115 簒奪者の剣
ロイがキャストイーターをぶら下げたまま、親兄弟達を睥睨する。
それを誰かに解放するより先に、シールドを展開して目の前に立ち塞がる。
「どういう絡繰りか知らんが――魔法が使えるらしいな。俺の駒共が潰されるわけだ」
ロイは苛立たしげに舌打ちする。普通は魔法が使えないこの状況下である。自分が手を下すのは忍びないから邪教徒の手にかかれば、などと先程は言っていたが――単身で実力行使に及んでも目的を遂げられると思っているわけだ。
こいつは……どうにか俺を突破して後ろの王族達に切りかかりたいのだろうが。それは叶わない。やらせない。
一旦距離を取って俺が腕を横に振るえば氷の壁が生まれて食堂を分断する。シールドの魔道具やらを持ってアルバートも控えている。カドケウスもいる。
……大魔法で有無を言わせず粉砕……というわけにはいかない。こいつにはマルレーンの声を封印した物品の在処を吐かせる必要があるからだ。だが――ただでは済ませない。
真正面からロイに突っ込んでいく。ロイも俺の一撃を正面から受け止めた。竜杖と魔剣がぶつかり合い、鍔迫り合いのスパーク光が閃く。
妙な感覚があった。刀身に――ウロボロスに纏わせた魔力が吸い取られているような。俺の身体からも吸い上げられている、か? ……不快な感覚だ。
魔剣の効果。だが、こちらの攻撃の破壊力を減衰させる程度で、無効化するまでは至らない。
「――魔術師が――この距離で、何故立っていられる?」
ロイが眉を顰める。
魔剣は効果を発揮している。ロイの反応から見るに――循環によって性質の変わった魔力に対して、本来ほどの効果を発揮していないのだろう。
キャストイーターというその名。そしてロイの反応、自信。
本来なら中距離から術式――魔力を磁石のように引っ張り、干渉する事で術の構築を阻害するといったところか。
ともかく、近距離にまで詰めれば更に強力に魔力を吸い上げて、抵抗できない魔術師をその刃にかけるのだろう。
吸い上げには偏りがあるように感じられる。刃が向いている方向に効果を発揮する、か。
ロイが魔法剣士である事を併せて考えると、所有者は魔力干渉の対象外でもおかしくはない。
ウロボロスに魔力を纏わせて近接戦をする分には問題ないだろう。竜杖による魔力打撃は術式のような繊細なものではないからだ。刀身に遠い部位であれば術式も構築できるようだ。だが高度な術式の構築は妨害される可能性が高いと見るべきか。
ならば――踏み込んで叩き潰すまで。
竜杖を握り、左右から絶え間ない打撃を繰り出す。打ち合い、流し、身をかわし。互いに打撃と斬撃を応酬する。
刺客達であればとっくに粉砕している程度の威力で攻撃を繰り出しているのだが、ロイはそれをきっちり受け止めている。これは恐らくキャストイーターだから叩き潰せない、というわけではないだろう。受ければ腕の骨ごとひしゃげる威力で攻撃を繰り出しているのだから。
魔力ではなく――闘気による身体機能強化術か。俺の一撃を受け止めながらも、体重と膂力に任せて押し返そうとしてくる。
だが、まだまだ。一瞬力を込めてから脱力する事で受け流し、ロイの身体が流れたところを竜杖の逆端で下から掬い上げるように振り抜く。
「ちっ!」
顎先を掠める。上体を反らしたロイが舌打ちしながら後ろに退く。
退いた分だけ間合いを詰める。後ろに下がらせ、俺の後方へと抜けようとする動きをウロボロスによる打撃の軌道で塞ぐように制していく。
ロイは壁際に追い詰められそうになり。その前に大きく後ろに飛んで、窓をぶち破って外――屋敷の庭園に飛び出す。
