118 海底洞窟での戦い
魔光水脈の水没している通路をメインに探索していると、次第に深みへ深みへと導かれているのが解る。
普通の探索では……少々のリスクはあるが水没している部分を少し泳いで、通路の向こう側を見てみようなどという具合なのだが、水中メインだと段々と通常の通路の方が少なくなってきて、完全に水中にいる時間の方が長くなってくる。
深く進むにつれて、岩肌から生えている光る結晶そのものの光量が落ちてきている。その代わりとでもいうように、光を放つクラゲやアンコウといった、積極的にはこちらを襲ってこない魔物が時折巡回して来て洞窟を青白い光で照らすのだ。何とも……深海の洞窟、といった風情である。
魔法の光を用いていると魔物が寄ってくるので、今は全員に暗視の魔法を用いている。
迂回するように続く細い洞窟の向こう側から、明るい光。暗い水路を進んできた身としては喜んで突入したくなるところではあるのだろうが。
まずは暗視の魔法を切り光量に目を慣らす。バブルシールドをかけ直し、サイコフィールドによる精神防御を施し――大部屋に突入できるだけの準備を整える。
こちらが突入の準備を整えている間、シーラとセラフィナが向こうから察知されない位置で音を集め、耳を傾けて大部屋の音を分析している。
「大型のと人型の。音で察知できる数はそんなに多くないけど、かなり大きな部屋……だと思う。上下にも広い空間がある」
音で察知できるのは、か。魔光水脈はこっちが近付くまで動かない奴がいるからな。
針を飛ばしてくるウニの魔物アローアーティンだとか、巻き付いて攻撃してくる海草の魔物、クローキングケルプなどだ。大部屋で、大物が待機していそうとなったら、その辺の連中も当然いるだろう。
「どうしますか?」
「奥に進むなら、こっちの通路しかないみたいだからな……」
石碑はこのフロアでは未発見である。撤退するなら赤転界石を使う必要があるし、この部屋の探索を諦めると迷宮の構造が変わるまではここで足止め、という事になるだろう。
「部屋に入ったらすぐに、ディフェンスフィールドを使う。ケルプがいるだろうから、底の方には行かないように空中戦装備を使って戦おう。まず……挟撃を受けないよう、後ろの通路はきっちり塞ぐとして」
アシュレイから指示をうけたラヴィーネが、今まで通ってきた通路を氷で塞いでいる。
「マルレーンとセラフィナは後衛。いざとなったら赤転界石を通路で使って、みんなの退路を確保できるように、戦況をよく見ておく事。アシュレイとイルム、ラヴィーネは中衛。鳴弦と氷で妨害して後衛には行かせないように」
みんなに細かな作戦を伝えていく。俺とグレイスは前衛。シーラは状況を見ての遊撃するなり前衛に加わるなりの、臨機応変だ。
「よし。じゃあ行こう」
大部屋に突入すると同時に、入口を覆うようにディフェンスフィールドを展開。まずは状況把握に努める。
部屋の上方に、光るクラゲの群れ。あれが部屋の中を照らしているらしい。
ブライトネスジェリー。クラゲ連中は近付いて触手に触れなければ無害だが――魔法に巻き込むと部屋の中が暗闇に閉ざされるだろう。
底の方はクローキングケルプの森。そのケルプの間から飛び出してきて、ディフェンスフィールドに防がれたのはウニ針だ。
ここまでは事前に予想のついていた構成だ。
部屋の中央。そこに大きな魔物の影が2つ。
こちらに悠然と向かって泳いでくるのは象ほどの大きさを持つ首長亀だ。岩肌のようなごつごつとした肌。凶悪な面構えで、亀というよりサーペントと言われた方がしっくりくるな。
