番外465 海の都と珊瑚の森と
「ん。大満足」
と、魚料理を満喫したシーラはそんな風に人心地をついていた。
そんなわけで腹も満たされ、演奏や演武も見て楽しませて貰った所で、のんびり遊覧に出かけようということになった。
宮殿の一角にヒッポカムポスの厩舎があって、馬牽き船もグランティオスの保有するものが厩舎の横に安置されている。
というわけで、地上の民としてはあまり見たことのない珍しいもの、ということでヒッポカムポスに装具を装着するところから見せてもらう。
馬牽き船は馬車や竜籠同様、用途に応じて何種類かあるそうで。
例えば運搬用の物なら密閉型になっていて船というよりはコンテナだし、重要人物を乗せるのなら道中が快適なように船室が備わっているものもある。
俺達が今回乗るのは大型、且つ屋根などの覆いがないタイプだ。周囲が見えるので海底の遊覧に向いている、と思う。
少し驚いたのは、ヒッポカムポスの装具と繋いだ船体が薄らと魔力を纏い、姿勢を制御されたように地面――海底と水平の位置に浮かんだことだ。
「これは――紋様魔術でしょうか?」
「うむ。馬牽き船は地上の船を参考に作られているが、見た目ほど単純な作りではなくてな。どの方向に牽かれても、ある程度以上に姿勢を崩さないよう、マーメイド達が祈りを込めつつ魔法の紋様を船体に描くのだな」
なるほどな。ヒッポカムポスが浮上しても沈降しても、船体の姿勢は保たれるというわけだ。船体に紋様が描かれているが、そういうデザインと言われたら納得できるような品の良いもので、かなり洗練されているのが分かる。
「地上の船の形状を模倣しているのは、そうした祈りの念を込めやすいから、でしょうか? 呪術にも形状に意味を持たせて効力を上げる、という手法がありますから」
と、実際の馬牽き船の形状を見たエレナが言う。
確かに。海中で使うなら必ずしも船の形を模している必要はないが、そうした寓意により術の効力を増強する、という面では意味があるだろう。
「そうさな。海の民も陸の民も、出て行った船の無事を祈るのは同じ。そうした皆の願いや想いの積み重ねによって、船の形をしていることで転覆しないようにするための術が効力を発揮しやすくなる、と言われている」
エルドレーネ女王が説明してくれる。
「何かしら応用の利きそうな話ね」
「かもね。参考になりそうな気もする」
感心したように言うローズマリーに答える。
そんな話をしている間に装具も装着し終わって、馬牽き船の準備もできたようだ。護衛としてウェルテスやエッケルスといった武官達もヒッポカムポスに跨り、遊覧中の警備をしてくれるようだ。
船頭役と言うべきか御者役と言うべきかは分からないが、ともかく、船の制御はセイレーンが担当するらしい。
みんなで馬牽き船に乗り込むと、ちょっとした浮遊感と共に安心感のようなものがあった。精霊達の加護に近い波長の魔力が船体全体を覆っていて、乗り込んだ者も守ろうとしているからだろう。
「では、参ろうか」
エルドレーネ女王の言葉と共に、御者がヒッポカムポスの手綱を操って。
そうして力強く船が牽かれてゆっくりと高度を上げて、都の街並みを眼下に進む。
上から見ると都の明かりが煌めいていて……珊瑚の色とりどりの輝きを受けて魚群の影が通り過ぎて行ったり、また何とも綺麗だ。
船は術のせいなのか安定していて、確かにドリスコル公爵の言った通り乗り心地も良いな。船首のセイレーンが歌声を響かせると、小魚もこちらに対して無警戒になって、周囲を通り過ぎて行った。呪歌によるものだろうが、中々に楽しいものがある。
身体が大きくて船には乗れない動物組の一部面々は泳いでついてくる形だが、速度は出していないので問題はないようだ。リンドブルムやコルリスはゆったりと馬牽き船に並走しているが、ティールは嬉しそうに声を上げながら高速で行ったり来たりと、全力で海を満喫している様子である。
