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127 対なる宝珠

「失礼。マルコム卿。少々よろしいでしょうか」

「何でしょう?」

「いえ。少々お辛そうなので。陛下、魔法を使っても大丈夫でしょうか?」

「構わんよ」


 怪訝そうな面持ちのマルコムの背中側に回り込み背中から触れる。

 循環錬気を発動し、マルコムの胃の辺りの魔力の流れを整え……乱れが生じていた部分に、循環錬気を応用して直接治癒魔法を作用させていく。


「これは――」


 手早く循環錬気を終えてマルコムから離れる。驚いて振り返るマルコムの顔色は大分良くなっているように見えた。顔色も大分赤みが差している。


「どうでしょうか?」

「いや、驚きました……。何だか、軽くなったようです」


 胃の辺りを撫でさすりながら、マルコムが目を丸くしている。

 これからまた侯爵やノーマンと対峙しなければならないわけだし、それが解決しても領地経営が待っているわけで。色々な重責が彼の双肩にかかっている事を考えると、なんともな。


 暗号解読の結果によれば、これは母さんがやっていた治療法に近い形だ。もっとも、母さんの場合は循環錬気を使えないのでまた別の方法を使っていた。

 魔力をソナーのように体内に響かせて、その反射から患部を特定。そこに治療用の魔法を発動させるわけだ。このソナー方式はアシュレイにも身に着けてもらえればと思う。


 とは言え母さんの場合は、使っていた魔法……方式が一般のそれとは異なっている。


 母さんが治療の際に使っていたのは闇魔法第6階級レミニセンスと光魔法第8階級リコンストラクトという魔法である。

 レミニセンスは魔法をかけた対象物から様々な情報を読み取る魔法。所謂、サイコメトリーと呼ばれるものに近い。一方、リコンストラクトは様々な物体を素材と見立てて変形、再構築するという魔法だ。

 要するに……対象物の元々の形を読み取り、術式を連動させてリコンストラクトに反映させて、肉体を正常に構築という手順を取っていたようである。


 欠点としては――精密な魔力制御を行っているから自分自身に対しては使えない手段であった事か。リコンストラクトを自身に用いると魔力の流れを乱してしまうからだ。

 再生能力を向上させたり体力を増強させたりといった、一般的な治癒魔法とは少々発想が違う。どちらかと言うと魔法建築の概念に近い所があるな。

 クラウディアは治癒魔法で肉の器も作れると言っていたけれど……。彼女の念頭にある治癒魔法はどうもこの、リコンストラクト方式という気がしてならない。


「治癒魔法に適性が有り過ぎると自身の生命力も魔力として溶け出してしまう場合があると聞いた事があるが……そちは大丈夫なのか?」

「いえ。僕の治癒魔法なんて大したものではありませんので」


 メルヴィン王が言っているのは、アシュレイのそれである。魔力資質が治癒魔法に向き過ぎていると、そういう事が起こるわけだ。この辺は日々の鍛練による体力の増強や、魔力の制御能力の向上で緩和する事が可能であるが。


 つまり……治癒術士ではない母さんの体質については、また何か原因がありそうだ。魔力資質についての記述があったので、やはり魔力資質絡みの問題なのは間違いないようだが……。ともかくその原因を、普段は呪具を用いて封印する事で緩和していた部分があるようだし。

