番外564 墓所と祖霊と
やがて――海の森が見えてくる。ネレイド族とパラソルオクト達が住む、巨大な海藻の群生地だ。
ゆっくりとシリウス号が海中に入っていく。
「上から見ると内部の様子が分かりませんでしたが……こんなにたくさんの生き物が集まっているのですね」
「大きな生き物から隠れるのに丁度良いみたいね。面白い場所だわ」
海の森を初めて見るコンスタンザ女王やキュテリアは、外部モニターに目を奪われている様子であった。一見大きな海藻がやや不気味に見えるかも知れないが、内側を覗いてみれば、生態系が豊富で中々賑やかな場所なのだ。
木魔法のフィールドによって、シリウス号が進むとそれに合わせるようにゆっくりと道を開けていく海藻達。そうして海の森を進み、やがてネレイド族の里の入り口に到着する。
「シリウス号で進めるのはここまでです。里の中に向かうにはどうしても長時間船を離れて海の中に出る事になります。溺れたりする危険がないように幾つか対策を取っていますが……どうなさいますか?」
「是非ご一緒させて下さい。境界公が対策を取られたというのであれば、きっと安全性の高いものだと思いますし」
コンスタンザ女王は迷うことなく微笑んで即答した。何だか、コンスタンザ女王からは随分買われている気がするが。
「最初に魔法をかけて、その後は眠ったり意識を失ったりしても大丈夫なように、魔道具で維持をするのです」
「泡の中に入るか、水の中でも呼吸ができる術を使うか、かしらね」
エレナが言うとイルムヒルトも補足をしてくれる。そうだな。水中で活動するにあたってはどちらかの術を使えば良い。水中呼吸の術は結構研究が進んでいて……淡水でも海水でも問題無く、コストパフォーマンスが良い。持続時間も長いのでこうした拠点に入る時には便利だ。
泡の中に入る術……バブルシールドは、水の抵抗を受けずに武器を振ったりできるので、水中戦闘を想定している時などに、重武装であったりすると十全に効果を発揮する。こちらは第4階級の水、風複合術なのでコストパフォーマンスという面では水中呼吸の術には劣る。
コンスタンザ女王としては魚人族やネレイドの里を訪問するという事で、最初から海水で濡れても大丈夫なように準備してきたとの事で。水中呼吸の術で問題ない、との事だ。
というわけで、みんな水中呼吸の魔法と魔道具を使ってシリウス号から離れ、海の中へと出る。船の留守はアルファとティアーズ達に任せる。建材、資材を運び出せるようにメダルゴーレム達にも準備をしてもらっておこう。
洞窟を抜けてネレイドの里に入ると、留守を預かっていたネレイド達とパラソルオクト達が出迎えてくれた。
「おかえりなさい!」
「おかえり!」
「無事で良かった……!」
「はい。ただ今戻りましたよ」
と、モルガンがにっこりと笑みを浮かべて答える。
「ああ……これは……。予想していたけれど楽しい場所だわ」
カラフルなパラソルオクト達に囲まれて、キュテリアも頬が緩んでいた。
パラソルオクト達もスキュラには親近感が湧くのか、丁寧に自己紹介を交わしたり、キュテリアの掌や肩に乗ったりと、中々お互いの第一印象は良好なようだ。当然、パラソルオクトと元々仲の良いネレイド達にもキュテリアは好印象なようで、にこやかに挨拶をしていた。
コンスタンザ女王もパラソルオクトや巻貝の家に驚きながらも楽しそうな様子だ。
「まずは――お墓参りでしょうか」
そんな光景を微笑ましそうに眺めながらグレイスが言う。そうだな。サンダリオとドルシアに今回の一件を伝えておかないとな。
「そうね。瞳の一件が解決した事を報告してこないといけないわ」
ローズマリーが静かに頷く。ローズマリーとしても……サンダリオは先祖というか、外戚に当たる人物だからな。色々と思うところがあるのだろう。
ブロウス、オルシーヴを始めとした深みの魚人族達も真剣な表情で頷いていた。ブロウスとオルシーヴとしては――ステルス船の仲間達を安心させるという目的の他に、サンダリオへの報告の為に同行したところもあるのかも知れないな。
というわけで……まずはみんなで連れ立ってネレイドの里の奥にある墓所へと向かう。祖霊を祀る神殿は相変わらず静謐な雰囲気で、この場所に来ると身が引き締まるような気がする。神殿の奥――祭壇の上に並べられた棺はサンダリオとドルシアのものだ。
「ただいま、お父さん、お母さん」
「みんなで無事に帰ってきたよ……!」
と、ドルシアの娘達が祈りの仕草を見せる。
俺達も……前に来た時と同じように祈りを捧げる。フォルガロに向かってからの出来事を一つ一つ思い浮かべて、それを報告の代わりとする。
深みの魚人族の集落で彼らを解放した事。フォルガロの首都に向かい更に魚人族と大使を救出した事。それから迎撃の為に氷の要塞を造り――みんなでアダルベルトを迎撃した事。
そして――魔法生物の反乱。テンペスタス達との戦い。鎮魂の祈りと、最後に見たテンペスタス。作り出された魔石。首都での戦いの後始末。それから、海洋諸国の今後と瞳の処遇に関しての見通し。
見てきた物。感じた事。諸々を祈りの中に込めて思い描けば、祭壇の向こうにある水晶の柱がぼんやりと光を纏い……輝きが穏やかに広がって、上から雪のように光の粒が降ってくる。
温かい気配。目を閉じれば目蓋の裏にイメージが浮かぶ。サンダリオに寄り添うドルシア。そしてその背後で優しく微笑む沢山のネレイド達。
サンダリオは「ありがとう」と口を動かしたようだった。ドルシアと共に一礼して。そうしてゆっくりとそのイメージが薄れていく。
目を開くと、ぼんやりと光っていた水晶の柱の反応も段々と収まっていくようだった。後にはただ、静謐な空気が残るだけだ。
「お父さん、お母さん、頑張れって言っていたわ」
ドルシアの娘――長女のアストレアが遠くを見るようにして言う。
「私も、母の姿を……見ました。祖霊として見守ってくれているのだな、と」
「お祖母ちゃん……」
モルガンも目を細めて呟き、カティアも目を閉じていた。そういう反応は……俺も、母さんの墓参りに行った時の事を思い出すな。
グレイスやアシュレイ達もそれは同じなのだろう。暫く目を閉じて……黙祷するような、或いは余韻に浸るような間があったが、やがてモルガンは気を取り直すように明るい声で言う。
「さて……。祖霊も見守っていてくれるのですから、私達がしんみりとしてばかりというわけにも参りませんね。この後は……魔法建築でしょうか?」
「そうですね。建築予定現場に案内して頂ければ、早速作業に移りたいと思います」
モルガンの言葉に小さく笑って答えると、モルガンも俺に応じるように穏やかな表情で頷くのであった。
ネレイドの里の中心部にある集会所から、少し里の外れへと移動したところが建築予定現場である。モルガン達と事前に話をしていた通り、実際に見てみれば予想以上に広々としているので、制限なく色々と作れそうではあるかな。
と、そこに水中用に調整した運搬用ゴーレム達が次々と建材や資材を運んでくる。
建材や資材を載せる台座に足ヒレ付の足が4本ほど生えたような……ややシュールなデザインだが、レビテーションも併用しているので安定性は高い。
建築現場に諸々を降ろすと、すぐにシリウス号に戻っていく。シリウス号側にいるカドケウスの指示に従って、往復して色々と運んで来てくれるだろう。
さてさて……。では、魔法建築に移るとするか。