食堂からは引き離した。ここまでは俺のコントロール下だ。ロイの着地予想地点に向かって間合いを詰める――と、そこでロイはこちらの予想外の挙動を見せた。空中で静止し、腰だめにしたキャストイーターを真っ直ぐに繰り出してきたのだ。
竜杖の先端に魔力を込めたまま向こうの切っ先とぶつけ、巻き込むように搦める事で軌道を逸らす。
ロイの足元にはマジックシールドの光。大方、俺の空中戦の仕方を聞いてタームウィルズで魔法技師に作らせたのだろうが――。
奇襲が不発に終わった事を悟り、ロイは忌々しげな舌打ちをする。
「猿真似だな」
そう断じて、ロイに肉薄する。空中戦の経験値に関してはケタが違う。後れを取るわけがない。奴のそれでは精々、空中で体勢が整えられるようになった程度のものだ。
それはロイも分かっているのだろう。空中に留まる事には拘らず地上に降り立ち、迎撃の構えを見せる。あくまで魔道具は補助とする事で地上に留まって俺と切り結ぶつもりか。正しい判断ではあるだろうが。
シールドを大きく展開させたまま突っ込む。吸い上げられるような感覚が遮断される――が。キャストイーターはシールドに刃を食い込ませてきた。僅かに剣速を鈍らせたものの、シールドごと切り裂いて俺に迫る。
ウロボロスで斬撃を受け止める。そのまま懐まで滑り込んで魔力を込めた掌底で下から打ち上げた。ロイは咄嗟に空いた腕で受けながら飛ぶ。衝撃は殺されたが、大きく上に飛ばされる事になった。
打ち上げられるロイに向かって手を翳す。シールドを展開。その後ろでマジックサークルを展開。切っ先を向けられたシールドは揺らぎを見せるが、シールドに守られたマジックサークルに影響は届かない。
ロイが目を見開いた。そう。その魔剣の攻略は、既に見えている。
第4階級土魔法ストーンスプレッド。シールドの解除と同時に岩の散弾が射出される。
だが、ロイは射線上から空中を蹴って離脱する。それはそうだ。正しい選択だろう。だからこそ、こちらはその回避行動を予期している。
岩の散弾を放った時にはその結果を見届けもせず、既に地面を蹴って飛んでいる。ロイの回避先側へと回り込み、ウロボロスで打ち掛かって否応なく空中戦に巻き込んだ。
ウロボロスで後方へ弾き飛ばし、こちらは空中を蹴って迫る。ミラージュボディを発動。左右に分かれる俺の動きに、ロイの判断は一瞬遅れる。
が、キャストイーターを向けられたミラージュボディの姿が歪む。
間一髪。俺の一撃をキャストイーターで受け止める。刃は上向き。足の甲にマジックサークルを展開。阻害の影響は、ない。
水魔法で氷の脚甲を纏いながらの蹴撃。ロイは避けられないと判断したか、脇腹に闘気を集中させて受けた。
「ぐっ!」
重い感触。ロイは顔を顰めて吹き飛ばされながらもそのまま反撃してきた。
刀身に闘気が絡みつく。力任せに振り抜くと剣閃が飛来した。
全く同じ軌道をなぞるようにウロボロスで迎撃する。
「全く――末恐ろしいガキだ」
言いながら左手にキャストイーターを持ち直し、懐から何かを取り出す。
それは――刀身のない剣の柄、といった風情の品だった。鍔の部分に宝石のようなものが嵌っている。お構いなしに追撃を仕掛けようとして――俺は目を見開いて止まった。
宝石が輝き出し、凄まじい魔力が噴出し始めたからだ。
キャストイーターはその魔力を食らわない。やはり――任意の相手から魔力を奪う武器といったところか。
ともかく、狙いは分かる。左手のキャストイーターを盾とし、右のそれで攻撃を仕掛けるつもりのようだ。