シールドアーケロン。強靭な甲羅を持ち、その甲羅の縁は鋭利な刃物のようになっている。それで回転攻撃を仕掛けてくるという強力な魔物だ。
もう一匹はデッドシャーク。黒紫に煌めく魔力を纏った、骨をあちこちで剥き出しにした鮫。――見たままのゾンビ鮫で、アンデッド系の魔物である。
そして――その2体を従えるように腕組みをしてこちらを睥睨している奴がいる。
「ガーディアンか!」
キャプテンノーチラス。オウムガイの頭部に、海賊の船長帽とコートを纏った出で立ちという、中々奇妙な姿をした魔物だ。
「あいつは俺が。亀はグレイス。鮫はイルムとシーラ」
それぞれに分かれて対応する。敵陣は中々に強力な編成である。
グレイスが亀と接敵。高速回転による斬撃を斧で迎え撃つ。亀の巨体と細身のグレイスが真っ向から攻撃をぶつけ合って――お互いが弾かれるという、中々現実離れした光景を見せつけてくれている。アーケロンはグレイスが押さえてくれるだろう。
デッドシャークに対しては――イルムヒルトが鳴弦を響かせると、あからさまにそれを嫌がって距離を取ろうとした。そこにシーラが攻撃を仕掛けていく、といった具合だ。骨に対して斬撃というのは決して相性がいいとは言えないが、闘気による一撃はアンデッドに有効である。
ウニ針は防げているし、ケルプからも距離が取れている。
他にもマーフォーク達がケルプの森から飛び出してくるが――それはアシュレイとラヴィーネが対応している。
銛ごと半身を凍結させられ、頭部を易々とアシュレイが打ち砕いていく。多勢を相手しているはずなのだが、アシュレイの動きには余裕さえ感じさせられる。日々のアクアゴーレムとの訓練で、彼女の近接戦技術も相当向上しているのだ。マーフォークの銛をソードボアのシールドで逸らし、がら空きの胴体を強打。仰け反ったマーフォークをラヴィーネが氷の槍で串刺しにして始末していく。
それを避けた相手はディフェンスフィールドで足止めを食らい、入口付近に陣取るデュラハンによって膾切りにされて沈んでいく。マルレーン本人からの雷撃は出番さえない。
この分なら――後衛まで突破されるような事はないな。カドケウスは中後衛で遊撃。仲間のフォローに回らせるのが良いだろう。
俺はノーチラス目掛けて突進。奴は俺が魔術師でありながら間合いを詰めてきたのが嬉しいのか、髭とも触手とも判断つかない口周りを蠢かせ肩を震わせている。
どうやら笑っているようだ。腰から二刀のカットラスを抜いて俺を迎え撃ってくる。真珠貝のような光沢をもつ、不思議な風合いのカットラスだ。
どうやらノーチラスは――陸上でもいける口らしい。俺のバブルシールドの中までお構いなしに突っ込んできて、ウロボロスとカットラスで切り結ぶ。
カットラスをウロボロスで巻き上げる。だがノーチラスは巻き上げの意図を察したらしく、上手い具合に外して、余った腕のカットラスで突きを放ってきた。シールドを展開。突きを受けながらシールドを蹴って後方に飛んで、再び対峙する。
さすがはガーディアンと言ったところか。なかなかの近接戦技術を持っているようだ。そのままどちらからともなく前に出る。
打撃と斬撃の応酬。ノーチラスはカットラスに雷撃を纏わせて、斬撃と共に放ってきた。俺も呼応するようにウロボロスに紫電を纏わせる。雷魔法で制御して相手の電撃をこちらに通させないようにするためだ。
時折あらぬ方向からウニ針が飛んでくる。シールドで受け、或いは身をかわしながらノーチラスに打撃を打ち込んでいく。
問題ない。この手の多面攻撃はルセリアージュの時の方がずっと密度が濃かったからな。
剣戟の音を響かせながら仲間達の戦況にも注意を払っていく。
