番外470 海洋の王国
やがて航行する船舶の数も段々と増えてきて――。海の彼方に諸島からなる海洋王国グロウフォニカ王都が見えてくる。
グロウフォニカ王国の王都は、王国を構成する島々の中で最も大きな面積の島の北東にある。王国を構成する島々にとっての中心でもあり、隣国であるヴェルドガル、シルヴァトリアの二国を、海を挟んで望む位置だ。
洋上に浮かぶように海側に突き出たような街並みと港があり、陸地側の街の中心部に白亜の城がそびえる。海に浮かぶように見える巨大な城は壮麗な印象が強い。
特筆するべきは、沖合にある離島に向かって大きな石橋が伸びて、陸地の都と島を直接繋いでいる事、だろうか。島側も結構な大きさで、砦のような建物や街並みがあり……結構発展しているように見える。橋は王城と様式が統一されており、かなりの規模の建造物だ。
白い壁と赤茶の屋根で統一感のある街並みも――青い海原と併せて清潔さと明るさがあって綺麗なものだ。
「お城や橋が……また凄いですね」
それを見てグレイスが言う。そうだな。流石にセオレム程の規模ではないにしても、かなりのものだ。
「橋のかかった離島側も王都の一部ね。王城や島を繋ぐ橋の規模が大きいのは……かつてのグロウフォニカ王国の繁栄の名残といったところかしら」
と、ローズマリーが説明してくれる。
「あの橋は……魔法建築かな」
「グロウフォニカは王国お抱えの魔術師達を動員したらしいわね。結構な大工事だったと文献にはあったわね。かなりの年月を費やしたらしいわ」
「テオ君の場合は、魔法建築と言っても例外だからね」
ローズマリーの言葉を受けてアルバートがそう言うと、みんなも納得したように頷いている。
「まあ……安全性をセラフィナが感知できるから手早く仕上げられるところはあるね」
「んっふっふっ」
と、俺の言葉に腰に手を当てて胸を張るセラフィナである。そんなセラフィナを微笑ましそうに見やるグレイス達であるが。
構想や計画を含めればもう少し時間がかかっている……というのは、通常の魔法建築でも同じ事が言えるだろうから、主張するだけ藪蛇な気がするな。立体模型をこねくり回して……という、構想のための手法も魔法建築の教本とは違うやり方だし。
そんな話をしている間にもシリウス号は進んでいき、段々と甲板から見えるグロウフォニカの王都も近付いてくる。周囲を航行する船舶にも丁寧に甲板からお辞儀や挨拶をしたりしつつ、高度と速度を落として更に進む。
「まずは北側の港に向かってくれるかな。ヴェルドガル王国の公館は都の東側にあるけれど、東側の海岸線は岩礁が多くてね。だから東側の港は、小舟はともかく大型の船舶は利用しないんだ。北側の港が海の正面玄関的な扱いをされている」
ヘルフリート王子が説明してくれる。
なるほどな。橋で繋がれた離島も北側にある。有事の際は都市部外壁の代わりになったり、迎撃拠点としても機能するだろうか。橋を使って結界線を構築するのにも都合が良さそうだしな。
そんなわけで着水し、通常の船舶と同様に航行して北側の港へと回り込む。
ヴェルドガル旗、グロウフォニカ旗を掲揚して儀礼通りの手法を踏襲しつつ進んでいくと飛竜に乗って騎士がやってくるのが見えた。
飛竜の装具もそうだが騎士達も礼服を纏って害意が無いと言うのを示すと共に歓迎の意向を伝えてきているようだ。こちらが飛行船で向かうと言ったから、迎えも竜騎士達で、ということになったのだろう。
そうして飛竜の背から敬礼してくる騎士達である。面識のある騎士達だと、ヘルフリート王子が教えてくれる。
「ああ。よければこちらへどうぞ。飛びながらでは落ち着かないと思いますので」
甲板に降りても構わないと誘導する。飛竜達が降下。甲板に着地。その背から降り立ったグロウフォニカの騎士達が丁寧に挨拶をしてきた。
「遠路遥々ようこそおいで下さいました」
「お話は伺っております。お迎えにあがりました」
「ありがとうございます」
挨拶を交わしてから自己紹介する騎士達。こちらも自己紹介して応じる。
