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130 詰め将棋

 これは上手いな。そしてきつい一手だ。

 穏便な話の運びでありながら、きっちりと急所だけは突いている。

 ブロデリック侯爵領については充分な時間を与えられているのだから、特に急な話でもない。領地経営が上手くいっていると言ってしまった以上は、査察の話を断れる理由がないのだ。


「そ、それは、その……何と申しますか」

「何。手間はかからんよ。少々の実地検分と、帳簿と報告書類周りを見せてもらうだけの事。……ふむ。税が無闇に重くなってはいかんな。穀倉の中の蓄えも検めさせてもらう事にしようか」


 というメルヴィン王の言葉に、言い澱むノーマンの顔色がどんどん悪くなっていく。


「それとも、何か不都合でもあるのか?」

「い、いえ。不都合などあろうはずが」


 ……道が崩れている事をノーマンは言わないだろうな。査察を足止めできれば時間が稼げるのだし。


「ああ、そうであった。道が崩れているとガートナー伯爵から報告を受けている。竜籠を出す必要があろうな。それならば移動の時間も短くなって丁度良い」

「そっ、そうでした! 失念しておりました。りゅ、竜籠で来たものですから」


 ノーマンの顔色が蒼白になっていく。


「気にする事はない。誰しも勘違いやうっかり忘れていたという事はあろうからな。繰り返さねば良いだけの事」

「し、失礼いたしました。以後気を付けます」


 ……言葉の裏の意味を探るなら、今のうちに本当の事を言っておけ、という事になるのだろうが。ノーマンは気付かれている事に理解が及ばないのか。それとも理解しているが後に退けないから、白を切るつもりなのか。


「そ、そうです! 不手際があってはいけません! 宴席は中止にしましょう! 私は一足先に侯爵領に戻り、査察の方をお迎えする準備を整えてくる事に致します!」


 妙案を思いついたとばかりにノーマンは顔色を明るくする。そんなノーマンの返答に、メルヴィン王も笑みを深くした。だがこれは……表情と内心が反比例している。ノーマンの手の内に勘付いているのだから、嘘に嘘を重ねようとしているのが分かってしまうのだし。


 諦めてマルコムの手前、見栄を張ったという事にすれば傷も浅いのに、とは思うが……今更無理な話か。たとえ認めても不正が明るみに出れば、結局ただでは済まないのだから。


 しかし、侯爵領に戻る……ねえ。ノーマンは諦めるどころか、今から竜籠で取って返して証拠を隠滅するつもりなのだろう。例えば……そうだな。強引な手段としては小火を出して書類や帳簿が燃えてしまっただとか。

 穀倉の中身に関してはシルン男爵領かガートナー伯爵領辺りで買い付けて、体裁を整えるとか……。上手くやればできなくもないか?

 後は肝心の農地をどうするかという話になるが……。

 

「……いや、その心配には及ばんよ。査察団の案内はマルコムにさせればよかろう。自ら出向いて招待状を配って回るほどだ。侯爵家にとっては大事な宴席であろうし、何よりそちはタームウィルズに来たばかりではないか。そのような負担を強いては、余としても臣下の気持ちを慮れない王と諸侯に侮られよう。そちはゆっくりと親元で羽を伸ばしていくが良い」


 ノーマンの返し手から逆に推察すれば、この状態で査察に入られると証拠が残っているという事を意味しているわけで。そんなノーマンの内情を読み取って、メルヴィン王はさらに返し技を繰り出していく。


「マルコムもそれで良いな?」

「はっ。陛下の寛大にして細やかなお気遣い、きっと父も喜びましょう」


 水を向けられたマルコムは些か引き攣ったような笑みで答えた。

 気遣い、ね。確かにそうだ。この「気遣い」というのは表と裏の意味がある。表の意味としてはノーマンと侯爵の宴席の準備を無為にしないという意味。

 裏――本当の意味としてはマルコムへの気遣いだ。身内に不正を暴かせる事で彼の公平さを知らしめ、同時に功績も上げさせてしまおうという策である。


 ノーマンのタームウィルズからの出入りも封じられた。これでノーマンが領地に取って返すような行動を取ったら「国王陛下の気遣いを無にした」と言われるだろう。

 ……いや、さっきの言い回しでは「顔に泥を塗った」という事になるだろうか?