デッドシャークはシーラに大口を開けて迫るが、シーラはあっさりといなしている。シールドを発生させて攻撃を逸らし、斬撃でヒレを切り落とす。
だがそこはアンデッド。痛みに悶える素振りも見せない。切り落とされたヒレはまだ生きていて。シーラ目掛けて手裏剣のように飛んでいく。二度、三度と闘気を纏ったダガーで斬り払って弾き返すと、黒紫色のオーラが散らされ無力な死体に戻り――大部屋の底へと沈んでいった。
デッドシャーク本体はその間にも、破片を相手にするシーラに後方から齧りつこうと後方から回遊してくるが、イルムヒルトが鳴弦を響かせるとデッドシャークの纏っているオーラが乱れて、一瞬怯む。
シーラは余裕を持ってその場を離脱し、寸前までいた場所を大顎が通り過ぎていった。
「手伝う!」
相手を削り切るまでの根競べになる、かと思われたが、イルムヒルトの肩にセラフィナがやってくる。
「それじゃあ、頼むわね」
イルムヒルトが鳴弦を響かせると、本来放射状に広がっていくはずの音の波はセラフィナの手の中に集められて、魔力の光と化した。
セラフィナが暴走していた時、俺に仕掛けてきた共鳴弾に近い。シーラは横目にそれを引っ掛けると、デッドシャークの攻撃を大きく避ける。イルムヒルトに目配せして、互いに笑う。
身を翻して再度攻撃を仕掛けてくるデッドシャーク。
迫ってくるデッドシャークを、ダガーを交差させて、鼻先に打ち付け、正面から受け止めた。シーラには珍しい受け方。勢いを殺し切れず、そのまま後方へと押し流される。
だが――それこそシーラの思惑通り。
シーラは攻撃の直線上にデッドシャーク、自分、イルムヒルトとセラフィナという位置取りになるよう誘導している。
「行くよ!」
間合いを詰めてきたシーラとデッドシャーク目掛けてセラフィナが光弾を放つ。その声を合図にしたかのようにシーラは身を屈め――シールドを纏った両足でデッドシャークの頭部を蹴りつけて飛ぶ。
離脱していくシーラの陰から鳴弦を集束した共鳴弾が飛来して、デッドシャークの鼻先に直撃、鳴弦の音波が全身へと波及する。
アンデッドに対してそれがどんな感覚を与えているのかは定かではないが――全身をくねらせて身悶えするデッドシャークに対して、イルムヒルトの尾が掴む槍が繰り出された。闘気を纏った槍のような矢だ。文字通り全身のバネを使って繰り出される一撃は強力無比。口から入って、背中から穂先が飛び出す。容赦なく刺し貫く。
――そこへ。直上からシーラが降ってくる。逆手に握ったダガーから噴出する闘気の輝き。流星のように光の尾を引いて。
寸前、レビテーションを解除。重量を自分の身体に戻し、デッドシャークの頸椎目掛けて深々とダガーを食い込ませると、シールドで空中を蹴って更に勢いを増してすれ違いざまにデッドシャークの頭を斬り落とす。
それでもまだデッドシャークは動く。イルムヒルトは今までの戦いからそれを予想していたとでもいうように速射砲のように矢を射掛ける。セラフィナが鳴弦の音を矢玉に収束させていく。見る見るうちにデッドシャークの纏うオーラが減衰していった。
グレイス対アーケロンは、力対力、といった塩梅だ。本来なら陸上に誘き出して何とか仕留めるような魔物なのだが。水中で真っ向勝負を仕掛けられるのは――装備品の恩恵もあるのだろうが――グレイスならではというところか。
回転の勢いを削ぐように。
逆方向から斧を打ち込む。スパーク光が散って一瞬回転が緩んだところを――下方から、グレイスが膝蹴りで打ち上げた。腹側を強かに強打されて、アーケロンが苦悶の声を漏らす。それでも巨体故のタフネスで、再び回転攻撃を繰り出してくる。
