番外469 シリウス号と客船と
操船席の水晶球に向かって練り上げた魔力を送り込み、シリウス号にもたっぷりと魔力を供給する。眠る前に十分な量の魔力補給を、というわけだ。
暫くそれを続けて、十分に魔力を送ったところで一息つく。
「それじゃ、後の事は任せても大丈夫かな? 速度、航路はこのまま維持。方向が違っているとか、その他予想外の事態の場合は起こしてもらって構わない。まあ、ティアーズ達も監視してくれてるけど、通常の航路から外れた位置だし、魔力溜まりがあるわけでもないから、何も起こらずに退屈かも知れないね」
そう尋ねるとアルファが頷く。
設定した航路通りに進んでいく形なので……トラブルがなければそのあたりが変わることもないが、多少のズレが起きたとしてもアルファは身体能力と共に五感も優れているからな。星球儀を見れば現在位置も一目瞭然だし、ここは任せておいて大丈夫だろう。
まあ、それはそれとして。何やらアルファはラヴィーネ、ベリウスと並んで座って尻尾をぱたぱたとさせていたりするが。
「一緒にのんびりしているから大丈夫、とラヴィーネが言っていますよ」
と、アシュレイがにっこり笑って教えてくれた。
まあ……ラヴィーネ達に関して言うなら、それぞれ種族も違うし各々一匹狼的な性格ではあるのだが、親近感的な部分や仲間として実力を認めあっているようなところもあるようだしな。ともあれ、一緒にいる事で退屈しないのであれば結構なことだ。
「ん。それじゃあ、おやすみ」
そう声をかけて艦橋に残るみんなに手を振ると、ティアーズ達もマニピュレーターを振って見送ってくれるのであった。
そうして一夜が明ける。まず艦橋のカドケウスと五感リンクを行い、星球儀でシリウス号の場所を確認。航行の速度と時間、方向共に計算通りの位置にいることが分かる。
操船席に移動したカドケウスから、猫の姿で片手を上げる形でアルファにお礼というか合図を送ると、にやりとした笑みを向けてくる。特に問題等々も起こらなかったようだな。
「航行は順調みたいだ。今は通常の船舶の航路から外れた位置だけど、朝食を食べてから少しすれば、他の船も見かけるようになるんじゃないかな」
「いよいよグロウフォニカね」
と、イルムヒルトが微笑みながらうんうんと頷いていた。マルレーンもにこにこと嬉しそうだ。
というわけで……みんなで朝食の用意を進める。パン、オニオンスープ、目玉焼きとベーコン、チーズにサラダにヨーグルトといった内容の朝食だ。
船内食且つ朝食なので、それほど手は込んでいないが、ジャムだとかベーコンなどは自家製だ。グレイスお手製なのでこれが実に美味しかったりする。
行先が海洋国家ということで、魚介類を口にする事が多くなるだろうからそれ以外のものも手軽に食べられるようにという方向で食料品を積んできている。
食料品の内訳はみんなと相談して決めたが、シーラとしてはやはり毎食魚介類が良いのだろうかと思って聞いてみると「ん。間に溜めがあってこそ美味しく頂ける」と、拳をぐっと握ってどこか遠いところを見ながらそんなような事を言っていた。
そうしてトレイに配膳していき、みんなも揃ったところで朝食となる。
「旅先で移動中に新鮮な物が食べられる環境というのは……素晴らしいですわね」
「この辺はシリウス号ならではだよね。いやあ、役得だな」
と、オフィーリアの言葉にオニオンスープを口にしてほっと息をつき、朗らかに笑うアルバートである。
「ベーコンはグレイス様のお手製と聞きましたが……これは美味しいですね」
「ありがとうございます。リサ様に教えてもらった方法で……リサ様は冒険者時代に覚えたそうですよ」
エレナが言うと、グレイスも微笑んで答える。
「ああ。母さんは――燻すのにどの木材を使うと良いとか、燻す時間はどのぐらいで、とか。色々楽しそうに俺やグレイスに教えてくれた記憶があるな」
うん。ベーコンは塩加減と燻製独特のスモークの香りが絶妙で……いい出来である。
