番外466 海底都市の一夜
「光る珊瑚を付着させて育てている石なども、海の者に対しては土産として適しているのだが……地上でとなるとやや難しいな」
と、エルドレーネ女王が言う。なるほど。海なら石ごと持ち帰ってもらってインテリアになるし照明替わりに使えるからな。
「綺麗で素敵ですが、確かに地上でとなると大変そうですわね」
「普通は環境を作るのは難しいかも知れないね」
オフィーリアとアルバートはそう言うも、興味がありそうな様子だ。
地上で、となるとアクアリウムのような環境整備が必要か。水質、水温の管理等々……魔道具があれば何とかなるとは思うが。
「適切な濃度の海水の入った水槽に入れて、適度な水温と……後は食事かな?」
「珊瑚は……何を食べているのかしら?」
俺の言葉に、イルムヒルトが首を傾げる。
「珊瑚はこう見えて植物じゃなくて小さな動物の集まりだからね。海を漂う……もっと微小な生物が必要かも知れない」
「海を漂う小さな生き物達、か。海の民には幼少期にそういうものを食べて成長する種族がいるから、彼らから話には聞いているが……なるほどな」
エルドレーネ女王は納得したように頷く。微生物――プランクトンについても海の民には既知のようだ。
グランティオス王国が多様な種族を抱えている国だからこそこうした情報も知られているのだろう。してみると、珊瑚が卵を放出する等の知識も、そういったところから齎された情報なのかも知れない。
みんなにも分かりやすく説明するために光魔法を駆使して拡大し、そこいらの海洋微生物をみんなの目にも見えるようにする。
「おお。これは面白い」
ちょこまかと動くものからただ波間に揺られるだけのものまで。多種多様なプランクトン達をみんなは興味深そうに見やる。普段見慣れない生き物だけに、コルリスなどは首を傾げたりしているが。
「そこまで詳しくはないので半端な知識ではありますが……大きなもので砂粒程度、小さいものは肉眼では見えませんね。植物と動物、菌に近いもの等々。小魚からクジラまで、こうした微生物を食べて生活している種はかなり多いらしいですよ。反面、海の栄養が豊富過ぎると増えすぎて赤潮などを引き起こします」
青潮の方はプランクトンの死骸によって硫化水素などのガスが発生するのが原因、だったかな?
そうした説明をすると、エルドレーネ女王やロヴィーサ達も感心したように頷く。
「赤潮や青潮は――水守としてあれらに対処する立場にあるからな。起こってから対処して海を清浄にするのは務めであるが……原因や過程が分かるのならば、もう少し根本的な対策も取れよう」
なるほど。海の民にとってはそれこそ生活環境に直結した話だからな。
「いやはや。諸々の話は実に興味深いですな。赤潮、青潮は領民の漁に関わる問題でもあります」
と、ドリスコル公爵も言う。思いがけず自然科学的な話から災害対策に繋がるような話になってしまったが。
そうした海の浄化に助力が必要なら研究を進めてみるのは悪い話ではあるまい。
海洋研究の一環として海の生物に理解を深めるのは良い事だと、話は珊瑚のところまで戻って来る。
「さっきの話を前提にするなら……水槽の水を定期的に海のものと入れ替えたりすればいいのかな?」
ヘルフリート王子が首を傾げる。
「ふむ。この光珊瑚については我らにとっても大事な資源故に、多少は研究が進んでいてな」
「こうした微小な生き物から隔離しても育てられるという結論は出ています。魔力を取り込んで活動しているようで、実際私達から魔力を送ってやっても良く育ちます」
ロヴィーサが教えてくれた。
なるほど。魔力を取り込んで活力に変えているということで……人畜無害だが、魔物に区分されるというわけだ。魔石抽出の術で魔石の生成が可能なら間違いはないが……まあ、検証できても珊瑚を台無しにしてしまっては風情がないので止めておこう。
