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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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幕間5 魔人の城

 無尽蔵なほどに垂れ流され続ける瘴気の渦を前にして、とうとう破滅的な音色が響いた。
 巨木の幹に、大きく縦に裂け目が入って行く。それを――ヴァルロスは無感動に淡々と眺めていた。急速に霊樹園を満たしていた瘴気が収まって行く。ヴァルロス自身が放出を止めたからだ。

「ようやくか」

 霊樹園の封印の解除。その方法は栄養をたっぷりと与えて霊樹を肥え太らせ、残らず根腐れさせる事だ。瘴気を限界まで吸い上げた霊樹はその生涯の最後に実を付けて枯れ落ちる事となる。とは言え、契約通りの手順を踏まなければこの朽ちた霊樹達もたちまち再構築されてしまうことになるのだが。

 朽ちて実を付けた霊樹の幹の裂け目から覗く洞に身体を躍らせ、ややあってから戻ってきたヴァルロスのその手には、瘴気を放つ宝珠があった。
 そのまま長らく自分の持ち場であった霊樹園を一顧だにせず後にする。

 柱の立ち並ぶ回廊を歩く。そこは打ち捨てられたはずのベリオンドーラ王城であるが……しかし、再建が進んでいた。崩れた壁は積み直され、どこからか内装が運ばれてきている。
 ベリオンドーラ各所に配置された霊樹園から4つの宝珠を集める為に、拠点をここに移す必要があったのだ。

 魔人達はその姿と性質故に、人間の生活様式を好む者もいる。ガルディニスなどはその代表のような所がある。だからこう言った調度品を運び込んだのもガルディニスなのであろう。
 だがそれにしても些かやり過ぎのきらいがある、とヴァルロスは眉を顰めた。赤い絨毯を敷き、壁に絵画を飾り……在りし日のベリオンドーラ王城を再現するかのような有様であった。芸術だなんだと、人間達の模倣でもしていなければ退屈に殺されるとでも言わんばかりだ。

 廊下を歩き……大ホールに入るとそこには下級の魔人達が集まっていた。人垣の向こうから男の苦悶の絶叫が聞こえてくる。
 ……以前、ベリオンドーラに宝物を求めてやって来た盗掘者達がいたのだ。冒険者と自称していたが……冒険者の証明であるプレートを持っていなかったし、向こうから襲い掛かって来たという報告を受けている。実態としては盗賊団に近いのだろう。

 もっとも当人達の氏素性がどうであれ、魔人達がベリオンドーラを根城にしている所を見られては生かして帰すわけには行かない。
 とは言え、そこはそれ。他の生き物の感情を喰らって生きている魔人である。捕食対象は別に普通の動物でも良いのだが人間の負の感情は、別格だ。彼らにとって何物にも代え難い至福の味となる。

 故に――連中が根無し草であるのはなんとも好都合であった。それは彼らにとっての不幸で、魔人達にとっての幸運と言える。彼らがいなくなっても誰も気にも留めないのだから。だからこそ残らず生かして捕獲される事となったわけである。

 そうして、彼らは生け捕りにされ、晩餐代わりに饗されているわけである。
 人垣の向こうで何をしているのかは知らないが、いっそ殺してくれと懇願する絶叫と共に、ヴァルロスの空腹を満たすような感情が流れ込んでくる。
 男の願いは聞き届けられない。生かさず殺さず。いよいよ精神が壊れたら捨てて次に移るという寸法だ。
 それは乳牛や鶏を飼うが如く。魔人に捕まってしまえば、搾り取る事が出来なくなるまで魔人達へ食料と娯楽を提供し続ける運命となる。

「これはヴァルロス様。ヴァルロス様もお食事で?」
「いいや、ザラディを探している」

 ホールに入って来たヴァルロスに気付いた者達の反応は様々。畏まって恭順の意を示す者、好奇の目で見る者、遠巻きに無関心を装う者。ヴァルロスはそれらに一々頓着しない。
 ヴァルロスは計画の発起人であり、また優れた力を持っていた魔人であった為に仮初に頭目の座を預かっているだけだ。

 各地を巡ってゼヴィオンやルセリアージュのような強力な魔人に声をかけ集めはしたが、今ここに集まっている魔人達は、決してヴァルロスの計画に賛同した者達ばかりではない。
 他の強力な魔人に心酔していた者、野心を持って集まって来た者、甘い汁が吸えそうだからと身を寄せた者など……それぞれの思惑を持っている。そう言った集まりだからこそ、自然力を持つ者が上に立つ事になるのだ。

「ヴァルロス様」

 ヴァルロスが視線を巡らせていると、その探している相手、ヴァルロスの副官とも言うべき老人の姿をした魔人――ザラディの方から近付いてきた。手にしている宝珠を目に留めるとザラディは相好を崩す。

「おめでとうございます。とうとう、ですな」
「今更になってと言うべきだな。俺の立てた計画で、強力な魔人を3人も失った」
「はて? 3人……ですか?」

 怪訝そうな面持ちのザラディに、ヴァルロスは肩を竦める。

「リネットも含める。あれは貴重だった」
「そう、ですか……」

 些か気落ちしたような様子を見せるザラディに、ヴァルロスは言う。

「お前を責めているわけではない。タームウィルズにいなければ、研究が進まない事は分かっている」
「……いいえ、確かに仰る通りですな。あの者がいなければとっかかりも掴めませんでしたからのう」