「くくっ。展開に少々時間がかかるのが難点だが――こいつの威力は強烈だぞ? 喜べよ。滅多に持ち出せるものじゃないから、餌食になるのはお前が初めてって事になるんだからな」
ゆっくりと――光の刃が柄から伸びていく。
「それは――」
別に――。魔力の多寡で躊躇ったわけじゃない。無論、ロイの口上を聞きたかったからなどという事も、もっと有り得ない。
その、光の刃が持つ魔力の波長に、憶えがあったからだ。
「それは――マルレーンの魔力か」
それの意味する所は1つしかない。思考が。感情が冷えていくのが解る。
「ほう? 解るのか? そうさ。あの娘から奪った声を魔道具に組み込ませてもらっている。当代一の巫女になると言われたマルレーンの封じられた声だ。その神秘からなる威力が想像できるか?」
ロイは自慢の玩具でも見せびらかすように得意げな笑みを浮かべて、光の刃を振るえば、庭園の石畳に斬撃の痕を刻んでいく。
……勘違いしているな。俺は――大きく息を吸い、言った。
「よく、分かった」
加減する理由も消えたって事がな。
「お――」
次の刹那、爆ぜるような速度で踏み込んだ。ロイは左手のキャストイーターで咄嗟にそれを受ける。
だが構うものか。力任せに荒々しく魔力を叩き付けていく。2度3度と打ち込むと、ロイが衝撃に表情を歪めた。
歯を食いしばるロイの右手が振るわれる。屈めた頭上を通過していく斬撃の気配。確かに。大した威力だ。当たれば両断される。
だがそれはマルレーンのものだ。お前のじゃない。マルレーンから声を奪って。母親を――奪って。そうやって手に入れたものだろうが。
キャストイーターと光の刃。2本の剣とウロボロスの交差。光の刃でウロボロスを受け止め、マジックサークルから放つ魔法をキャストイーターで散らす。
なるほどなるほど。手数的には五分になったか。その光の刃も、当たれば一撃必殺だろう。で? だから何だ?
打ち合い切り結び、薙ぎ、払い、突いて巻き込み。そのやり取りの中で、俺は笑う。
循環循環循環循環。混じって廻れ、巡れ巡れ。応えろウロボロス。まだまだまだまだ。もっともっと喰らって高めていけ。
周囲が光で照り返されるほどに、ウロボロスが白熱し、唸り声を上げて。青白いスパークを撒き散らす。
「な、んだ……その、馬鹿げた――」
呆然とした表情を浮かべたロイに、有無を言わせず突っ込む。
打ち合えば、その度に軋むような音が周囲に響く。何の音か。ロイの骨格が軋む音だ。叩き付けるたびにロイの表情が苦悶に歪み、俺は歯を剥いて笑う。
生半可に腕が立ち。半端に闘気で強化している。だから、それだけの衝撃でも意識が飛ばないのだろうが。
キャストイーターの刀身に。人魚の嘆きの呪具に。微細な罅が刻まれていく。
「お――お、おおおっ!?」
さっきから――気付いているぞ。キャストイーターの吸い上げる魔力が段々と少なく。途切れがちになってきている。銀色の刀身の亀裂が大きくなるにつれて、魔力の光が罅の間から漏れ出す。
「砕けろ」
言って、ウロボロスの咆哮と共に振り抜く。キャストイーターと光の刃を交差させて俺の一撃を受ける。それでも無駄だった。
許容量を超えたキャストイーターがへし折れ、ついで人魚の嘆きの呪具も砕け散る。剣の中に溜め込んだ余剰の魔力が炸裂する。それより前に、マジックシールドを展開して俺は後ろに飛ぶ。ロイの方はそれも叶わず、魔力衝撃波に巻き込まれて高く空を舞った。
そのロイに、俺はウロボロスを向ける。そして見た。――白目など剥いている。腕も不自然な方向に曲がっているようだ。
小さく溜息を吐いて、俺はウロボロスを地面に突き立てる。一瞬遅れてロイの身体が地面に落ちた。




