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126 苦労人マルコム

「マルコム卿、顔を上げていただきたい。貴方に責任があるとは思っていません」


 マルコムはしばらくのあいだ頭を下げていたが、やがて躊躇いがちに顔を上げた。


「余もだ。そちに責を求めたりはせんよ」

「は……はっ」


 恐縮しきりのマルコムと、苦笑するメルヴィン王という構図。

 ……マルコムとしては侯爵が俺にした事は聞かされて知ったのだろうが……俺と接点があったわけではない。偽情報を流している関係もあり、あまり俺の人となりについて耳にする機会もなかったはずだ。

 俺は別に立場を利用してどうこうしようと言うつもりはないのだが……それは俺の方から見た話であるし。


 よく知らない上の立場の人間に家族が無礼を働いた、などと聞かされたら、どういう風に累が及ぶか不安になる所はあるだろうな。ましてやそれが魔人殺しだとか王の直臣だとなったら、こういう反応も分からなくもない。


「僕としてはどちらかと言うと……何となくお気持ちが分かると言いますか」


 と冗談交じりに右手を出すと、マルコムも小さく苦笑し、目を伏せて頭を下げながら俺の右手を両手で握ってきた。

 それにしても。メルヴィン王はマルコムに謝罪させるのが目的で俺に引き合わせたというわけではなさそうだけれど。


「侯爵の家についての話をしようか」


 メルヴィン王が言うと、使用人が俺の分の茶を運んでくる。

 椅子に腰かけて話を聞くことにした。


「テオドール。そちはマルコムらの事はどこまで知っておる?」

「あまり詳しくはありません。ご兄弟と侯爵の関係ぐらいでしょうか?」

「うむ。マルコムはな、かなり前に侯爵と領地経営の方針で意見をして仲違いをしておるのだ」

「いえ……領地経営だけではありません。父の浪費癖についてもです。何度も口論になりました」


 申し訳なさそうにマルコムは言う。


「うむ。それで、結局マルコムは中央に残され、次男のノーマンが侯爵の方針に従い、領地経営の陣頭指揮を執っておるわけだ」

「実務経験を積ませている……という事でしょうかね」

「余はそう見ておるよ」


 実際の理由は……凋落させた責を、不仲の後嗣に問われると引退後の立場が悪くなるからというものになるのだろうが。特に落ち度のないマルコムを差し置き、次男のノーマンに後を継がせるとなれば、それなりに世間に向けた理由が必要となる。

 例えば……長男は領地経営について実務経験を積んでいないから、だとか。


「以前侯爵には領地経営の今後について、方針を段階的に変えていくようにと余の口より告げておるのだが……その時には既にマルコムは中央に留め置かれていたのであったか?」

「……はい」


 内情を知るマルコムの方がメルヴィン王より先に、というのは自然な流れではあるか。領地経営の行き詰まりを見越して、先んじて侯爵に具申していたわけだ。


「その時からは充分な時を与えたはずだが……実情はどうなのか。マルコムよ」

「……関わらせてはもらえませんので。最後に知った時点では農地開拓に手は付けましたが収穫が上がらず……中央での生活を維持するために、鉱山の収入に頼っては浪費していたという状況でした」


 その最後に見た時から、そんなに状況は改善されていないだろう。俺に借金を求めてきたのが何よりの証拠という所だ。

 中央での浪費を無くして農地開拓のための資金を領地側に流し込めば、現在の状況も大分違っていたのかも知れない。或いは侯爵自身が中央で遊び呆けていないで、領地に戻って自ら采配を振るうだとか。


 或いは、農地開発については父さんに協力を求めるという手だって侯爵にはあったはずなのだが……。結局侯爵は下の位の貴族に頭を下げる事を良しとしなかった、というところだろう。

 それどころか、父さんに代替わりしてから伯爵領に影響力があれば都合が良いと、キャスリンを通して内政干渉を狙う始末だ。


「さて。余が、そちをマルコムに引き合わせた理由であるが……」

「はい」


 メルヴィン王は俺に向き直り、言う。


「そちが今日感じた事をヘンリー伯爵に伝えてもらえればそれだけで良いと思っておるのだが、どうであろうか。そのためには……そちにマルコムを紹介し、納得をしてもらわねば筋が通らぬであろう」