回転の途中で甲羅から足ヒレを突き出し、斧に合わせられないよう軌道に変化を生んでくる。
二度、三度と身をかわし、動きを見て取ったグレイスは自ら回転攻撃の真正面へ飛ぶ。真っ向から斧をぶつけ、勢いを殺し。先ほどと同じ展開になるかと思われたが――甲羅から頭部が飛び出して、大顎でグレイスに攻撃を仕掛けてくる。
それをグレイスは闘気を込めた殴打で迎え撃った。手には斧が握られていない。闘気を纏った鎖が下方からアーケロンの甲羅に絡みつく。
殴られて面食らったアーケロンはグレイスから距離を取ろうとするが、グレイスは抵抗せずに引っ張られるままアーケロンにくっ付いていく。
そして、甲羅の上に陣取る。鎖を引いて自身の身体をしかと固定すると、アーケロンが回転して振り落とそうとするのも意に介さず、闘気を纏った斧を甲羅へと打ち下ろし始めた。物凄い音が響く。
何度も何度も打ち落とされる斧の一撃に、甲羅さえも砕かれてその背から血が噴き出していく。グレイスは――徹頭徹尾真正面から打ち破る気のようだ。今日は本来の動きに立ち返って自分の成長具合を見る、というような目的があるらしい。
――さて。戦況はこちらが押している。大物が沈めば、彼女達は雑魚の掃討に移るだろうから――俺も安心して俺の戦いに集中していこうじゃないか。
ノーチラスとの戦いは――攻守を目まぐるしく入れ替えての近接戦闘だ。
大魔法でクラゲどもを巻き込んで、光源を潰してしまうと仲間達の視界を悪くしてしまう。そして、光源がある以上は暗視の魔法に頼れない。
なので事前に魔法の明かりを打ち上げたが、それをさせじとノーチラスが雷撃で散らしてくる。ガーディアンだけある。しっかりと状況を把握しているらしい。さっきからクラゲを背にするような構えを見せて、俺が大技を撃てないように立ち回っている。なかなかに小賢しい動きだ。
そうなると如何に――相手の剣術を掻い潜って攻撃をぶち当てていくかになるな。上等。技術戦は望むところだ。割合楽しくなってきたじゃないか。
バブルシールドを纏っているから、ミラージュボディを身体から離してフェイントをかけてもすぐにバレてしまう。
雷を纏う二刀のカットラスをウロボロスで弾き、シールドで逸らす。バブルシールドを突き抜けてくる水弾を氷弾で迎え撃つ。雷撃、水弾、二刀流、と。なかなかに手数が多い。
交差させたカットラスにウロボロスを叩き付ける。
弾かれて距離が開いたところで、ノーチラスが両腕を広げる。眉間の辺りが帯電――雷撃が、来る。
躊躇わずにシールドを正面に展開して、そのまま突っ込む。防げるのなら雷撃そのものの中を突破するのは難しい事ではないからだ。
真正面から攻撃を突っ切ってくるとは思ってはいなかったか、ノーチラスの懐に飛び込む。
下から――あざ笑うような唸り声を上げるウロボロスで、掬い上げて打ち上げるような構えを見せる。咄嗟に構えるノーチラスを尻目に、そのまま上へ飛ぶ。
身体を上方に展開したシールドで固定。こちらを呆然と見上げているノーチラスを、杖の逆端で打ち落とす。
肩口に炸裂。硬い手応えと、船長服の下で何かが砕ける音。全身にオウムガイの貝を鎧のように纏っているわけだ。では、あれではまだ致命打にはなるまい。
だが。状況は俺が上で、ノーチラスが下。下方はケルプの森が広がるだけだ。
「詰みだ」
巨大なマジックサークルをウロボロスの先端に展開する。ノーチラスが針穴のような目を、大きく見開いたように見えた。
一瞬遅れて――巨大な雷撃がノーチラスを飲み込んだ。