ヘルフリート王子は元々知己があるので、まず観光として訪れたアルバートとオフィーリアから自己紹介し、続いて俺達も、という流れになる。
「テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアと申します」
「お噂はかねがね耳にしております! 武人の端くれとして、尊敬しております」
「お会いできて光栄です……!」
と、俺が自己紹介をすると、そんな反応が返ってきた。何やら俺に対しては騎士達の方が畏まってしまっているような印象だ。
んー。グロウフォニカ王国はゼヴィオンから大きな被害を受けたりもしているし、そのあたりの経緯もあってこうした反応になるのかも知れないな。
飛行船、しかも軍船で向かうと言うと、やはり訪問先も構えてしまうところはあるが……第3王子、第4王子の護衛であるから大袈裟とは言えない上に、俺自身もグロウフォニカ王国の侯爵家の縁戚であるからな。この好印象ぶりから判断すると、そういうところで信用されて許可された、という面もあるだろう。
ともあれ、ヘルフリート王子の知己であることもそうだが、ヴェルドガル王国に対して好意的な人材を迎えとして選んでくれたようで。このへん、グロウフォニカ王国がこちらに気を遣ってくれているのが窺える。
そうして騎士達の案内と誘導を受けて、港にシリウス号を停泊させる。
岩礁や喫水線の問題はシリウス号に限っては関係がないので、後でヴェルドガル公館側に移動させても大丈夫か聞いてみるとしよう。
公館で待っているネレイドもいきなり飛行船がやってきたら驚くだろうし、話を通してからの方が良いだろうしな。
「それじゃあ、ちょっとの間だけど、留守番はよろしく」
タラップを降りて、甲板から顔を覗かせている面々に言うと、任せて欲しいというようににやりと笑って頷くアルファ達である。
「いやはや。様々な使い魔をお連れしているとは聞いておりましたが、頼もしいものですな」
「そうですね。賢くて腕も立ちますので」
騎士達とそんな会話を交わす。使い魔とは違う面々も多いが、詳しく説明するとややこしいし、この場ではそうする必要もあるまい。
というわけで船の留守は動物組と魔法生物組に任せ、迎えの馬車に乗ってグロウフォニカの王城へと向かう。
街の様子はと言えば――港町らしく活気のあるものだった。
国力が衰えたとは言うが、馬車から見える範囲内では平和そうだし、開放的で明るい雰囲気だ。
「ヴェルドガル王国の飛行船がやって来たらしいぞ。あんた、見たかい?」
「ああ。東の空に見えてたな」
「まさか本当に船が空を飛ぶなんてねえ……」
「王族と、フォレスタニア公がいらっしゃったという話ですよ」
と、街角の話題としてはどうしても俺達の話になってしまうようで。
グロウフォニカ王国の最近に関しての話題は聞けなかった。とはいえ、こうした会話も街角で憚ることもなく気軽にかわしている雰囲気を見ると、善政が敷かれているのが窺えるかな。
俺達を乗せた馬車は大通りを進み、街の中心部にある王城へと入っていく。
城門を潜り石造りの建物の中に入ったところで馬車が止まる。みんなで馬車から降りると騎士達は女官に通達をして「では我々はこれで」「また後程」と、案内を女官に引き継ぐ。俺達はそのまま貴賓室らしき部屋へと案内される事となった。
「お待たせしてしまう形になってしまい、申し訳ありません」
「到着日時について詳細をお伝えできなかったので、そのあたりは詮方ないことかと」
女官の言葉にアルバートが応じる。
向こうが用意してくれたお茶と菓子を頂きながらしばらく待っていると、再び女官が連絡にやってくる。
「お待たせ致しました。国王陛下は早めに公式に歓迎の席を設けるとのことですが、初対面は謁見の間で顔を合わせるような堅苦しいものにはしたくないと、庭園にてお会いしたいとの御意向です」
なるほど。ではグロウフォニカ王国でのあれこれの行動は、国王と庭園で話をしてから、ということになるか。