番外474 隠された秘密は
「気になる事は幾つかありますが……誓いや約束というのは僕達がお聞きしても大丈夫な内容なのでしょうか?」
「それは……一応みんなに聞いてからというのが良い、のかしら。私個人としては、グランティオスの一件を聞いたり、テオドールさんの評判を聞く限りは大丈夫かなって思うんだけれど」
俺の質問にカティアがやや申し訳なさそうに答え、ヘルフリート王子が小さく頷く。
ヘルフリート王子は何か知っている様子ではあるが、それはここで聞くよりは筋を通すべきなのだろう。
そもそもネレイド達との誓いや約束の内容は、主に結婚や文化に関する事だろうから、多分調べ物とは関わりのない部分だ。
まあ、お互いに結婚を視野に入れているのなら、ヘルフリート王子はそのへんの事を知らされているとは思うけれど。
「分かりました。今回の件に直接関係がないようなら、あまり気にしなくても大丈夫ですよ」
と答えると、カティアは首を横に振る。
「手伝ってくれるって言ってくれた人達に、あまりそうやって秘密を作るのはね。だから、それはみんなに聞いてみるわ」
「分かりました」
精霊を使いに出すというわけだな。ネレイド達にも矜持があるだろうし、そのあたりはあれこれ言うまい。
「二人の生活が平穏なものになるようにしたというのも、それに関わる事ですか?」
グレイスが尋ねると、カティアは少し表情を曇らせる。
「当時は海賊が南の海域で幅を利かせていてね。私達もなるべく人前には姿を現さないようにしていたの。そういった背景があったから、二人が静かに暮らしていくには、選択肢が少なかった、というのもあるわ」
「そういうのは……今でさえも、無い、とは言えないものね」
イルムヒルトが納得したというように眉根を寄せて頷く。
海賊か……。ネレイドが警戒するという事は、海賊は人魚達に対しても厄介な存在だったのだろう。
友好的な魔物に対する攻撃は月神殿や冒険者ギルドでは禁忌としているから、そうした行為が横行することはないし摘発もされるが、陰でそうした非合法の活動を行おうとする者はいる。
当時そうした海賊の勢いが強かったというのなら、確かに、慎重になって然るべきだろう。デメトリオ王から聞いた、他国の組織した偽装の海賊達とイコールであるかは不明だが、一応繋がりがあるかどうか調べるのも視野に入れておくか。
「僕が調べたところでもね。その人物は海賊に対して敵対的だったんじゃないかなって思う」
と、ヘルフリート王子が言う。
「と仰いますと?」
「彼は……何らかの形で船に乗る立場にあったのは間違いないみたいだ。但し、手記では陸での身元は隠していたみたいでね。具体的なところは言及していなかったのだけれど……どうも騎士や兵士のような公的な立場にあった人物なんじゃないかな。彼の持っていた短剣はグロウフォニカ王国の紋章が刻まれているようでね」
支給品、か? それだけでは決定的ではないが……繋がりのある手がかり、と見るのは間違ってはいないだろう。ネレイド達もそれでグロウフォニカ王国から情報を集めようと考えたわけだ。
「その人は――海賊と戦った事があるから追われる立場だとは私達一族には最初から言っていたわ。けれど、私達も応援する立場だから、その事自体は問題にならなくて。寧ろ最初から匿ってあげようって意見が多かったみたい」
カティアが言う。なるほどな。海賊はネレイドにとっても敵だ。ネレイド達は独立心が高い。積極的に争うわけではないが、そこで敵に遠慮して腰が引けるような種族でもないというわけだ。
「手記の中には、結婚にあたって、陸を捨てるという選択をあっさりと受け入れられたのは、それもあるからだって書いてあったわ。妻の事は勿論愛しているしそれが理由で結婚したわけでは無いが、その事でネレイド達が自分を誠実な人間だと思っているのなら、そこは申し訳ない。生涯、約束と誓いを守る事で信頼に応えたいって」
そう、か。理由が他にもあったから、引け目を感じていたわけだ。生涯貫き通したのなら、それは他に理由があったとしても、決意や信念に偽りなどなかったということだろうが。
「ん。その人は、名前も隠していた?」
「家名は、陸に捨ててきたって。本名は奥さんにだけ教えて、名前を改名してたわ。元の名前を知らなければ何かあってもネレイドに迷惑をかけなくて済むからって」
「……謎の多い人物ね。海賊に余程恨まれるような事をしたのかしら」
クラウディアが疑問を口にすると、カティアは少しの呼吸を置いてから言った。
「それが彼の秘密に関わってくることなの。どうも海賊の財宝か何かを奪って、どこかに隠したみたいでね」
ああ。それは……確かに追われもする、か。金銀財宝か。それとも海賊が頼みにしている魔道具じみた武器だとか……色々可能性は考えられるが。
「彼は迷惑をかけまいと秘密にしてくれたみたいだし、それがどんなものかは分からないけれど。今はもう海賊達もいなくなったし。可能なら遺族の事だけじゃなくて、隠したものも安全なんだって、墓前で報告してあげられたらって、そう思っているの」
なるほど……。海賊達の宝探しみたいなものまで話に絡んでくるとは思わなかったが。
「手がかりは短剣……かしら。支給された品か恩賞による下賜、或いは公的な立場の人間からの贈り物。逆に、拾い物や鹵獲品という可能性は、この場合は低そうね」
ローズマリーが少し思案しながら言う。
「うん。姉上の言うようにグロウフォニカ海軍所属の貴族に支給されたり、武官への恩賞や下賜用の品にもなっていた品のようで、今でもその伝統が残っているみたいだ。そこから年代を絞って、当時、そうした武官が海の事故で行方不明になったりしていないかとか、そういう方向から調べてみたんだ」
なるほど。それはかなりいい方向での調査なのではないだろうか。
「結果はどうだったのですかな?」
ソロンが尋ねる。
「一応はそれなりの収穫があったけれど、まだ絞れていない。過去の恩賞、下賜は記録に残っていたし、当時の海難事故、行方不明者も割り出せたからまとめて目録にしてある。ただ……グロウフォニカ王国で貴族に関する事ばかり調べている、というのも、あらぬ誤解を招きそうだったからね」
「それでタームウィルズに戻って調べ物の続きをしていたというわけね」
ステファニアが納得したように言うと、ヘルフリート王子も苦笑しながら頷いた。
「目録は――これだ」
と、応接室のテーブルにヘルフリート王子が人名リストを置く。名前と肩書き等々がしっかり項目ごとに纏めてあった。
記録上、所在が確認されている――つまり行方不明になっていない人物はそのように記載がされている。候補から除外しても大丈夫な者、というわけだ。
「名前の前に印がつけてあるのは、条件に合致する面々だね」
「ここまで絞れているなら……もう少し裏付けをとって、その家に実際に調べに行ってみるのがいいんじゃないかな? ホルンがいるから夢の中である程度立ち入ったことも聞けるし」
「血縁関係のあるネレイドさん達に、面影があるかどうか見てもらうというのもできますね」
アシュレイが明るい表情で言うと、マルレーンもこくこくと頷く。そうだな。それで分かってしまうのなら、夢の世界で尋ねる必要もない。
「となると、後は家々の所在を割り出して……観光で回るのに不自然のない順路を組み立てたり、でしょうか?」
グレイスが言う。そうだな。図書館でもう少し調べて、予定を組んで動くと言うのが良いだろう。




