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112 夜闇の包囲

 洋館に着くと王城から同行してきた使用人達が部屋に荷物を運び込んだりと慌ただしく動き始めた。

 玄関ホールから階段を登り、2階廊下右手側すぐがアルバートとマルレーンの部屋。俺は2人と同室である。正確に言うなら2人の部屋で使用人として控えているという形だが。


 この部屋の向かいがヘルフリート王子の部屋。廊下の奥へ行って隣室がロイ王子。斜め向かいがステファニア姫。ステファニア姫の隣がジョサイア王子の部屋となる。そして通路の突き当たり、最も大きな部屋がメルヴィン王と第1王妃の部屋、という割り振りになっている。

 他にも部屋はあるが、屋敷の一角に固めて部屋を割り振ってもらった。序列通りになってしまうのは怪しまれないためには仕方が無い。


 さて。まずは周囲の環境の把握。部屋に荷物を運び込みながらカドケウスを動かして、洋館内部と外部の構造を見ていくわけだが。


「結界、か。メルヴィン王には言われていたけど」


 五感リンクにノイズが混ざる。王城の――謁見の間に施されていたものと一緒だな。


「んー。魔人対策と無詠唱による暗殺対策って奴だよね。僕は魔法そのものは鍛えていないからあまりそういうの解らないんだけど……問題ありそう?」

「いや、俺に関しては大丈夫。結界は対策できるからこの作戦も問題ないって判断したわけだし」


 こうした魔力干渉の結界は迷宮深部でも罠として存在していたりする。魔道具の動作は問題ないが、魔術師本人にはこれが結構な妨害になったりするのだ。

 ではこれでバトルメイジが詰みなのかと言われるとそうではない。魔力循環すれば魔力の性質そのものが変わるので、結界から受ける影響を抑制できる。循環さえしていれば俺の魔法行使には問題はない。


 カドケウスの活動は……それほど遠くに行かせなければ制御下に置ける、か。それは相手側も限定的ながら使い魔を用いる事ができるというのを意味している。この点は念頭に置いておく必要があるだろう。


「でも、魔術師対策がそのまま、王族自身の魔法による抵抗をできなくしているところがあるな」


 俺が言うと、アルバートは眉根を寄せる。


「……それは」

「島の警備兵がいるから問題はないとも言えるけどね。無詠唱による暗殺と、どっちが危険性が高いかって言ったら――やっぱり結界は必要だと思うよ」


 そもそも王族は矢面に立たず、騎士や兵士が守るものだ。故に王族自身が自衛をしなきゃならない状況というのは、その時点で後手に回っているという事でもある。


 王族が国守りの儀の為に血統を重視しているという事は、裏返すと魔法の才能を持って生まれやすいという事だ。王となるために魔術師を目指す事は別に必要な条件ではないが、魔法の才能が伸びやすい傾向があるなら、各々が魔法の研鑽するのも自然とも言える。


 だから……この場所でタームウィルズの王族に対して仕掛けるのは、ある面では確かに有効だろう。


「そう、か。ならそうなると、何を使って仕掛けてくるかな」

「まず前の手口と同じ、飲食物に毒物を混入する方法。これはアルバートも知っての通りしっかり対策をしてきてるからいいとして」


 元々毒見役もいるし、解毒魔法のクリアブラッドを刻んだ魔道具と破邪の首飾りの準備と、最大限に警戒している。


「という訳で……俺が警戒するなら部屋に忍び込んでの暗殺かな」


 ライフディテクションを発動して、壁越しに生命反応を探る事で人の動きを見る事ができる。何かしらの動きがあったらその都度カドケウスを侵入させて、VIPの護衛に当たるというわけである。あと、緊急事態に際してはメルヴィン王から通信機に連絡があるはずだ。その場合はメルヴィン王の部屋に駆けつける手筈になっている。