 今、リネットの研究を引き継いでいるのはザラディだ。だが研究が今1つ進展しない。転界石が新たに補充出来ないという環境面の問題もあるが、やはりリネットという抜けた穴が大き過ぎるというのが厳然たる事実ではあった。

「――残りの瘴珠は?」

 瘴気を放つ魔人の宝珠……つまり瘴珠はルセリアージュが解放したものが1つ。ヴァルロスが解放したものが1つ。そして残るは2つだ。
 一方はガルディニスが、もう一方はミュストラが霊樹園を受け持っていたはずだ。

「ああ。私のはまだですよ」

 ヴァルロスの問いに答えたのはザラディではなかった。ヴァルロスは声の方向へと視線を巡らす。
 ホール2階のバルコニーから顔を覗かせている者がいた。笑みを浮かべる、青年の姿をした魔人……ミュストラだ。
 手摺から体を乗り出し、一回転してから降りてくる。

「……ミュストラ。貴様、真面目にやっているのだろうな?」
「それは勿論。ですがヴァルロス。貴方の新しい計画では、どうせ封印が全て解ける時期まで動けないのでは? それに間に合わせればいいのですから私1人が頑張った所で何の違いもありません。見た所、貴方もそれで力を殺がれているようですし」

 と、自分に出来得る限り早くの解放を目指したヴァルロスに向かって、ミュストラは糸のように細い目を向けて、肩を竦めて見せた。
 慇懃無礼な態度で人を小馬鹿にするように笑うミュストラに、心の内で小さく溜息を吐いて、ヴァルロスは言う。

「その通りだが、封印解放の時期に合せてタームウィルズ内部に瘴珠を持ち込む必要がある」
「その辺は問題ないでしょう。ガルディニス老が瘴珠を持ってタームウィルズに向かったのですし」
「何だと?」

 寝耳に水だった。霊樹からの封印解放を任されたガルディニスがベリオンドーラを後にしてタームウィルズに向かったという、その意味する所は1つしかない。ガルディニスは勝手に解放した瘴珠を持ち出したのだ。当然、境界都市潜入の為に必要となる貴重な触媒まで持ち出されたと言う事になる。
 ヴァルロスは不快さを露わにしてミュストラを睨み付ける。

「貴様……それを知っていて報告しなかったのか?」
「おやおや。てっきり貴方にも連絡しているものとばかり。あの人にも困ったものですねぇ」

 どこ吹く風と言った調子でミュストラは肩を竦める。

「きっとあの方は、貴方の座が欲しくて欲しくて仕方が無いのだと思いますよ」
「下らん。計画が成就すればそんなものに意味は無くなる。お山の大将を気取りたいならくれてやる」
「ははっ。貴方がそんな風に頓着しないからじゃないですか。彼は周囲に認められて上に座る事が大事だと思っている節がありますし、そんな彼を嫌う者も多い。ですから……計画の中で他者を上回るような功績が欲しいのでしょう」

 それで、ゼヴィオンにもルセリアージュにも成し遂げられなかった事を、というわけだ。ミュストラの真意は不明だが……ガルディニスの方は分かりやすい。ヴァルロスの進捗状況を見て合せるように動いたのだろう。

「欲をかき過ぎて自滅しなければいいがな」
「私も好き勝手に生きられればそれで良いので、ガルディニス老のお気持ちはちょっと分かりませんねぇ」

 ミュストラの言う好き勝手というのは、要するに無軌道な殺戮であるのだが。
 目の前のミュストラ然り……ゼヴィオンにしろガルディニスにしろ、強力な個体であればあるほど我が強い傾向がある。

「全く。どいつもこいつも楽しそうで結構な事だ」
「ああ、私は解放してもタームウィルズなんかに向かいませんから安心してください。たかが運び屋の仕事など、他に適役ぐらいいるでしょうし。貴方も計画の最終段階を上手く運ぶ為に、今は身体を休めておいたらいかがですか? 回復には時間がかかるでしょうし、今の有様では野心的な魔人に寝首を掻かれないとも限りませんよ?」
「出来ると思うのならやれば良い。生かしては帰さんがな」

 ヴァルロスが獰猛な笑みを見せて瘴気を立ち昇らせると、聞き耳を立ててそのやり取りを窺っていた何人かの魔人が、慌てて首を竦めて他の魔人の中に紛れていくのが見て取れた。その中にはガルディニスの腹心の顔もある。

「ははっ。ま、その分なら安心でしょう。なあに、きっと計画も上手く行きますよ」

 ミュストラはヴァルロスの様子に、全く誠意の篭らない調子で笑う。
 ヴァルロスはミュストラの態度が不快であったらしく、かぶりを振ると返答せずにホールを後にした。ザラディが後に続く。

「どうなさいますかのう? ガルディニスにも困った物です」

 ザラディが後を追いながら尋ねてくる。

「何も。ガルディニスは俺の命令など聞かぬだろう。瘴珠を持って行った以上は、最低限の仕事をする気はあるようだ。であるなら、奴が生きようが死のうが、そこはどうでもいい話だ。それよりも」
「ふむ」
「ガルディニスの腹心は残っている。ガルディニス自身も何やら不可解な動きをしていたようだし、本人が不在だからと言って油断するべきではないな。警戒はさせておけ」
「分かりました」

 ザラディはそこでいかにも魔人らしい好戦的な笑みを見せた。ヴァルロスは伝えるべき事は伝えたと、そのまま居室に向かう。廊下に残されたザラディは、伝えられた命令を遂行する為にベリオンドーラ王城の闇の奥へと足早に駆けて行くのであった。
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