番外473 海と陸を繋ぐもの
ヴェルドガル公館で働く面々はヘルフリート王子の留学にあたり、元々ヘルフリート王子の教育係だった人物や身の回りの担当をしていた人物達が選出されたらしく、かなり信用のおける人達なのだそうだ。家族に近い、とヘルフリート王子は言っているが。
カティアとの婚約に関してははっきり公館の人達には言っていないが、「推測を本国に勝手に伝えるような不義理もしない人達」「薄らと察してはいるかもしれないが、静かに応援してくれている感じがする」と、ヘルフリート王子はそう言っていた。
まあ……ヴェルドガル王国の方針やヘルフリート王子の立ち位置から言っても咎められる事ではないだろうしな。
主人への義理を通して報告しない事が、主家である王家への不義理になるのかという話をするなら、ヘルフリート王子がはっきり口に出さない限りは、彼らとしても報告はしなくても済む。
そのへんの暗黙の了解というのをヘルフリート王子も彼らも理解しているのだろう。
「まあ、あれも成長しているのでしょう」
というのが、そうした経緯を聞かされた後のローズマリーの感想であった。
そんな風に言っているローズマリーではあるが、グロウフォニカ王国の人脈を頼りにしなかったのは、公館で働いている面々の立場を悪くしないようにという気遣いもあったのかも知れないな。
ともあれ、ソロンの訪問は若干予想外ではあったが、ネレイドのカティアは無事であったし、ヘルフリート王子も安心できたのではないだろうか。
歓迎の宴会は明日なので、カティアの話をゆっくりと聞いてみて、それから今後の予定や方針を決めていくと言うのが良さそうだ。
というわけで……応接室でお茶など飲みつつ、まずは自己紹介ということになった。
「テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアと言います」
「初めまして。ヘルフリートや海の住民達からお話を聞いているわ。グランティオス王国の人達を助けた魔術師さんだって」
「ソ、ソロンと申します。陸の者にはパラソルオクトと呼ばれた事もありますな。ええと、その……よ、よろしくお願いしますぞ」
俺が名を名乗るとカティアは朗らかに笑って答える。ソロンも緊張している様子だったが、握手に近い事はしてくれた。メンダコなので普通のタコのような触腕があるというわけではないが、身体の縁あたりで手を繋ぐ感じというか。
パラソルオクトか。確かに、メンダコは傘やパラシュートのような形状をしているからな。陸ではあまり知られていない魔物の一種族なのだろうが、ソロンは話してみると理知的で賢そうな印象だ。魔力も中々の物を感じる。
俺に関する話がカティア達に伝わっているというのは……まあ、デボニス大公領の南方の海に住む人魚達にも伝わっていたからな。当然、グランティオス王国と隣接する海域のネレイドのところにも、というわけだ。グランティオスでの一件は口コミで広範囲の海に広まっているようであるな。
「ん。海でも有名」
「んっ。有名」
「まあ、そうみたいだね」
うんうんと頷くシーラの言葉にセラフィナも同じような仕草と口調で言って、マルレーンもにこにこと微笑む。そんな彼女達の言葉に苦笑すると、グレイス達も微笑ましそうにしていた。
そうして各々自己紹介を進めていく。ローズマリーが名乗ると、カティアが微笑む。
「ヘルフリートの尊敬している、聡明なお姉さんだって聞いているわ」
「ええと……。ここの使用人達が言っていたのかしら……? 多分、身内贔屓が入っているから差し引いて考えておいて」
と、羽扇で口元を隠して答えるローズマリーである。
「グランティオス王国のロヴィーサと申します。水守をしていましたが、今はヴェルドガル王国との親善大使を女王から仰せつかっています」
「初めまして。お会いできて嬉しいわ」
「親善大使とは。お会いできて光栄ですぞ」
ロヴィーサとも笑顔で握手を交わすカティア。地上の相手だと緊張する様子のソロンも、ロヴィーサ相手なら大丈夫らしい。ブルーコーラルには目を瞬かせていたけれど。
と、そんな調子で自己紹介が終わったところで、カティアはソロンがこの場にいる理由を説明してくれた。
「ソロンは、私が水の精霊達に伝言を頼んだら、怪我をしたのが心配だって様子を見にきてくれたの」
「私めからもお嬢様の状況を見て報告ができれば、一族の皆様にも安心してもらえるものと考えた次第です。親切にして下さったヘルフリート殿にはお礼を言わねばなりませんな」
なるほど。エルフのように精霊を使役したのか、それともそうした術式を介さずとも精霊とやり取りできるのか。どちらにしてもネレイドが精霊に近い種族だから可能な方法なのだろう。
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
と、ヘルフリート王子はソロンに笑みを向ける。
「こうしてみんなと一緒に戻って来る形になったのは――フォレスタニア境界公が他の種族との橋渡し役をしているからでもある。特に、海の民とはグランティオス王国との一件でヴェルドガル王国との縁も深いからね。カティアからの相談を受けたのは僕を信用してもらってのことで……僕の口から事情を勝手に言うわけにはいかなかったから、こうして同行してもらったというわけだ」
「それは――うん。ありがとう。ふふ。ヘルフリートはそういうところ、律儀よね」
そう言って、嬉しそうに笑うカティアと、少し頬を赤くして指で掻くヘルフリート王子である。
「僕達も丁度結婚式を行ったところでね。新婚旅行とその護衛という形なら動きやすいし助力が必要なかった場合でも、無駄足にならないだろうからという話をしてね」
「ですから事情を明かせるか明かせないか、そういった判断も気兼ねなくして頂いても大丈夫ですわ」
アルバートとオフィーリアもヘルフリート王子の言葉を補足するように付け加える。
「ありがとう。私達にとっては、大事な話、ではあるの。幾つか疑問もあると思うけれど……順を追って話していくわね」
と、カティアは一旦言葉を切って、事情を話してくれた。
「その、ね。私達の一族には――陸の人と結婚した者がいるの。陸の人が溺れそうになっていたところを助けて……そうして恋仲になった、らしいわ」
幾つかの問題はあったものの、二人の決意が固い事を知って、ネレイド達も応援する側に回ったらしい。
無人島に人が寄り付かないように結界を張ったりだとか、平穏に暮らせるように手筈を整えたのだという。
「2人はずっと、幸せそうだったわ。夫婦の間にネレイドの娘達も何人か生まれてね。私の友達もその中にはいるのよ」
と、微笑むカティアである。けれど、と微笑みながらも少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。
「その夫婦も……亡くなってしまってね。そのこと自体は最期まで添い遂げてみんなに見送られて、寂しくても辛い別れとは言わないけれど……。娘達が遺品を整理していたら手記が出てきてね。そこには陸に残してきた家族や友人達に対する思いであるとか、その人が守り通してきた――秘密であるとかが綴られていたの。結婚とは別に色々陸でのしがらみが過去にはあったのね」
カティアは真剣な面持ちになって言う。
「その人物は結婚をするために私達一族と誓いや約束を交わしたわ。それを――最期まで守ってくれたのなら、私達にも果たすべき義理があるように思うわ。故人に心残りがあったのなら……それらの事が今どうなっているのかを調べて、墓前に報告ぐらいはしてあげたいなって……そう思って私達は動いているの。私達は――祖先を祀るから」
なるほど、な。幾つか疑問もあるが――大筋では理解した。ネレイドの文化であるとかその人物の心残りであるとか……そういった事情が絡み合ってのものか。
だからこそ陸でしか調べられないこともあると、ヘルフリート王子も文献を当たっていた、というわけだ。