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117 帰還

 色々な荷物(・・)が船から運び出されていく。石棺に閉じ込められた刺客達も荷物の範疇だ。運び出されていく反応はそれぞれ違いはあったが、まあ、可能な抵抗は口汚く兵士達を罵るぐらいのものか。


 ロイは港で騒がれても面倒なので猿轡を噛ませて頭まですっぽりと蓋を被せて黙らせてある。石棺の中で何やら喚いていたが、そのまま荷物のように兵士達の手で搬出されていった。まあ、後の事はメルヴィン王が上手くやってくれるだろう。


「君は……敵には容赦がないな」


 ジョサイア王子がやや呆れたように言う。


「相手によりけりですよ」


 そんな風に答えると、ジョサイア王子は苦笑した。


「じゃあ、テオ君。また今度、工房か王城で」

「ん。了解」

「それではテオドール君。また改めて礼を言わせて頂戴ね」

「僕もだ。またいずれ話をしよう」

「はい、ステファニア殿下、ヘルフリート殿下」


 そんな風にアルバート達と言葉を交わして別れる。王族達は護衛の兵士達と連れ立って馬車に乗り込み、王城へと帰って行った。


 俺とマルレーンにも既に迎えが来ている。

 もうそろそろタームウィルズに着くと洋上から魔法通信機で連絡を取ったのだが、港で船の到着を待っていてくれていたらしい。


「お帰りなさいませ」

「おかえりっ」


 そうやって声をかけてきたのはアシュレイだった。馬車の中からセラフィナも飛び出してきて俺の周囲を飛び回る。


「ん。ただいま」

「2人とも、怪我はない?」

「大丈夫。みんなも怪我はしなかった?」


 こっちでも彼女達は誘拐犯捕縛の仕事をしたはずだが。


「問題ない。いつもの訓練に比べたら、あんなの全然」


 と、事も無げにシーラが言う。まあ、彼女達の活躍は家に帰ってからじっくりと聞かせてもらうとして。


「グレイス」

「……おかえりなさい、テオ」


 馬車の中で、腰を落ち着けているグレイスに微笑む。その目は、血の色の赤。まず、彼女の手を取って呪具を発動させる。


「んっ……」


 グレイスが小さく気だるげな声を漏らして目を閉じる。数日解放しっぱなしだったからな。感覚に慣れていた分、脱力感も大きそうだ。

 ゆっくりと顔を上げたグレイスは柔らかい笑みを浮かべて、言う。


「ご無事で、何よりです」

「グレイスこそ」

「……マルレーン様のお声を取り戻したと、聞きました」

「ああ――」


 みんなの視線が、マルレーンに集まる。マルレーンは少し困ったように笑ってから、また口を開く。


「ただ、いま」

「おかえりなさい」

「お帰りなさい、マルレーン様」


 はにかむ彼女をみんなが笑顔で迎える。マルレーンはきっとこれからも――言葉を特別大切な時にしか発したりはしないのだろうが、こうやって声を取り戻して、みんなの所に帰ってきた事を報告するのは、彼女にとってその特別な事に当たるのだろう。


 そのまま馬車に乗り込んで家に向かう。

 まず窮屈な執事服から着替えてきて、居間にある大きな椅子の背もたれに体重を預けて寛がせてもらう。

 ソファベッドのような家具を新しく入手しているのだ。これで椅子に座って足を伸ばして……みんなで過ごせるというわけである。

 グレイスは反動があるのか俺の隣で体を預けるようにして静かに瞳を閉じている。アシュレイの体内魔力にも、やや乱れがあるようだ。マルレーンも一緒にソファベッドで寝そべって旅の疲れを癒している。


 数日空けてしまったから今日は一日、家でゆっくりしたいところである。

 というわけで家の居間で寛ぎながら過ごす事に決めた。


「誘拐犯の方はどうだったの?」

「全然。5人ぐらいと戦ったけど、迷宮の魔物の方が手強いぐらい」

「私の出番も無かったですからね」


 グレイスが苦笑する。

 彼女達にとっては、どうも俺との訓練の方が迷宮の普通の魔物より手強いぐらいに感じられるらしいので……という事は誘拐犯は手も足も出なかったという事だろうな。


「それより、セラフィナが面白かった」

「セラフィナが?」


 居間をゆっくりと漂っていたセラフィナが笑みを向けてくる。


「音を飛ばしたり、拾ってきたりできるの」


 そんなセラフィナの声は俺のすぐ耳元で聞こえた。だというのに、セラフィナはかなり離れた場所でふわふわと浮かんでいる。得意げに、にこにこと笑う。


「それで、誘拐犯の注意を引き付けたりできたのよ」


 ……なるほど。音に関する能力、か。バンシーになっていた時の性質が残っているのかも知れない。音を飛ばすというのは、俺の耳元で囁いたさっきのそれだろう。音を拾ってくるというのは――遠くの音を集めたりもできるのかな。


 ……使える能力だ。

 物音を立てて敵を誘導したり、周囲の音を集めて偵察したり。それに、パーティーメンバーとの相性がいい。シーラの五感と合わせると更に探知範囲が広がる感じになるだろうし、イルムヒルトの鳴弦を更に有効活用したりできるのではないだろうか?