「……分かりました。父には連絡を取っておきます」


 俺が答えると、マルコムは再び深々と頭を下げた。……何だか非常に疲れたような様子が見て取れるし、あまり他人事に思えない部分もあるな。

 呼ばれた理由にも納得がいった。俺から父さんに今日の事を話してほしいというのは、今後を見越しての事だろう。

 メルヴィン王としては侯爵がノーマンに家督を継がせるなどと言い出したら、今日までの侯爵とノーマンの失態を理由に、マルコムを後継として後押しするつもりなのだろう。


 マルコムが後を継いでから父さんとの関係が改善されれば、農地経営について技術指導などの協力が得られる。そうすれば侯爵家の領地経営も軌道に乗りやすくなるだろうし。


「そういえば、侯爵家の竜籠が領地との行き来をしていると話を聞きましたが」

「うむ。ノーマンが竜籠でタームウィルズに入ったという報告を受けておるよ」


 竜籠によるタームウィルズへの出入りは、チェックされて記帳する事になっている。

 はてさて。何のために呼んだのやら。

 ノーマンを呼んで今の状況を事細かに報告させるためだとか……色々と考えられるが、どうも俺は侯爵とは発想が根本的に合わない気がするんだよなぁ。


「……金策かも知れませんな」


 マルコムが言う。


「しかし、どうやって? そんな金があれば、最初から僕などに話を持ちかけず、領地から運ばせているでしょう?」


 無かったはずの金を、どこからか工面する。それをわざわざノーマンが運んできた、となると……。


「……侯爵の指示による領民からの臨時的な徴発。ノーマンが今までの税収報告を誤魔化していた、というのも考えられるか」


 メルヴィン王が頭痛を堪えるような表情を浮かべ、テーブルに肘をついてこめかみの辺りを押さえる。メルヴィン王の言葉にマルコムが目を見開いた。

 臨時的な徴発。確かに、領主なら必要に応じてそれができるが。

 徴発など領民を餓えさせるだけで良い事など何もない。感情論や倫理面を抜きにした話をしても、生産力を落とすし、治安も悪くなるしで、実利の面から見てもロクな結果にならない。その場凌ぎ以下だ。


「も、もし徴発であれば大変な話ではありませんか? 今すぐ領地の様子を確認するべきでは?」


 ああ、マルコムは通信機の事を知らないから、早めに手を打つべきだと思っているわけか。実に真っ当な感性で、安心する。


「可能な限り迅速に手配はしておこう」

「どうかお願い致します……」


 メルヴィン王が一瞬俺に視線を送ってきたので目だけで頷いて返す。対策としては通信機で父さんに連絡を取るのが最速だろうからな。

 父さんは冒険者ギルドの支部を通して侯爵領の様子を報告してもらえるように依頼を出している。となればかなり侯爵領の隅々まで把握しているはずだ。臨時的な徴発は父さんが想定していた事であるし、伯爵領には食料の備蓄もある。


 だが徴発などしたとなると理由を後から追及される事になる。侯爵の指示でそれをやったというのは、どうもな。

 大事にせずに秘密裡に済ませたかったから、俺に対して内々に借金などという話を持ちかけてきたのだし、俺としては税を誤魔化していた、という方が可能性が高い、と思う。


「侯爵家が急場を凌ぎ、領地の様子が普段通りであるなら……」


 俺が尋ねるとメルヴィン王は静かに頷いて、言った。


「その場合は、役人の手で監査を入れる必要があろう」


 俺に借金話を持ちかけるほどだったのにノーマンが後から金を持ってきたというのは、ノーマンがぎりぎりまで侯爵に金を出し渋っていたという事だ。

 つまり、侯爵もノーマンに余裕があるのを知らなかったというのが考えられる。その場合はノーマンが帳簿の操作をやらかしていて、自分の自由になる金を作っていたなんてことが想定されるだろう。

 この場合、ノーマンとしても侯爵から出所を追及される可能性があるから、可能な限り出したくなかった金、という事になるのだろうが。


「侯爵家が目先の問題を解決した場合は、すぐに分かりますぞ」


 マルコムが胃の辺りを押さえて渋面を浮かべながら言う。


「ほう?」

「喉元を過ぎれば……いえ、危機から脱したら、連中は気を抜いて晩餐会なり舞踏会なりを始めるでしょうからな」


 マルコムの見立ては――多分合っているのだろう。俺より余程侯爵やノーマンの人となりを知っているだろうから。

 だが思わずメルヴィン王と顔を見合わせてしまう。どうにもこうにも、マルコムへの同情を禁じ得ない所があった。

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