番外566 デメトリオ王との再会
夜は宴会なので、昼食は船の中で王都到着前に軽く済ませて、それまでを繋ぐ。手軽に食べられて腹持ちも程々なものが望ましい、という事で選んだ昼食はおにぎりだ。
アイスゴーレムが握ったものだ。塩おにぎり、焼きおにぎりといったシンプルな定番に加えて、今回はツナマヨも用意し、更にネギと豆腐の味噌汁を一杯といった具合だ。
「んっ……。これは良いもの」
というのがツナマヨのおにぎりを食べた時のシーラの感想だ。おにぎりを手にしたまま、何やら空を見上げるようにしてそう言っていた。
作るのは初めてだが、グレイスも「参考にします」と笑顔になっていたり、マルレーンとアシュレイもツナマヨ入りのおにぎりを食べて表情を明るくして顔を見合わせたりしていたから、みんなにも中々ウケが良かったようだ。
そうして和やかな雰囲気の中で昼食を済ませ、談笑しながら食後の時間を過ごしているとグロウフォニカの王都が見えてくる。
『転移門設備の用地確保は済んでいるし、将兵達に通達も済ませてある。公館にシリウス号を停泊させたら、すぐに遣いの者を送ろう』
と、デメトリオ王が水晶板モニターを通して連絡を入れてくれた。
「ありがとうございます。こちらからは既に王都が見えております」
『うむ。では後程』
「はい。後程お会いしましょう」
まずは転移門設備を造り、皆がタームウィルズ経由でグロウフォニカ王都に来られるように環境整備をしなければならない。これはグロウフォニカ王国の武官達を旧フォルガロ首都に送るという意味合いもあったりするので、今後の西方海洋諸国の安定にとっても重要だ。
王都に近付くと監視塔の兵士がこちらに向かって旗を振っているのが見えた。シリウス号の速度を落として近付き、甲板に移動して挨拶に行く。
「これは境界公……! お戻りになるのをお待ちしておりました!」
と、顔を合わせると折り目正しく敬礼してくる監視塔の兵士達である。旗を振って合図をしてきた兵士だけでなく、監視塔に詰めている兵士達総出で挨拶に出てきてくれたようだ。グロウフォニカ王国の武官からの好印象は変わらずのようであるが。
「ありがとうございます。無事に戻ってきたところに、こうして温かく迎えて頂いて、僕としても嬉しいですよ」
そう答えて笑みを向けると、兵士達も嬉しそうに笑みを浮かべる。
通達が行っているとの言葉通り、兵士は「公館にシリウス号を停泊して頂ければ、すぐに王城から馬車が向かう手筈になっております」と、先程デメトリオ王との通信で確認した事項を再度教えてくれた。改めて礼を言って、シリウス号をゆっくりとした速度でヴェルドガル公館に向かって飛行させていく。
街の様子は――こちらに向かって大きく手を振る人達が目立つ。着飾った人も多く、人通りも多い。街を巡回している武官達も礼装を纏っていて。足を止めて船に向かって敬礼をしてきてと……グロウフォニカの王都は賑やか且つ、華やかな印象だった。
俺達が戻るのに合わせて宴会。街にも酒を振る舞うとデメトリオ王は言っていたから、民間にもある程度の情報が伝わっているのだろう。
公館にシリウス号を停泊させる。タラップから降りると、公館の使用人達が笑顔で出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ……! 我ら一同、皆様のお帰りと訪問をお待ちしておりました!」
「ああ。ただいま、みんな。無事に戻ってきたよ」
一番使用人達と接点の多いヘルフリート王子が嬉しそうに答えると、年嵩の使用人はうんうんと少し目尻に涙を溜めながらも嬉しそうに頷いていた。ヘルフリート王子とは……孫を心配する祖父、ぐらいの親しみのある関係性なのかも知れないな。
中庭で再会を喜んでいると、案内役を乗せた馬車が公館にやってくる。
と、そこから降りてきたのはデメトリオ王本人であった。案内役と言っていたが、本人がやってきたらしい。俺達の反応に、悪戯が成功した、というようににやりと笑うデメトリオ王である。王城で保護していた深みの魚人族二人も一緒のようだ。
「おお。皆無事なようだな。顔を見て安心したぞ」
「これは――デメトリオ陛下」
「ご無沙汰しております、デメトリオ王」
「久しぶりですな。コンスタンザ女王」
俺とコンスタンザ女王が挨拶をすると、デメトリオ王は笑顔で応じる。
「段取り上必要な事とは言え、到着早々魔法建築で動いてもらう事になるのではな。直接出迎えでもしない限り、後方にいた身としては忍びなくてな」