 さりげなく、査察団などと大人数である事を仄めかしているし……タームウィルズからマルコムが離れる事でノーマンから刺客を差し向けられるような事態を防げる。当然規模に応じた護衛もつけるだろう。マルコムと査察の身の安全もきっちり確保したというわけだ。


 ……そうだな。俺も俺で、餞別代わりに治癒と解毒の魔道具をセットでマルコムに贈る事にしようか。


「ではそのように致せ。さて……テオドール。報告があるのであったな?」

「はい。しかし、ここでは報告できませんので、場所を移したく存じます」


 俺に話を振ってきたので、ノーマンが何かこの場を乗り切る策を考え付く前に場を切り上げてしまう事にした。


「では迎賓館でゆっくりと話を進めようか。マルコムも仕事の申し送りなどの話があろう。細部を詰める故、付いてまいれ」

「はっ」


 2人と共に迎賓館へ向かいながら、肩越しに振り向く。

 後には呆然自失と立ちすくむノーマンと、所在無さげにおろおろとする彼の従者だけが残された。




「いや。お見事でした」

「そなたが言質を引き出してくれていたのでな。ああまで綺麗にお膳立てをされては期待に応えぬわけにはいくまいよ。お陰で手順が相当省略できた」

「それを言うならマルコム卿があの場にいたお陰でしょう。僕としては探りを入れるだけのつもりでしたので」


 迎賓館の一室に移動して善後策を練る。メルヴィン王とのやり取りを聞いたマルコムは、乾いた笑いを浮かべていた。


「さて。他に考えられる手は何があるかの」

「まず、役人の懐柔でしょうか」

「それはマルコムが陣頭指揮を執る以上は不可能な話よな」

「ですね。それから……さすがにあの有様では宴席で後継などと言い出せはしないでしょう。侯爵とノーマンは領地に書状を送ろうとするものと思われます。例えば腹心などに小火を出させるとか。肝心の農地は……そうですね。魔法で土をひっくり返して、見せかけだけは作れるかも知れません」


 土魔法や木魔法での農法は短期的には良いのだが、生半可な実力で下手に手を出すと畑の地力を無駄に消耗してしまったりする。なので長期的視野で見ると中々難しい所がある。

 その辺を計画性を持って行える魔術師を手元に抱えると、今度は人件費が跳ね上がる。なので資金に難のある侯爵家には難しいが……適当な魔法で良いのなら、土を掘り返して畑を偽装する事は可能かもしれない。


「ふむ。人の出入りは封じた。侯爵家には見張りを立てよう。竜籠を出して使いを向かわせようとするなら、それには適当な理由を付けて査察団に同行させるように手を打っておく。後は――侯爵家からの書状が、何かの手違いで遅れてしまうような事があれば、それで八方塞がりというわけだ」

「そうですね。差し止めは数日あれば充分かと」


 侯爵とノーマンの取れる手はこんなものだろう。


「では、査察団は迅速に手配する。マルコムよ。王城での仕事の引き継ぎなどはこちらで手を打つ故、気にする事はないが……これからが正念場である事は分かっておるな?」


 そう。一番大変なのはマルコムなのである。侯爵とノーマンの怠惰と不正のツケはマルコムの双肩に圧し掛かってくるのだから。


「はっ! 此度の陛下と大使殿からの御恩、この身命を賭けてお返し致します!」

 

 だがマルコムは腹を括ったのか、メルヴィン王の目を真っ向から見据えて答えた。侯爵とノーマンが好き勝手しているのを眺めているのと違って、自分で現状打破のために動けるなら、という部分はあるか。そういう気持ちはよく解る。前に進めているという実感があるだけでも全然違うだろうしな。


「寝食を共にする警護を付けよう。そちもタームウィルズにいる間と査察の報告を終えるまでの間、気を抜かず身辺に充分な注意を払うように」

「はっ」


 マルコムは臣下の礼を取って答える。


「テオドールよ。ガートナー伯爵の反応をどう見る?」

「父については……侯爵家との関係改善を望んでいるものと思います」


 俺が推測した形の話し方ではあるが、通信機で連絡を取っていた事をメルヴィン王は知っている。なのでこれは確定した話の報告に過ぎない。


「うむ……。では伯爵との面会の機会はこちらで設けよう」

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