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119 クラウディアとの邂逅

 大物を倒せば後は雑魚の殲滅である。

 マーフォークを撃退し、ウニを粉砕し、海草を端から魔法で伐採していき……そして残ったのは素材の山であった。

 剥ぎ取りが美味しい事この上ないが、さすがに量が多い。ある程度は何を持ち帰るか取捨選択しないといけないだろう。

 人手が足りないのでアクアゴーレムを使い、素材を種類ごとに分けていく。


「まず、ノーチラスとアーケロンはそのまま持ち帰るとして」


 どちらも貴重だから最優先で転界石で送ってしまおう。嵩張るマーフォークも転送する事にして、と。


 それからデッドシャークの残骸の処理。

 これは魔石を抽出してしまう事にする。アンデッド系は食用にできないし、素材が剥ぎ取れない場合も多い。その代わり魔石を抽出すれば結構質の良い物が抽出できたりするのだ。


 次に優先するべきは――海草よりはウニかな。転送し切れない分は袋に突っ込んで持ち帰りたいところだ。


「これ何なのー?」

「何でしょうか……」


 セラフィナがウニを摘まんで持ち上げて……アシュレイとマルレーンがそれを見て首を傾げている。


「中身が食べられるんだ。できる限り持ち帰ろう」


 アローアーティンはタームウィルズでも食べられているが、食卓に並ぶのは中身の方だしな。彼女達は原物を知らないだろう。割と大漁なので今日はウニ三昧か。なかなか贅沢な夕食になりそうだ。

 ……ケルプはさすがに量が多すぎるので必要なだけ送って、残りは魔石抽出で無駄なく活用させてもらおう。


 それにしても。魔光水脈の探索を始めてから食料品ばかりが充実しているな。アーケロンとノーチラスは久しぶりに素材の使い道を少々考える必要があるから、今から加工が楽しみではあるが。




 一通り剥ぎ取りと転送を終えたので再び探索に戻る。

 水中には通路がないが、部屋の上方に空間があるようだ。クラゲを適当に散らして水面に顔を出す……と、予想もしていない顔がそこにあった。


 濡羽の長い黒髪。金色の瞳。ドレス姿の少女。……クラウディアだ。

 水面から顔を出して周囲を見渡してみれば、地底湖のようになっている。

 そんな湖のほとりで、水面に白い素足を浸して……気だるげにパシャパシャと水を跳ねさせていた。何をしているんだか。


 現れたり消えたりすり抜けたりと。幽霊みたいな真似をしていたが、水遊びをしていたところを見ると、実体らしきものもあるように見える。謎が多いな。


「……次に会う時は、大腐廃湖の封印の扉の向こう辺りだと思っていましたが」

「私も……もうしばらく眠っているつもりだったけれど」


 俺の言葉に、クラウディアは首を傾げる。


「ガーディアンが倒されたみたいだから目が覚めてしまったのよ」


 そう、か。思えば初めて会った時も、ガーディアンを倒した後ではあったな。前回はそれで調査に来ていたというか……様子を見に来ていたというところなんだろう。探索している兵士達の姿や、封印の扉が解放される時期が近い事から、こちらの事情をある程度察したのかも知れない。


 前のように姿を隠していないのは、一応もう面識を得て、こちらの目的なりがはっきりしたからだろう。となると、こうして姿を見せたのにも彼女なりの目的があるのではないだろうか。


「クラウディア様……」


 水面から顔を出したイルムヒルトが、目を丸くする。


「その方は――」


 グレイス達も一様にクラウディアの姿に驚いていた。


「別に……私には敬語なんて要らないわよ。あなた達がどう思っているか知らないけれど、そんな扱いをされるほどの者ではないから」


 俺達に向かって、そんな事を言う。その言葉の意味する所は――クラウディアは迷宮管理側の使い、という事でいいのだろうか?


「――私も、色々考えたの。あなた達が魔人と戦う以上、深奥に近い所に来るのは避けられない。けれど、私としてもある程度はあなた達と協力をしたい理由がある。イルムヒルトもあの場所へ向かいたがっているし……なら、いっそあなた達をあの村へ連れていって、納得してもらったほうがいいのかしら、と」

「……そんな事ができると?」

「ええ。秘密と約束を守ってくれるなら、だけど」


 言われて少々考える。それは――転移先をクラウディアに任せる、という事だ。迷宮管理側ならそれぐらいの事をしてのけるだろうから、可能不可能や手段については論じても仕方が無いだろう。だが……信用していいのかどうか。


 クラウディアの目的は分からないが、とりあえず魔人を迷宮深奥に入れさせないという点で利害は一致しているようだ。


 転移先を自由にできるだとか、迷宮の魔物をある程度制御できるだとか。今までの会話で判明したところではそんなところか。

 クラウディアがその気ならば、もっと他にも色々可能なのだろう。場合によっては転界石を使用不能にするなんて事もできるかも知れない。


 こちらに害意があると仮定して、罠に嵌めようと申し出をしているのなら、こんな回りくどい事をするだろうか?