 鞄にはスタミナポーションとマジックポーションを十分過ぎる量積んできた。循環による身体機能強化や睡眠対抗呪文などと併せて、滞在中は不眠不休で挑む姿勢だ。


「本当……頭が下がるよ。僕とマルレーンは、君が退屈したり眠ったりしないように話し相手になったりするのがいいのかな?」


 マルレーンは早速リュートを取り出している。最近イルムヒルトに習って楽器の腕を上達させているマルレーンなのである。


「俺が見逃しても使い魔が知らせてくれる手筈だから。そんなには気を使わなくていいけどね」

「そういうわけにはいかないさ。交代で仮眠をとる事にするよ」


 と、アルバートは苦笑した。それからふと真顔になって聞いてくる。


「……犯人、誰だと思う?」

「……現時点では何とも。ただ今回犯人が動いた場合、ジョサイア殿下や第1王妃の可能性は減るね」

「その2人は……現状維持で十分だからね」

「そう。逆に言うと、何も起こらなければ2人の可能性が高まるとも言えるんだけど」


 ローズマリーが失脚して状況が変わったと言っても……ジョサイア王子と第1王妃にとってだけは諸手を挙げて歓迎すべき事だ。今のままでもジョサイア王子が王になれる以上は、この状況下で積極的に動く必要が薄い。まあ……王位継承を焦っている場合は話が変わってくるのだが。


 だから、犯人の目的が王位継承であるなら……狙われる危険性が高いのはまずジョサイア王子。次いでメルヴィン王となる。後は王位継承権の高い順に狙われる、ということになるだろうか。

 反面、序列が下の相手から狙うメリットは薄い。余計な目標を先に攻撃してしまうと、その時点で他の王族の警戒度を高めてしまう結果になる。だから決めるのなら一撃で目的を達成しないとならない。


 もう1つの可能性も想定しているが――その場合は証拠も何もないからなぁ。




「――毒は使ってこなかった、か」


 夜の帳が落ちた窓の外を眺めながら、アルバートが呟く。寝台の上ではマルレーンが静かに寝息を立てていた。室内に響くのは暖炉の薪が爆ぜる音だけだ。

 夕食時も何事も起こらず――至って静かなものだった。


「今のところはね」


 初日に何も起こらなかったからと言って警戒を怠る理由にはならない。

 そう答えてライフディテクションでの監視に戻る、とアルバートが尋ねてくる。


「マティウス……いや、テオ君に1つ聞きたかったんだけどさ」

「ふむ」

「僕が犯人だって疑ったりはしないの? 最初から候補にさえ入れていないような印象があるんだけど」


 不思議そうに何を言うかと思ったら。当時の年齢や実行可能かどうか。魔法審問を突破するための人材と基盤。動機に性格。その後の顛末等々、色々勘案してアルバートという線はないと思っている。


 BFOでは――メルヴィン王が高齢になって、ローズマリーとジョサイア王子が鎬を削っているという状況下だった。その時代でさえ、派閥を持たずに工房や冒険者ギルドに顔を出しているアルバートだったのだ。一貫して跡目争いからは距離を置いているし。


「まあ……色々理由はあるけどさ。事件当時にそれだけの事ができる知識があるなら、錬金術や調薬を学んでいたっていう情報が出てきてもおかしくないけど、そういうのは出てこない。何より、動機が見当たらないしな」


 ローズマリーのように特殊な環境に恵まれたわけではないだろうし。アルバートの方に振り返り、俺は眉を顰めてしまった。


「それに――アルバートにはできない理由がもう1つ増えた」


 怪訝そうな顔をしているアルバートを尻目に。窓際まで行って、外に見える反応を睥睨して、俺は言う。

 俺達の部屋は洋館の海側ではなく、森側に面しているのだが――その森にいくつもの生命反応の光が見えてしまっている。


「何だい?」

「この屋敷を包囲しようとしてる連中がいる。ええと。ちょっと待って」


 ライフディテクションを一度切り、暗視の魔法に切り替えて夜の森の中に目を凝らす。

 木陰の間に見え隠れするのは――武装した警備兵達。

 無論屋敷を包囲する理由もなければ、こちらに向かって包囲を狭める理由もない。通常の任務からは激しく逸脱した行為と言えるだろう。

 島の警備兵を抱き込んでいたか、或いは息のかかっている者を上陸させていたのか、入れ替えていたのか。


 いずれにしても、そんな連中を動かす政治基盤も人脈も、アルバートは持ち合わせていないのだし。


 それにしても……。毒殺でも忍び込んでの暗殺でもない、もう1つの可能性、か。全く、良くない方向にばかり予想が当たってしまうものだ。


「暗殺というよりは、これじゃ王位の簒奪(クーデター)だな。王族は自分以外、この場で皆殺しにする気なんじゃないのか?」


 成功した後の処理をどうするつもりなのかなど、まだ幾つかの点に疑問も残るが……ともかく、追及する人間がいなくなって自分がトップに立ってしまえば、証拠を残すも残さないもないというわけだ。


 まずは連中を排除、無力化してからだな。布で包まれてすっかり機嫌を損ねていた竜杖を手に取ると、ウロボロスが嬉しそうに鳴いた。

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