番外483 王都結集
調べてみれば……サンダリオの他に諸々の条件に合致する人物はいなかった。できるだけ先入観を排除して客観的に判断したつもりではあるが、時期や状況等々を加味すると他の候補はどこかで矛盾やズレが生じてくる。
他にも情報が集まっているが、海賊サロモン一派の勢力が衰退したのは、サンダリオの事件以後だ。倒されたわけではないが、自然……というよりも急速に活動が弱まり、フェードアウトしていったらしい。
表向きではサロモン達は騎士団達からの捕縛と断罪を逃れていることから、突然の活動縮小の理由は謎とされている。魔物に襲われたからだとか、嵐に巻き込まれて海の藻屑になったとか色々噂されてはいる。そんな噂になるほど急に、と言い換える事もできるわけだが。
……だからこそ彼らの溜め込んだ財宝がどこかに手付かずで残っているのではないか、という財宝伝説まで語られているわけだ。
仮にサンダリオが海賊達にとっての秘宝を奪い取った事が打撃になった、という裏の事情があったのであれば納得のいくところだ。それで海賊達としての強みを奪われ、活動が出来なくなった。
或いは偽装海賊であるために撤収を余儀なくされた可能性。これらはネレイドと結婚したのがサンダリオである可能性を後押しするものだ。
「ん。仮に連中が偽装海賊で撤収したのだとしても、サンダリオに持っていかれた品を陸でも身分を隠して探したはず。もしかしたらそれが当時噂になって、財宝伝説の後押しをした可能性がある」
と、シーラが言う。偽情報を広めて目的の品を探しているだとか、盗品が扱われていないかだとか、広域に網を張って探すのは盗賊ギルドの手法でもあるそうだ。
売りに出されていないか。誰かがそれを使っていないか等々……。となれば、サンダリオが身の危険を感じて物品ごと姿を隠すと言うのは有り得る。
そういう海賊側の捜索の過程での行動が、サロモンの財宝の噂と結びついて信憑性を高くした……。有り得ない話ではないな。
「財宝伝説の元、か」
国元に庇護を求めなかった理由はいくつか考えられるが……少なくとも、どこかに隠してしまって、売る事も使う事も報告する事さえもしなければ、情報として引っかかることもない。情報網からの追跡に関しては振り切れるというわけだ。
「国に庇護を求めなかった理由は、どうなのでしょうか」
シオンが首を傾げる。
「可能性だけ考えるならいくつかあるけど、当時の王侯貴族の有力者が西方諸国との和平に反対だったとか、戦いの機運が高まっている情勢だった、とか。例えば宝が他国の偽装海賊であることを示す証拠、或いは強力な魔道具で――和平反対派の手元にあると領土的な野心が出る事を危惧した、とかね。西方諸国との婚姻も進められていたし、サンダリオに近しい人が隣国にいるのなら、騎士としての立場に反していても開戦を避けたかったって気持ちになっても……不思議はないのかな」
仮にそうだったとして、サンダリオの行いや判断が正しいことだったのかどうかは……まあ立場によって評価は変わるだろう。
時間が経って安定した今ならば、判断としては良かった、と言えるのかも知れないし。
「和平が結ばれても、それまでの遺恨が無くなるわけでもないものね。そうした事情があって当時の不安定な情勢なら……隠すという判断も、個人に委ねられた時点で仕方がなかったのかも知れないわ」
クラウディアがそう言って目を閉じる。
「そうだね。ただ、デメトリオ陛下やバルフォア侯爵に相談するなら裏付けが欲しいかな。当時、和平に難色を示してた派閥とか……そのへんに焦点を置いて、もう少し調べてみようか。カティアさんも……それで良いかな?」
「勿論。こんなにみんなで頑張って調べて貰って……感謝しているわ」
尋ねるとカティアもそう言って真剣な面持ちで頷く。
まず裏付けを取り、ネレイド達の意向を聞いて、それからデメトリオ王達に相談となるだろう。ネレイドの里はグロウフォニカ国内にあるわけだし、慎重に話を進めた方が良い、というのは間違いないからな。
ネレイドに関しても調べてみたが、人間視点からでも悪い噂は聞こえてこないしな。漁師を助けたりもしているし……グロウフォニカとの関係性についてもネレイド達の目的にしても大丈夫だろう、とは思うが。
そうして調べ物を諸々済ませてから俺達は公館に戻ったのであった。
アルバートとオフィーリアも昔読んだ物語の話をしたり、のんびりとした楽しい時間を過ごせた、とのことだ。
調べ物については――やはりというか、マルティネス家の後ろ盾でもあった伯爵家については、武闘派であり和平に対しても乗り気ではなかったというか。
交戦していた歴史もあって西方との遺恨があったようで、和平には難色を示す立場であったようだ。
サンダリオはそれを近くで見る立場だったから、何らかの理由で開戦に危惧を抱いて国を頼らなかった、と。
まあ……それも今は昔の話だ。西方諸国との戦いを望むような貴族は現在のグロウフォニカ国内にはおらず、どちらかというとヴェルドガルを始めとした同盟に対し、西方諸国とどちらの関係性を重視するかで派閥を作っている雰囲気だし。
バルフォア侯爵家は昔から穏健派だったようだ。そういう意味でも安心できるところではあるのかな。
「おお、おかえりなさいませ。今丁度、精霊の使いが来たようなのです」
そんなことを考えながら公館に到着すると、出迎えに出てきたソロンがそんな風に言った。何やらティールのフリッパーに抱えられるような格好であるが。同じ海の魔物同士、仲良くなったということだろうか。
まあ、それはともかく……ソロンによれば水の精霊が岩場で呼んでいる気配があるとのことで様子を見に出てきたら俺達が戻ってきた、ということらしい。
確かに、片眼鏡で見ると不思議な波長が公館の裏手の海側から発せられているのが分かる。ソロンからも魔力の波長を放射しあって、コンタクトし合っているのが分かった。
「使いが戻って来たのなら、随分と早いね」
「んー。流石にこんなには早くないから……どこかでみんなの使いと、入れ違いで来たのかも?」
ヘルフリート王子の言葉にカティアが首を傾げる。
何はともあれ話を聞いてみようということで、みんなと共に岩場へと向かう。カティアは前と同じようにあたりの人気を窺ってから水に飛び込んで人化の術を解くと、使いの精霊も水面から顔を出すように顕現した。
カティアと水の精霊は少しの間向かい合って話をする。口をパクパクとさせて身振り手振りで何か伝える水の精霊と、うんうんと頷くカティアと。そんなやり取りを繰り返していたが、やがてカティアは顔を上げて、こちらに内容を伝えてくる。
「みんながね。一旦調査が空振りになったから集まったけれど、ヘルフリートを見たいからってこっちに向かっているって。調べ物にも期待している部分もあるかな? それで、途中で私の使いに会って、グランティオスを助けた魔術師さんにも挨拶をしたいっていう話になっているみたい」
なるほど……。それは丁度良かったのではないだろうか。カティアの一存では決められない事もネレイド達が集まっているのなら答えが出せるだろうし、ネレイドの里に行ってからまた王都に戻ってきて、デメトリオ王やバルフォア侯爵に相談する、というのも少し時間がかかる。
その点必要な顔触れがグロウフォニカ王都に集まっているのなら、ここで話をつけてそれからネレイドの里等に行けばいいのだし。
「これまでの事を話して相談に乗ってもらう良い機会かも知れませんね。話が円滑に進みそうですから、歓迎ですよ。この海辺で、今日のように連絡を取って迎える、というのはどうでしょう?」
「分かったわ。みんなにもそう伝えておくわね」
カティアは俺の返答に頷いて、マジックサークルを展開して水の精霊に力を送りつつ、こちらからの用件を伝えるのであった。