 はっきり言えば、迷宮の中に入った時点で腹の中に飲み込んでいるも同然なのだから、罠になんかかけ放題だ。自身が姿を見せるなどというリスクを冒さずとも、もっときつい攻め手をいくらでも打てるだろう。


 そうだな……。例えば先ほどのガーディアン部屋が、クラウディアの仕込みであるという可能性は、あるだろうか?

 ……それは無い、と判断する。ルセリアージュ戦を見ているクラウディアは、俺にぶつけるのには力量不足だと最初から分かっているはずだ。


 今までの情報から判断するに、クラウディアは迷宮の、或いは彼女自身の何かについて守りたい秘密のようなものがあるらしい。

 では秘密を伏せておきたいはずのクラウディアが何故こんな申し出をするのか。


 ……深奥に向かうルートを、探されたくないから、か? イルムヒルトの村に直接飛んでしまえば、道中がどうなっているのかとか、どの区画を通ればいいのかだとか、探されて見つけられてしまう事がない。


「……魔人と関係のない事ならば」

「それなら無いと言えるわね。イルムヒルトに関しての事は、あなた達の目的とは別でしょう?」


 そう。確かにそうだ。


「秘密を守るというのは、そこで見聞きした事を人に話さないという理解でいいのかな?」

「そうね。あなたが大使だというのなら、それを信用させてもらう。もっとも……この話はあなたが、私を信用してくれるのならという前提があるのだけど。他に質問はあるかしら?」

「全員を招待する理由は?」

「イルムヒルトだけを預かるとか、そういうのも考えたけれど。それでは心配ではなくて? 全員を招待するのは一網打尽にするつもりだとか、そんな風に疑われたら、仕方が無いけれど」

「……いや、わざわざそんな事はしないだろうけどな」


 色々と考えたうえでの台詞だったが……クラウディアはその言葉が意外だったらしく、俺の真意を問うようにじっと見てくる。


「自分で言うのも何だけれど……私は、私自身、非常に怪しく見えると思っているのだけれど」

「罠にかけるつもりだったらとっくにやってるだろうし」

「……なるほどね」


 クラウディアは得心した、というように目を閉じる。それから小さく頷いて、俺をじっと見てくる。


「……結局のところ、イルムヒルトがあの区画に飛べるようになるのなら、あなた達も望めば同行できるのだから。最初から全員で来てもらった方が、お互いの信用と納得に繋がるかな、と思ったのよ。全員と約束をする。それでもしも裏切られてしまったのなら、私も仕方が無いと割り切れるもの」


 ……ある程度譲歩して信用してもらうというのは、確かにあるな。

 そして自ら譲歩したが故に、もしも裏切られた時は気兼ねしなくていいと割り切れもする、か。その気持ちは……分かる気がする。俺が伯爵領からの旅に、フォレストバードを選んで同行させたのと、同じように。


「……分かった。それで、約束というのは?」

「村には更に奥へ行くための、階下への道がある。そちらには進まないでほしいの」


 んー……。まあ、それも納得できる話ではあるか。この約束も罠にかけるつもりなら最初から申し出る必要のない話だ。

 村から更に奥、か。迷宮の秘密に興味が無い訳ではないが――俺の現在の目的は、そもそも、それを解き明かす事ではないのだし。


「俺は、それでいいけれど――」


 仲間達に視線を巡らす。反対意見は――出ないようだ。


「では――行きましょうか。あなた方は次の階までは歩を進めたいでしょう? 次の階に降りて、石碑から移動する事にしましょうか。私も石碑からでないと、また活動不能になってしまうわ」


 ふむ。確かに今すぐ転移と言われたら、この階の探索が無駄に終わってしまうところだったからな。その気遣いは有り難いところではある。


「分かった。それじゃあ、行こう」


 だが、彼女は動こうとしない。小首を傾げて、俺の出方を待っているような様子である。


「……ええと。道案内をしてくれるんじゃ?」


 問い掛けると、返答までやや間があった。


「……望む階層に転移はできても、月齢で変化する階層の順路なんて把握してないもの」


 そんな風に言って、クラウディアはそっぽを向く。表情は窺えないが、何やら頬が赤くなっていたのは見間違いだろうか……?

 なんだかな。転移はできても、道順が分からないとか……。

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