番外565 ネレイドの里の貝屋敷
というわけで魔法建築だ。デザインとしては巻貝ではなく、大きな二枚貝をドームのように配置する事にした。周囲の風景に調和する上に多様性も出せるし、形状的にも元々が野生にある生物を参考にしているだけに、理に適っていて割と強固だ。
後は……内部を貝殻風にしながら建物としての体裁を整えていく、という事になる。まずは土台部分からだな。
「起きろ」
と、土をゴーレムにして地下と土台を造って構造強化していくのは陸上と同様だ。
ただ、ネレイド族とパラソルオクト達が殆ど総出なのではないかという感じで魔法建築の様子を見ているのは……流石に少しばかりやりにくさを感じなくもない。
パラソルオクトを頭の上に乗せたネレイドの子が、期待感の篭った眼差しでこちらを見ていたりして、ゴーレム達を動かしたり変形させたりすると「おー」と歓声を上げたりしていた。
ゴーレム達にお辞儀をさせたり手を振らせたりしつつも、なるべく平常心を心がけて作業を進める。
「魔石の粉はこの溝を埋めるように撒いていけばいいのね?」
と、イルムヒルトが模型を見ながら首を傾げる。
「うん。実際の溝と模型の溝を照らし合わせながら撒いてもらえばいいよ」
建物周辺に水魔法による水圧対策を施して外殻の耐久性を確保しやすくする、というわけだ。他にもネレイド族の術式を結界のように組み込んで内部からの水抜きをできるようにしてある。何重かの結界が張り巡らされるような形だな。
そうやってみんなで手分けして魔石の粉を撒いたら、魔力を流して魔法陣が途切れていないかを確認しておく。
さて。地下部分と土台を造って結界の下準備も済ませたら、次は貝の外殻だろうか。
内部の間取りは既に決まっているからな。外殻部分を造ってから内部を仕上げていけば良い。
ネレイド族は全員で秘密を共有している種族なので、転移施設の内部構造は見せておいても問題はないが、秘匿性の高い施設なので念のために外殻から構築していくわけだ。
ネレイド族の里に設置する転移門の使用に関しては……他よりも契約魔法による制限が厳しくなりそうだ。ネレイド族から許可を得ないとタームウィルズ側からは訪問できない、というような。
既にネレイド族の秘密を知っている俺達に関しては、モルガンは「いつでもどうぞ」と例外的な扱いをしてくれるようではあるが。
運搬ゴーレムが運んできた建材を光球に溶かして、巨大な貝殻のドームを構築していく。表面の質感を貝殻っぽく再現しながらの魔法建築だ。貝の主成分は炭酸カルシウムが殆どで、石灰岩や大理石に近いものだ。
貝殻の内側にある独特の光沢についても同様だ。あれは構造色なので壁、床、天井表面の成分や構造を土魔法で上手く処理をしてやれば通常の建材からでもそれらしく再現できる。本物の貝は全く使っていないが、まあ……食品サンプルのようなものだろうか。
客室に該当する部分には船の窓のような円型の窓を作っていく。ここはガラス質で透明に仕上げているだけで、開閉はしない。窓枠も窓も外殻に溶接されたような感じで一体となった作りだが、外から見ると貝殻の家、といった雰囲気である。
そうして貝殻の外殻を仕上げつつ構造強化できっちりと強度を確保。後でグランティオス産の塗料を外殻に塗付してやれば完成だ。塗料については藻の付着や経年劣化を防ぐ目的なので後からゆっくりとでも構わないが。
外殻が完成すると、ネレイド達とパラソルオクト達が拍手をしてくれた。「ありがとう」と手を振りつつ、続いて内部の構築に移る。
表面を貝のように処理しながら転移門の間、客室、会議室、食堂、厨房、風呂、トイレと、諸々造っていくわけだ。
所々に紋様魔法を刻んで内部の空気を持続的に浄化できるようにしておく。この紋様魔法は鉱山のような場所で用いられる、中々信頼性の高い術式だ。