「なるほど。リサ様から受け継がれた味なのね。そう思うと感慨深いわ」
ステファニアもじっくり賞味している様子だ。
「今度、みんなで料理を作って情報交換してみるなんて場を設けても良いかも知れないわね」
「料理そのものが目的の場というのは……確かに面白そうね。カルセドネとシトリアも、どうかしら?」
クラウディアが目を閉じ、微笑んで言う。ローズマリーも頷いてカルセドネ達に尋ねる。
「うん。楽しそう」
「頑張って覚えるね」
と、二人そろって乗り気な様子だ。二人には……家事関係もしっかり教えてやりたいところだな。戦いから離れた日常生活の根幹とも言えるし。
そんな話題で女性陣は盛り上がったりしつつ、和やかに朝食の席は過ぎていった。朝食が終わったら茶を飲みながら魔法生物達に魔力補給をしていく。ティアーズ達を肩や膝の上に乗せたりして……さながら充電スポットのような感じであるが。
そうして暫く進んでいくと、やがて遠くの洋上に他の船舶も見えてくる。
「混乱を避けるって言うのなら、挨拶もしていった方がいいかも知れないね」
と、アルバートが言う。
「んー、そうだね。高度を下げて、声をかけるなり手を振るなりしてから進む、ぐらいはした方が良いのかな」
国旗も掲揚しているのでヴェルドガルの船だと分かりはするだろうが、挨拶の有無で印象も変わってくるだろう。人伝にそういった評判や風聞というのは広まるものだしな。
「そういう事なら僕が行こう。留学先だし、顔を知っている相手もいるかも知れないからね」
ヘルフリート王子がそう言って、自身の胸のあたりに手をやって微笑む。
「でしたら兄上、僕も一緒に。新婚旅行としてというのは名目上の物というわけではありませんから」
「わたくしも参りますわ」
アルバートの言葉を受けてオフィーリアも立ち上がる。
「それなら、護衛役としては同行しないわけにいかないな。みんなでのんびりと、甲板で風景でも楽しみながら行こうか」
そう言うとみんなも頷くのであった。
「――何事かと最初は驚きました。噂に聞くヴェルドガル王国の飛行船ですかい」
甲板で目を瞬かせながら船長が言った。
挨拶の為に高度を落とし、航路上に割合接近する事になった大型船舶に会釈したり手を振ったりしていたのだが、船員に呼ばれて船長が出てきて挨拶を返してきたので、風魔法を使って言葉を交わしている、というわけだ。
少し距離があるので「誰が発言者なのか分かりやすくするために、身振り手振りをやや大げさにします」と言ってから挨拶をすると、向こうも心得たと言った調子で、船長は全身で驚きを露わにして応じてくれた。
「飛行船は――正確には、シルヴァトリア王国との共同開発ですね。今回は第4王子アルバート殿下の新婚旅行の護衛や、第3王子ヘルフリート殿下が留学先に戻るための送迎としてグロウフォニカ王国に参った次第です」
「おお! それはまた。おめでとうございます!」
と、船長が帽子を取ってお辞儀をすると、船員達もそれに倣う。どうやら客船のようで、甲板や船室の窓等から乗客が顔を出して目を瞬かせていた。
先程の話も聞こえたようで笑顔で拍手をしたりと、歓迎や祝福の意を示したりもしてくれているようだ。アルバートとオフィーリアが返答するように優雅に一礼して「ありがとうございます」と返す。
「お引止めしてしまったのは、飛行船での訪問に際して混乱を呼ばないようにしてほしいと通達があったからですね。こうして近くを通りかかった船には挨拶をしておけば印象も変わるだろうと思いまして」
「なるほど。いや、思いがけないところで素晴らしいものを見せて頂きました。きっと船員や乗客達も喜んでいるでしょう」
「ありがとうございます。では――良い旅を」
「こちらこそ。良い旅を」
と、互いに挨拶を交わして、シリウス号はグロウフォニカ王都を目指して先に進む。
そろそろ――水平線の向こうに王都が見えてきてもおかしくない頃合いだろうか。




