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番外464 地上との交流を

 海の都の宮殿の一部区画は、水守の術によって海水が除かれていて、俺達を歓待する準備が進められていた。

 宴会会場は厨房や中庭と隣接しており、中庭で催し物を見せつつも海の民が日常食べている料理だけではなく、地上の料理も宴会で出せるようにしてあるらしい。


 その分、食事の用意は人化の術を使ったり、人化の術を使えないものは海水を半身に纏って、海水を操って共に空中を泳ぐように移動して、空気のある区画でも自由に行動できるようにするというわけだ。


 中庭側は水抜きがされていないので、広間を境界にして水の壁が作られているというような状態だ。これは水のある場所で自由に催し物ができるようにということだろう。

 この区画からの水抜きは結界魔法に近いもので、一度展開させれば維持する事自体はそこまで難しくもないようだ。


「地上の民が海底で暮らした事例も今までに幾つかあるのですよね。こうした水抜きの魔法等は、そういった経験から開発されたものですか?」


 と、俺から尋ねてみる。ヘルフリート王子から聞くのはエルドレーネ女王が事情を察してしまう可能性もあるからな。その点俺からなら割と気楽に質問できる。


「うむ。こうやって空気のある場を作るという術も、過去の経験を活かして作ったものだ。魔法が切れるか否かを気にしながらでは生活ができぬから、地上の者が海で暮らす場合は、その者の暮らす家ごと結界を張ったりするのだな。地上の民と海の民が恋に落ち、一生を添い遂げたという記録もあるが、こうした術があるからこそ。大掛かりにせず、互いに負担が小さくとも済むよう、幾つかの手はあるということだな」


 と、エルドレーネ女王はそこまで言ってから更に付け足す。


「だが今の情勢なら……地上の者達の理解や交流も進んでおるしな。浅瀬や島で海上に家を作って生活するというのが、一番お互い暮らしやすいのかも知れん」


 海上を生活拠点にすればお互いにとって暮らしやすい環境というわけだ。情勢については――ヴェルドガル王国とグランティオス王国が同盟を組んで、互いの民を保護し合っているからということだろう。


「例えば――月光島近隣なら、そういった集落を作るのも面白いかも知れませんね」

「確かにそれは面白い試みですな。その場合は海の満ち引きや……高波や嵐への対策も必要になるでしょうか」


 ドリスコル公爵が俺の意見に賛同してくれる。海上に家を作って、どちらにも暮らしやすい家を作れば比較的ローコストで暮らせるだろうからな。

 例えば食事の用意にしてもそうだ。

 地上の料理を作るために火を使ったり煮炊きをしたりとなると、後始末に水の浄化が必要となる。毎回それでは高コストになるので、海で暮らす場合は海の民の様式に合わせなければ難しい部分もある、らしい。


「食事にしても、火を通さずとも地上の民が安全に食べられるようにするには一度凍結させてからという工程が必要だったりしますが……この場合、水の浄化をする必要が無くなりますから、その方が手間もかかりません。保存も利くので一石二鳥ですから」


 コストと食事の話題を振ると、ロヴィーサがそんな風に答える。


「ああ、寄生――小さな虫の対策ですか」

「はい。好みの問題は……慣れてもらうしかない気がしますが」


 俺が尋ねるとロヴィーサはそう言って首肯する。

 生食、というよりは刺身が基本になるのだろうが、寄生虫に関してはしっかり海の民側でも認識しているようだ。海で暮らした地上の面々は漁師や船乗り、魔術師という顔ぶれが主らしいので、そうした面々との知識の共有もあったりしたのだろうな。