街の住民が俺達を見つけて手を振ってきて、動物組と共に手を振り返したり……セイレーンの楽しそうな歌声を聴きながら和やかに進んでいく。
「都の近くに良い場所があってな」
「それは楽しみです」
エルドレーネ女王のお勧めスポットがあるようなのでそこへ向かうということになった。
都の近場では食用の海藻を栽培している畑があったりと、地上の民としては色々見ていて面白いものが多いのだ。
都から少し離れて――ちょっとした岩陰に進んでいく。回り込むように進んで、それが視界に入ると、おお……。というみんなの声が漏れる。
それは、色とりどりの光溢れる場所で――。
「これは凄いな――」
「綺麗……ですわね」
アルバートの呟きに、寄り添うオフィーリアが答える。
「確かに、これは。どこかに野生種もあるのかなって思ってたけど」
「実際目の当たりにしてみると凄いと言いますか……」
「本当、綺麗ですね……」
俺の言葉を受けてグレイスとアシュレイが呟き、マルレーンも目を丸くしてこくこくと頷いていた。
そこは様々な種類の、光る珊瑚が群生していて――光が目暗ましになって身を隠す場所も豊富だからか、小魚もかなり多い。カラフルな小魚やイソギンチャク、海藻やらも光に照らされて……より色鮮やかに映える。
「環境魔力も清浄ね。いや、だからこそこういう場所になるのかしら」
クラウディアが首を傾げる。
「ここは陽の魔力溜まりとでも言うべき場所でな。魔力を取り込んで成長する光珊瑚が群生し、小さな生き物達も集まってくる」
「東国で言うところの霊場かしら」
ステファニアが言う。
そうだな。位置付け的には近いと思う。タームウィルズの近隣にあった花妖精達の花畑も迷宮の影響ではあるがそれに近い。
周囲を見やると、人工的なブロックも幾つか積まれていて。
「ここに建材を置いて珊瑚の卵を移し、根付いたら他の場所に移す、というわけです。珊瑚を食害する魚やヒトデが居着かないように多少の管理もしています」
ロヴィーサがそんな風に説明してくれる。なるほどな……。半分天然ではあるがこれも珊瑚畑みたいなものだろうか。
「産卵の時期を見極め、卵の誘導を水守の術やセイレーンの呪曲で行う。それによってある程度建材として使いやすく、照明としての色合いや形を選んだりもできるわけだな」
「海の民の暮らしや文化に関するお話は面白いですね」
「ふっふ。そう言ってもらえると嬉しいものだな」
船から光珊瑚の群生地を見て回って。岩場に陣取ってセイレーンの歌声を聴きながらのんびりと見物といった具合だ。
イルムヒルトもセイレーンの曲を知っているから、即興で竪琴を引いて楽しそうにセッションなどもしていた。
「我らとの戦いの折に、この近辺に影響が出なくて良かったと思う」
と、エッケルスがそんな風に呟く。
「都から少し離れてるからね。その後はどう?」
エッケルスに尋ねてみると、大丈夫、というように静かに笑って応じてくれた。
「女王陛下やグランティオス王国の皆には、部族の皆も良くしてもらっていますよ。強面の者が多いので子供に怖がられたりという場面も時にはありますが……諸々含めて部族の皆も納得し、グランティオス王国の一員として、しっかりとした信頼を構築していけるようにと頑張っているよう感じます」
なるほどな。あの時エッケルスと戦ったシオンもその言葉に安心したのか笑顔になっていた。
エッケルスは実直な武人という性格だけに、こうした場面で方便は言わないだろうし、相手が顔見知りである俺達とはいえ、護衛や演武にエッケルスに来て貰うあたり、エルドレーネ女王からも信頼すればこそだ。そのあたりの言葉は事実なのだろう。
グランティオス王国は、色んな種族を内包して助け合って発展してきたからな。お互いこのまま、良い関係を築いていって欲しいものだ。