ネレイド族の術式も起動して内部から水抜き。この時点で外側の水圧対策の結界も同時に起動させていく。
「まずは外側の結界ね」
と、クラウディアがマジックサークルを展開。結界が起動する。
「どうかな?」
「んー。かなり安全にできてると思うよ」
意見を聞くとセラフィナがにっこりと笑う。うむ。セラフィナのお墨付きがあれば俺としても安心だ。安全性も確認できたところで建物内に光源を配置していく。
「コルリス、よろしくね」
ステファニアの言葉にこくんと頷いたコルリスが、手頃な大きさの水晶を生成してくれる。コルリスの生成してくれた水晶でシャンデリアやルームライトといった光源を配置してやると……貝殻風の光沢と相まって中々に幻想的な仕上がりになった。
「ふふ、きらきらして綺麗ですね」
と、それを見たグレイスが言うとマルレーンがにこにことしながら頷く。
ティールも興味深そうに貝殻の光沢を放つ柱をフリッパーで軽くペシペシと音を立てて叩いたり撫でたりしていた。
「……んー。水中建築も面白いな。地上とは気を付けるべき事が違う点が多いっていうか」
地上の建築と違って機会そのものが少ないから、今回の事は貴重な経験になるな。
転移門の意匠は――やはりサンダリオとドルシア、それからサンダリオと共に戦った魚人達という意匠だ。寄り添い優しげに微笑むサンダリオとドルシア。得物を肩に担いで、にやっと笑う魚人達。背景はサンダリオ達が晩年を過ごした島の小屋や果樹園をモチーフにしてみた。
「お父さんとお母さんね……。ふふ、素敵だわ」
「サンダリオ卿と共に戦った我らの祖先か。……うむ」
アストレア達とブロウス達は転移門の意匠を見て、そういって頷き合っていた。気に入ってもらえたなら俺としても嬉しいのだが。
そうして転移門の使用条件を契約魔法で細かく設定し、起動テストも終わらせる。タームウィルズ側の意匠も合わせれば一先ず出来上がりだ。家財道具は他の転移施設同様、追々揃えていけばいいだろう。
転移用の施設が出来上がれば、再びグロウフォニカの王都へ向けて移動開始だ。
同行してくれていた族長のモルガンやドルシアの娘達は、一旦里に留まる。カティアとソロンのみがこのまま同行し、後で転移門にてグロウフォニカ王国で合流しよう、という事になった。
里に繋がる洞窟を出て、ネレイド族とパラソルオクトの皆が見送りに来てくれる。
「里からあまり出ない私達ですが……此度の旅は――色々な事を考えさせられましたし、皆さんと一緒に過ごす時間は楽しかったですよ。それから……約束を守って下さったテオドール様には、一族を代表して深く感謝を示したく思います」
モルガンが丁寧に頭を下げると、他のネレイド達やパラソルオクト達もお辞儀してくる。
「こちらこそ。里の皆さんと知り合えた事や、温かく迎えて貰えた事、共に肩を並べて戦えた事……嬉しく思います。旅の道中も賑やかで楽しかったですよ」
「そうであったのなら、私達としても嬉しいです」
と、モルガンは笑みを浮かべる。それから、ヘルフリート王子とカティアに視線を向けた。
「ヘルフリート殿下。カティアの事をお願いしますね。勿論、お父君とのお話が上手く行くよう、私も協力は惜しみませんよ」
「ありがとうございます」
ヘルフリート王子は真剣な面持ちで頷く。そんなヘルフリート王子の反応にモルガンは満足そうに微笑むと、再び俺の方に視線を移した。
「それでは、また後程、グロウフォニカ王国の王都でお会いしましょう」
「はい。また後程、王都で」
そうしてシリウス号に乗り込み点呼を取る。大きく手を振るネレイド達とパラソルオクト達に見送られるようにして、俺達はグロウフォニカ王国の王都に向けて出発するのであった。