「それは……お気遣いありがとうございます。デメトリオ陛下が色々と支援して下さったので僕達としても動きやすかったですよ」
「それは何よりだ」
俺が答えると、デメトリオ王は穏やかに目を細める。
デメトリオ王は前線に出られなかった事を残念に思っているようだが……同盟とガステルム王国との橋渡し役としてコンスタンザ女王に書状を送ってくれたり、西方海洋諸国に根回しをしたり、フォルガロの出先機関に情報が渡らないよう押さえてくれたり……と、色々後方支援で動いてくれたのだ。忍びないと言っているがこちらとしては不満などない。
そうして、デメトリオ王はバルフォア侯爵に視線を向けた。
「侯爵もよくぞ一部始終を見届けてくれた。今後、諸国に事情を説明する際に侯爵にも苦労をかけることになるが」
「いえ。有り難きお言葉に御座います。海洋諸国の安寧に繋がるのであれば、苦労などとは思いません」
バルフォア侯爵が優雅に一礼して答えた。
バルフォア侯爵は今回の旅にずっと同行していたからな。フォルガロの一件での証人というわけだ。国内外の関係者への説明や説得の折にはバルフォア侯爵の出番となるのだろう。
そんなこんなでデメトリオ王との再会の挨拶や顔合わせを済ませて、魔法建築や魚人族の再会前に最後の二人の隷属魔法と隷属魔法の動きを阻害していた呪法も同時に解除してしまう。
「おお……」
「これは――」
最後の二人の魚人族は隷属魔法が消えた事に感動の声を上げ、それから俺達と一緒にやってきたブロウスとオルシーヴ。ガステルム王国で合流した四人の魚人達と共に俺に頭を下げて礼を言ったり、肩を叩き合って喜んだりしていた。
「全員無事に解放できて何よりです。では、皆さんが集落の皆と合流できるよう魔法建築を進めていきましょうか」
というわけで、建築現場に直接シリウス号で移動する事となった。コンスタンザ女王も魔法建築を見たいという事なので、そのままシリウス号に乗り込む。
そうしてデメトリオ王の案内してくれた建築予定現場は――街の中心から少し外れた場所にある空き地だった。
「少し前までは市場であったのだが、港を拡張した関係で利便性がやや悪くなってしまったのだな。もう少し利便性が良い場所に市場を移転し、空いた土地を何に使うかは保留中ではあったのだが……此度の事は丁度良い。古くからの住民が慣れ親しんだ場所に転移門を備えた迎賓館というのも面白かろう」
との事である。現場は綺麗に整備された空き地で広々としているし、これならすぐに魔法建築に移れるだろう。
さて。フォルガロから回収してきた建材、資材はここで余すところなく使ってしまおう。
迎賓館の役割を果たせるようにというのと、周りの建築様式や街並みに調和させるという基本方針は同じだ。結果、伝統的な建築様式の屋敷となるわけだ。
ゴーレムを使った土地の地下設備、土台固めから始まり、屋敷の外観や壁、床をまず構築していく。街の住民からも注目を集めているが、内部の具体的な間取り等は分からないようにしているわけである。
ゴーレムが変形して土台になり、運搬ゴーレムが次々建材を運んでくる。そうして建物を下から順に構築していく。光の球体に吸い込まれるように溶けた建材が屋敷の一部となって直接構築されていくような光景。それらの一つ一つに見物人から歓声と拍手が巻き起こった。
うむ……。ここのところ魔法建築続きであったので俺も大分慣れてきた気がするな。
外観が完成したら各種設備を整え、魔石や魔道具を敷設、結界を構築したりしていく。
転移門の意匠については――西方海洋諸国の盟主という事で、立派な船とその甲板から笑顔で敬礼する将兵達。同じく大きな観光船の甲板からにこやかに挨拶を返す陸の民達と海の民達、というデザインだ。
グロウフォニカ王国が西方海洋諸国の盟主として海の平穏を守っている、というイメージだな。造船技術の高さもグロウフォニカの特色であるし、その辺の意味合いも込めてみた。
「これは――将兵達の士気も上がろうというものだな。テオドール公が作ったとなれば尚更だ」
デメトリオ王は門の意匠を見ると笑顔になる。グロウフォニカ王国の転移門に関しては……ここから旧フォルガロの首都へと飛ぶ将兵も多いだろうからな。こうした意匠を目にして士気が上がってくれるなら、俺としても嬉しい。
ともあれ、これで転移門を起動させてタームウィルズ側の意匠も合わせれば一先ず完成だ。タームウィルズ経由でみんな集まって宴会を始められるようになるだろう。