 或いは、本気になったらバンシーの時に使った共鳴弾のような技も使えるかも知れないな。


「わたしも、いっしょに迷宮に行きたい」


 と、セラフィナが、不意に真剣な表情を浮かべて言ってくる。留守番は嫌だ、という事か。


「んー……みんなはどう思う?」


 後衛になるアシュレイやマルレーンと一緒に動けば、安全度は高いだろうし。その辺のフォーメーションはこちらで考えるとして……。


「セラフィナが一緒だと、色々できそう」


 特に反対意見は出ないようだ。実際に彼女達は今回一緒に動いたし、有用性は目の当たりにしているからな。


「じゃあ、様子見をしながらかな。いいよ、セラフィナ。一緒に迷宮に行こう」

「ほんと!?」

「ああ」


 言うと、セラフィナは嬉しそうに微笑んで部屋の中を飛び回るのであった。ラヴィーネが大きく欠伸をする。

 家の中は面子も増えて賑やかにもなったが……ここで流れる時間は穏やかに感じられる。

 グレイスとマルレーンはいつの間にか寝息を立てていた。


「お二人ともお疲れなのでしょうね。毛布を持ってきます」


 と、アシュレイが目を細めて微笑むと、椅子から離れていった。

 グレイスは何か物を壊したりしないかと心配しながら吸血衝動と戦って自分を律していたのだろうし、マルレーンも……船旅の疲れが出たのかも知れないな。静養と言いつつ、全く休暇にはならない旅だったからな。


 薪の爆ぜる音を聞きながら、俺は大きく伸びをするのであった。




 さて。魔光水脈の封印の扉は見つかっていない。攻略を進めていかなければならない。

 ここに封印の扉があるという情報が出てきた以上は、空振りを疑わなくて済むという事だ。心情的には随分余裕がある。焦らず探索を進めていこう。


 引き続き泡の鎧を纏って水の中を行く方針だ。魔光水脈を探索していた他の冒険者グループが、水中を行く俺達に気付いて奇異な物を見るような目を向けてきた。


「どうも」


 と片手を挙げて挨拶すると、呆けたような顔で挨拶を返してくる。

 まあ……気持ちは分からなくもない。魔光水脈の攻略を行うなら、普通の場合水中はキルゾーンとなる。

 水中から飛び出してくる敵に注意を払いながらも、落水を極力避けなければならない区画なのだ。かと言って水の中にばかり魔物がいるわけでもないので、結構神経が削られる場所ではある。


 そこをわざわざ、水中メインで探索をしているから彼らを驚かせてしまったといったところか。


 挨拶もそこそこに彼らと別れ、完全に水没した洞を抜けて進む――と。奥の方から人影が現れた。

 人影。俺達のように水中を探索している連中がいた、というわけではない。

 エラとヒレを持つ、半魚人。マーフォーク達だ。水中ではかなり鋭い動きをする戦士達だが、泡の鎧でこちらも自由に動けるので機動力の面で後れを取る事はないだろう。


 銛を手にして水を掻き分け……こちらへ真っ直ぐ迫ってくる。


「行きます」


 言うが早いか、グレイスが前に出た。

 洞窟を蹴って、マーフォークの群れに正面から突っ込む。先頭のマーフォークは銛でグレイスに応戦しようとしたが――相手が悪すぎる。

 銛ごと断ち切られて、鯵の開きのように真っ二つにされた。止まらない。マジックシールドで一度真横に飛び、洞窟壁面を蹴ってピンボールのように戻ってくる。


 突き出される銛を身を捻って避けて、斧で叩き切る。泡の中に引き込み岩肌に打ち付け、捕まえて捻り潰すといった具合。俺も前衛に出る。グレイスの背中を守る方向で戦う。


 マーフォークの使う銛捌きはそれほどでもないが……地上の生き物のそれとは違って、やや独特な動きをするので、矛を交えていると割と面白いと思わされる事が多い。突きを繰り出すと同時に、自身の身体をぐるりと反転させて狙う場所を変えてきたりだとか。


 竜杖で銛を巻き込み、巻き上げる。体勢が崩れたところを薙刀のように振り払い粉砕していく。


 グレイスの方は――心配いらないな。銛を鷲掴みにすると一切の抵抗を許さず、引き寄せながら斧を振るって両断している。当たるを幸いに薙ぎ倒している感じだ。


 いつにも増して大暴れだが――。魔法審問官の家族の身辺警護と誘拐犯の捕縛という事で……グレイスは出番に恵まれず、解放状態のまま待機をしていたらしい。

 要するに、解放したままでじっと大人しくというのは、グレイスにとっては案外今まで無かった状況だったため、結構ストレスだったようなのだ。力加減が難しいみたいだからなぁ。


 イルムヒルトの新しい装備。セラフィナを組み込んだ戦法等々あるが――まあ……今日のところはグレイスをサポートする感じで探索を進めていこうか。

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