった。