番外481 境界公と王立図書館
「将来的には技術交流や技術協力等進めていけたら楽しそうですね」
「ふむ。興味深い話だ」
「技術協力、ですか。これは興味本位からの質問ではありますが……我が国の海洋技術を必要とするような事案がおありなのでしょうか」
造船研究所の見学を終えたところで施設内のサロンに場所を移して、茶を飲みながらデメトリオ王やバルフォア侯爵達と話をする。
計画――こちらとしては東国の航路開拓における技術協力が得られればそれが理想だな。
通信機でメルヴィン王に聞いてみたところでは、グロウフォニカ側の事情もあるだろうから現時点では何とも言えないが、話題として触れておく事で向こうも検討が可能だろうという返信を貰っている。
こちらからそうした協力の提案をする事で次に繋がるのなら、それは歓迎すべきことだろうと、そんな風にメルヴィン王は言っていた。
「実は――東にある魔の海を南方から迂回して東国へと向かう航路を開拓中で、優れた航海技術を持った船舶や人員が必要だと考えていたところなのです。先行してシリウス号で調査を行い、大まかな安全性の確認と中継地点として適した島々を見つけたのですが、それでも実際に外洋を航海するとなると危険性も高くなりますから」
「東国については噂で聞き及んでおりますが……危険な海を避けての外洋の船旅、ですか。それは確かに、進んだ船舶技術が必要かも知れませんな」
バルフォア侯爵が顎に手をやって思案しながら言う。航行速度が従来の船舶より速い、というだけでも、船乗り側の負担は確実に減るからな。
「空は――公的な性質を強くせざるを得ない。今の状況では未だに一般的ではない故、雇用の創出や継続的な貿易には些か相性が良くない、か」
と、デメトリオ王も少し考えながら空路に関する話をする。
そうだな。飛行船での行き来を考えるならば、防衛やメンテナンスについてもセットで考えなければならない。それらの対応を行うならば、どうしても国が絡まざるをえない。
「この場での即答や確約は難しいが……諸々の提案や話し合いを含めた交流や協力は魅力的な話ではある。皆と検討し、追って返答しよう」
「ありがとうございます。関係する方々皆の立場と、お気持ちに沿う形で話を進めていけたら良いですね」
「確かにな。互いに納得できる形で話を纏めたいものだ」
俺の言葉に、デメトリオ王は相好を崩して頷いていた。
「まあ、有意義な話になったが、堅い話はこの辺にしておくか。今後についてだが……予定はもう決まっているのかな?」
「少し王都を観光させてもらってからグロウフォニカ王国内の名所を見たり、海や島々といった自然を満喫させていただけたら、と考えています。南方の海なども、暖かくて良さそうなどという話を皆としていました」
アルバートがそう言って笑みを浮かべる。ネレイドの里もそうだが、海賊に関する話も南の海域が絡んできそうだしな。予定は流動的だが、今伝えられる内容としてはこんなところだろうか。もう少し調べて、問題がなさそうならデメトリオ王やバルフォア侯爵にも色々相談できたら、とも思うのだが。
「南方……となれば、バルフォア侯爵領あたりか」
「郷里自慢になってしまいますが、魚や珊瑚も美しいものが多く、良いところですぞ」
「滞在が充実したものになると良いな」
と、デメトリオ王とバルフォア侯爵は笑みを浮かべるのであった。
「ありがとうございます」
そんなやり取りを交わして造船研究所の見学や雑談は一段落したのであった。
「――では、余らは王城へ戻るとしよう」
デメトリオ王達はこの後執務があるらしく、離島を繋ぐ橋まで一緒にやってきたが、そこで一旦別れ、王城へと戻っていったのであった。
造船研究所の見学が終わったら、早速観光前の下調べということで、みんなと共に王立図書館へ向かおうという話になった。
必然的にグロウフォニカ王国の歴史的背景を調べる事になるので、幻影劇の題材も探す事が出来たら一石二鳥というところだが、さて。
グロウフォニカの王立図書館については造船研究所より古い時代に作られた建物らしく、離島側ではなく王都の陸地側にある。
なので、一旦公館に戻り、カティアとも合流してから図書館へ向かおうということになった。カティアからも参考に話を聞きながら資料を探そう、というわけだ。
「ああ。お帰りなさい、みんな」
公館に戻って来ると、カティアがそんな風に言って笑顔で迎えてくれた。
「ただいま。こっちはまあ、円満に話も進んだよ」
と、ヘルフリート王子が言うと、カティアがにこにこしながら頷く。
「それは良かったわ」
「これから図書館に向かう予定で……カティアも同行してくれたら調べ物も捗るかなって思うんだけど」
「私が同行して大丈夫なら。でも……流石にソロンは目立ってしまうかしら?」
「では、私めはこのままティール殿達と留守番しておりましょう」
カティアの言葉にソロンが答え、ティールがこくこくと首を縦に動かしていた。うむ。では……図書館に向かうとするか。
王立図書館は――立派な格式を持った大きな建物だ。グロウフォニカ全盛の時代に作られたものだからだろう。
門から庭園を進んで図書館内部に入ると壁一面、外周に沿って書棚がずらりと並んだ、風情のある光景が目に飛び込んできた。
「これは……素敵な図書館ですね」
「確かにこれは、良い雰囲気ね」
アシュレイの言葉に、クラウディアが微笑む。
壁や天井に細かな装飾。中央は吹き抜けになっており、上方の書棚へは中二階、中三階となる足場を通って見に行く事が出来る。
一階の中央部に椅子とテーブルが並んでいて、本を借りてきて調べ物をしたりすることが可能なようだ。中二階、中三階の一角にも日当たりのよいバルコニー席のようなスペースがあって、そこでもみんなで腰を落ち着けて本を読んだりできるようになっているようだ。
「図書館は良いわね。本の匂いは落ち着くわ」
「ふふ、確かにいい匂いよね」
と、ローズマリーもそんな風に言って、満足げに目を閉じて頷いていた。そんなローズマリーの言葉にステファニアが答え、マルレーンもこくこくと頷いて微笑みを浮かべる。
「それじゃあ、少し悪いような気もするけれど、僕とオフィーリアは一緒に図書館の中を巡らせてもらおうかな」
「一応、関係のありそうな書物を見つけたら後でまとめてお知らせしますわね」
アルバートが言うと、オフィーリアも嬉しそうに微笑む。
「ん。二人にはあんまりこっちの事は気にせず、のんびり休んでいてもらえると、こっちとしても嬉しいよ」
新婚旅行だしな。アルバートとオフィーリアについては調べ物にはあまり拘らず、二人で図書館デート的な時間を過ごしてもらえれば、というところだ。
その間に俺達は手分けしてヘルフリート王子の作った目録から、関係のありそうな内容を調べていくという具合である。
「歴史関係の書物は……中二階のあの一角かな」
と、ヘルフリート王子が教えてくれる。
「それでしたら、あちらのバルコニー席を使わせてもらうのが良さそうですね」
グレイスがそう言って中二階のバルコニー席を見ながら言う。そうだな。歴史書コーナーから程近いし、使い勝手も良さそうだ。
「ふふ、何だか楽しいわ」
「ん。のんびりできて、良い雰囲気」
イルムヒルトが楽しそうに笑うと、シーラも頷く。
そうだな。調べ物ではあるが、皆と一緒にというのは中々楽しそうだ。というわけで、歴史書コーナーに移動して、みんなであれこれと本を見て、関係のありそうなものを手に取ってバルコニー席へと向かう。さて。調べ物が円滑に進めばいいのだが。