 まあ……母さんの事は追々だな。


「マルコム卿。胃の痛みは心理的な負担が原因になる事があるそうですよ」

「そうなのですか……」


 とは言ったものの、マルコム自身にはどうしようもない部分もある。それはマルコムも分かっているのか、伝えるとやや表情が曇った。


「……何か良い方法がないか、今度、伝手に聞いてみます」

「た、大使殿……。お心遣い感謝いたしますぞ」


 と、マルコムは感動したような面持ちを浮かべるのであった。




 メルヴィン王とマルコムの間での話は付いた。父さんには早速通信機で連絡を取ったし、侯爵の一件については遠からず決着がつくだろう。

 そちらはそれでいいとして……せっかく王城まで出てきたわけだし、北の塔――ローズマリーの所にも顔を出してみる事にした。浮石に乗って北の塔の頂上まで向かう。

 果たしてローズマリーは椅子に座って古文書と向かい合っていた。俺の姿を認めると、顔を上げて言う。


「来たわね。ロイの一件は父様から聞かせてもらったわ」

「前に話した時の約束通りになったかどうかは自信がないけれど」 


 ローズマリーの分まで殴る、というものだったか。


「充分よ。長らくわたくしが糸を引いたんじゃないかなんて噂されていたけれど……ま、溜飲は下がったわ」


 人の悪い笑みをローズマリーは浮かべる。

 もしかすると港での顛末も聞いたのかも知れないな。


「その後、何か変わった事は? 古文書の解読以外で」

「特にはないわね。暗殺者でも差し向けられたりすれば話題も提供できたのでしょうけど」

「……そんな物騒な話題はいらない。大体、陛下はここの警備をかなり厚くしているみたいだし」


 北の塔自体、侵入も難しいからな。


「……そう。お父様に礼を言うべきなのかしらねぇ」


 などと、冗談とも本気ともつかない態度でローズマリーは肩を竦めてみせた。


「一応、治癒や解毒用の魔道具ぐらいは準備してあるのかな?」

「そのぐらいの備えはさせてもらえているわ。魔道具の品質は大したものでもないけれど」

「なら、今度持ってくる」


 ローズマリーの基準で「大したものではない」だから、俺が持ってきたところでどう言われるか分かったものでもないが。


「期待しておくわ。こんな場所だけど、お茶ぐらい出るわよ?」

「……頂くよ」


 なるべくしれっとした顔で言ってやると、ローズマリーは羽扇で口元を隠して愉快そうに肩を震わせた。自分が前に魔法薬を盛った事を分かっていて、こういう話を振ってくるのだから、全く。


 応接用のテーブルに移動し、ローズマリーと差し向かいでソファに座ると、北の塔に詰めている使用人がティーポットとカップを運んでくる。


「では本題に入りましょうか。封印については……情報が隠蔽されているわね。伏せられているどころか、削られた記述も多くて、中々捗らないわ」

「封印の内容を事細かに記したら意味がないだろうしな。出したくないものは後世に伏せるようにするだろうし」


 俺が言うと、ローズマリーは気だるげに溜息を吐いた。


「ま、当然の話かしらね。ただいくつか分かった事もあるわ」

「というと?」

「4対の宝珠があるというのは前回言った通り。タームウィルズにある宝珠は精霊の力を集めて封印の扉を維持する為に作られている。対になる宝珠は――封印する対象物そのものを縛るための物のようだわ」


 要するに、二重の封印になっているわけか。扉と、その対象物と。

 精霊の力を集める宝珠と、瘴気を放つ宝珠か……。


「……宝珠の性質が逆だとしたら?」

「どういう意味かしら?」

「宝珠は対になるわけだし。例えば正の力を集める宝珠と、負の力を拡散させる宝珠という構図にして……魔法的に結びつける事で、よりその性質や封印を強固にするとか」

「……面白いわね。封印の宝珠を置いていった、というのを疑問に思っていたのよ。対にすれば互いが互いを魔法的に補強し合うのだから、片側だけではどうしようもない。魔人の手で破壊したくてもできなかったという事なら納得がいくわ」


 それに加え……最初から瘴気に晒される事を前提にした宝珠だ。瘴気に対しては高い耐性があるだろうし。

 だが、この宝珠を人間側にわざと渡した場合はどうなるのか。

 この場合、瘴気を放つ宝珠など不吉がられて破壊しようという流れになってもおかしくはない。実行できたなら……連中としては儲け物というところか。


「けれど、それが正しいとしたら魔人の運んできた宝珠は、いったいどこから瘴気を持ってきているのかという話になるわよ?」

「封印されている対象そのものからじゃないかな」


 月光神殿の中にある何かから、という事になるか。


「なら……強力な魔人という可能性があるわね」


 ローズマリーが瞑目して言う。

 BFOでは「月光神殿から持ち去られた」と言っていたか。魔人を何かの物品の形や、呪具などの内部に押し込めているという可能性は有り得る。


「他に、瘴気を出すような物に心当たりもないしな」

「……その仮説を前提に、古文書の解読を進めてみましょうか。案外、色々な事が符合して進展するかもしれないし」

「ああ。それから……迷宮とは関係ないんだけど、1つ聞きたい事があるんだ」

「何かしら?」

「よく効く胃薬に心当たりはないかな?」


 俺の言葉に、ローズマリーは怪訝そうな面持ちで目を瞬かせた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] そういやあの魔人が持ってきた宝珠って何の宝珠だったんだ…? [一言] 今くらいの関係が1番輝いているローズマリー博士w
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