「折角なら――皆さんがそうして普段食べている物を食べてみたい気もしますね」


 ヘルフリート王子が興味深そうに言う。


「でしたら、お醤油と併せてというのは如何でしょうか? 以前お刺身と併せて食べた時に美味しかったのでお譲りしてもらったものがあるのです」

「ふふ。テオドールの作った調味料は絶品なのでな。今回の宴席でも使わせてもらっている」


 エルドレーネ女王が笑う。

 海の都でも材料の調達と設備を整えれば作れるか。調味料と言えば魚醤もあるし、それなら豆も必要ないしな。まあ、需要が多いようなら普及のために製法ごと広めていきたいところではあるが。


 と、そんな話をしていると香ばしい匂いが漂ってくる。醤油を垂らして焼いたサザエの香りだ。今回の料理は地上の料理もということでしっかり火も使って煮炊き等もしているようだからな。諸々楽しませてもらうとしよう。




「んー……。美味」


 と、焼き魚を口に運んで目を閉じて咀嚼し、しみじみとした声を漏らすシーラ。


「本当。美味しいわね」


 シーラの反応ににこにこと微笑むイルムヒルトである。

 魚介をふんだんに使ったスープ。貝やウニ、海老やイカの網焼き。焼き魚、焼きイカに刺身――。魚介類尽くしなのでシーラの耳と尻尾は終始反応しっぱなしであるが、それだけグランティオスは地上の料理を研究しているということなのだろう。


 焼きイカの食感と、香ばしい醤油の風味……。ああ。これは美味いな。

 素朴なものから手が込んだものまで、どれもこれも美味だ。醤油を取り入れるのも地上の料理研究の一環なんだろうな。よく研究されている印象で、ドリスコル公爵も目を閉じて、しっかりと味わっては頷いていた。

 サラダも海藻が山盛りで、海ブドウを酢で和えたものが饗されたりして、ぷちぷちとした独特の食感がまたなんとも言えない。


「これは――美味しいな」


 と、醤油をつけた刺身を口に運んで目を丸くするヘルフリート王子である。

 仮にヘルフリート王子が将来海側で暮らすなら、という前提になるが、刺身に抵抗がないなら食事も比較的ローコストで済むだろう。

 グランティオス王国との面々なら月光島という交流の場所もあるし、互いの理解も進んでいるが、ネレイドの考え方は今のところ分からないので、色々な方向で対応できるように想定しておいた方がいいしな。


「お魚おいしいね」

「うんっ。おいしい」


 と、カルセドネとシトリアも仲良く並んで満足そうな様子だ。

 そうして食事が進んでいくと……セイレーン達も中庭を優雅に泳ぎながら竪琴を奏で、澄んだ歌声を響かせる。ひらひらとした淡い色の衣装は優雅な魚の動きを思わせるものだ。


 立体的に歌声を重ねて合唱を行うセイレーン達の技巧は相変わらず見事なもので……呪歌、呪曲でもないのに澄んだ歌声が右から左へと動いていったりするような立体音響を楽しませてくれる。この辺のテクニックは境界劇場でも参考にさせてもらっているが、やはり、セイレーン達は流石だな。


 そうした優雅な雰囲気の演奏ばかりではなく、セイレーン達の楽曲が段々と激しいものとなり、それに合わせて武官達が演武をしたりといった余興も見せてくれる。

 演奏にしても演武にしても、グランティオスならではの歓待だと言えよう。


 凄まじい速度で水の中を突き進んで音楽に合わせるように槍の穂先をぶつけ合う。力強さや技巧を感じさせるものであるが、グランティオスの武官達の武芸は地上のそれとは違う部分がいくつも見られて、俺としては中々に興味深い。


 立体機動を前提とした戦闘法は空中戦にも応用が利くものなので、グランティオス王国との武術交流というのも面白いかも知れないな。


「食事の後は皆で馬牽き船に乗って、海の都や周辺の遊覧というのはどうかな?」


 そうして演奏や演武が一段落したタイミングを見計らって、エルドレーネ女王が提案してくる。


「良いですね。みんなで出かけましょうか」


 久しぶりのグランティオス王国だしな。海の民への理解を深めるという意味でも、色々と楽しませてもらおう。

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