「実際、水槽で育ててみるというのは面白そうな話ではありますね」
「ふむ。では、土産という事にして見るか」
というわけで何種類かの光珊瑚を貰っていくということになった。自然科学的に観察する側面もあるが、魚と一緒に育ててアクアリウムを作ってみるというのは楽しそうだ。
「この色と形の珊瑚ですから……こういった並びで配置したら見栄えが良さそうですね」
「では、その隣でこの珊瑚を育てると、もっと良くなるのではないか?」
「ああ、良いですね」
実際に珊瑚を育てた後の見栄えも考えての組み合わせを女性陣が色々考えたりもしている。この辺、エルドレーネ女王やロヴィーサの目利きは間違いなさそうだな。
そうした美感的な方面は彼女達に任せて、この近辺と同じ水温等々の環境をウィズに記憶してもらっておこう。後は容器に入れて、旅行中は魔法をかけておけば適温に保った海水中に入れておくなどできるだろう。
そうして海藻畑や光珊瑚の群生地を見たりしてからグランティオスの宮殿に戻る。地上の客を迎えるために風呂なども用意されていたりして。
それに関してはエルドレーネ女王から説明があった。
「海底で風呂というと変に聞こえるかも知れぬが、地上の者は海水が乾いた後を苦手とする者が多いようなのでな。魔法が使えればそれも解決できるが、誰しもがというわけではないし、歓待という意味では必要なものと考えている」
というわけだ。水中呼吸などを使って海中でずっと過ごすのなら確かに気にならないだろうが、居住空間の水抜きをしてある以上はそうなるか。
海水でべたつくだとか服の処理は確かに生活魔法で対処できるが……グランティオスからの歓待の気持ちであるし、有り難く湯を頂戴するとしよう。
「それに――風呂があれば我らとしても湯に浸かるのは心地良いしな」
と、エルドレーネ女王はそんな風に笑って付け足したりもしていた。ティールがわかる、と言うようにくいくいと首を縦に動かしたりしているが。
「そういう事でしたら、エルドレーネ陛下達もご一緒に、というのは如何ですか?」
「おお。それは良いな。では女性陣皆で楽しくと行くか」
グレイスの言葉にエルドレーネ女王は嬉しそうに応じる。うん。男女別の大浴場であるから、入浴も賑やかなものになりそうだ。
「それでは後で、アル」
「うん。また後でね」
と、オフィーリアとアルバートが笑顔で小さく手を振って。
「じゃあ、行ってくる」
「ええ。私達もまた後で、かしらね」
微笑むクラウディア。俺達も言葉を交わし、各々風呂へと向かう。
カルセドネとシトリアもヴァネッサやシオン達と背中の流し合いをしようなどと約束をしながら遠ざかっていく姿は、中々楽しそうな様子であった。
「――ああ。良いお湯でした」
と、顔を紅潮させて大浴場から客室に戻ってきたアシュレイが言う。みんなほんのり湯気が立っていて楽しげな様子だ。
「おかえり。こっちも良い湯だったよ」
宮殿の海底風呂は広々としていて装飾も細かく、良い湯加減だった。動物組も一緒に海水を洗い流したりして風呂から出たら生活魔法で水気を飛ばして、といった具合だ。
動物組と魔法生物組は、別の部屋に泊まっている。
そうしたところで、各々寝室に案内した後は、もう呼ばれない限りグランティオス側の使用人達は顔を出さないから、身内でゆっくり過ごしてもらえたら、と女官から通達があった。
あー……。そのあたりは何というか。夫婦水入らずで過ごして欲しいという気遣いでもあるのだろう。
「まあ、その……新婚旅行でもあるものね」
と、そこに込められた意味合いを理解して、ステファニアが咳払いをしていた。
ローズマリーは風呂上がりの頬を更に少し紅潮させて、暑そうに羽扇で顔を仰いだりもしていたが。
まあ……その、何と言うか。こちらとしても色々意識してしまう部分はあるな……。俺の頬も熱くなるのを自覚してしまうというか。
そんな風にして、宮殿での一夜は過ぎていくのであった。