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111 変装執事

いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。

25日9時30分頃再度修正させていただきました。不手際申し訳ありません。

 ――別荘へ静養に向かう日はあっという間に近付いて、予定通りの出発の日となった。


「どんな感じだろう。変に見えてないといいんだけど」


 自分の前髪を摘まんで色を見てみる。黒色の髪に黒い瞳という容貌なようなので、変装したという割には自分自身ではそんなに違和感を覚えない部分もあるのだが。


 指輪は魔道具であるために記述通りに決められた通りにしか動かない。こうして変装は可能ではあるのだが姿を自由に変えられる、というわけではないそうだ。姿をまた別のものに変えたいなら、別の指輪を用意するしかない。


 まあ容貌はともかくとして使用人という肩書きだからな。それに基づいた格好にこそ問題があるような気がしてならない。

 クロスタイに燕尾服、白手袋を装着してと……執事風の装いではあるのだが。どうせ俺の礼儀作法なんて後付けの物なので、ボロが出ないか心配なところだ。

 名目としてはマルレーンの身の周りの世話をするために、アルバートが使用人として俺――マティウスを雇っているという形である。


「そんな事はありませんよ」

「ええ、おかしな所は見当たりません」


 グレイスとアシュレイが言う。

 んー……。彼女達が大丈夫と言うのならそうなんだろう。メイドに女男爵にという面子。それぞれ使用人とも馴染みがあるわけだし。


「それじゃあ、グレイス。解放していくけど、大丈夫?」

「静かに過ごしますので、数日ぐらいなら大丈夫ですよ。それより必ずご無事に帰ってきてくださいね」


 グレイスは微笑みを浮かべた。逆に心配されてしまったようだが。


 今回、王家の休暇という事でマルレーン以外に同行者はいない。強いて言うならカドケウスだけだ。

 変装して潜入するのでぞろぞろと人を連れてはいけないし、タームウィルズ側でもやる事がある。


 カドケウスはどうしてもこっちで必要になってしまうから同行させる。となるとグレイスが自分の身を自分で守れるようにしておかないとならない。

 教団だの人質だのキナ臭い話が出ている以上、呪具で封印したまま残していく事はできまい。


 鞄に衣類のほか、ポーションだのを詰め込んで、ウロボロスを厳重に布で包んで……旅支度は完了だ。

 グレイスを解放し、顔を上げる。


「それじゃあ、行ってくる」

「はい。お気をつけて」

「そっちもね。こっちではそれほど派手にはならないと思うけれど」


 と、彼女達に言い残して家を出る。マルレーンは先に馬車で港に向かった。俺はまず工房に行って、アルバート王子と合流してから港へ向かう段どりだ。


 カドケウスはいるけれど……1人、というのは久しぶりな気がするな。いつもみんなと行動していたし。


「やあ、テオ君。……いや、今はマティウス君か」


 工房に着くとアルバートが待機していた。アルバートは俺の格好を見て、言う。


「うん。これなら大丈夫じゃない?」

「あんまり……自信ないけどね」


 一応庶子という事で、貴人相手の作法はキャスリンなどに言われて身に付けさせられているけれど。


「さて。それじゃあ行こうか。こっちも準備はできてる」

「ん」




『そっちはどんな感じ?』


 慌ただしく乗船しアルバートとマルレーンの船室で腰を落ち着けたところで彼女達にメッセージを送ると、しばらくしてから返信があった。


『問題ありません。予定通りに動いています。グレイス様も、戦いにでもならなければ落ち着いていられる、との事です』


 と、アシュレイからだ。解放されているグレイスは力加減が難しいので通信機が使えない。不便な思いをさせてしまっている所があるな。グレイスの通信機については素材の見直しと構造強化で耐えられるような改良が必要だろうか。その辺も順次進めていこう。


『どうしても我慢できなかったら、迷宮で暴れるそう』

『テオドール君も気を付けてね』

『みんなといっしょ たのしい』


 ……三者三様のメッセージだ。最後の1人はセラフィナである。

 フォレストバードやロゼッタ。信用の置ける者達にも協力してもらっているので……あちらに関しては問題はないだろう。空中戦装備があるから空から逃げるのも容易だしな。

 

「さて――」


 こっちはこっちに集中し、気持ちを切り替えていこう。


 王太子ジョサイア、第2王子ロイ、第1王女ステファニア。

 3人が3人とも領地を持っている。タームウィルズを中心として見た場合、ジョサイア王子は西方。ロイ王子は南、ステファニア姫は北に領地を構えているわけだ。

 普段はそれぞれの領地にて領地経営をしており、統治を卒なくこなしているところがある。だからこうやってタームウィルズに一堂に会するというのは滅多に無いそうだ。マルレーンの暗殺未遂事件以来――という事になるか。


 ローズマリーについては能力至上主義を唱えていたからか、慣例通りの年齢になっても領地を与えられなかった。統治経験をさせない事そのものが、メルヴィン王のローズマリーへの無言の回答ではあっただろうし、ローズマリーもその事を承知した上で環境を利用して中央に基盤を作ってしまおうと暗躍していたわけだ。


 正攻法で王座につくのが無理だと承知していたからこその立ち回りなのだろうが……それはそれで王子と王女からの警戒や不審を招く事となり、当人達に秘薬を盛る機会が無かった、との事だ。占い師のアナスタジアの姿でも、さすがに王の塔には立ち入れない。

 そして王城に連れてきた側近達からは、その手の秘密は探れなかったそうだ。だが、実際に王族の誰かが動いている。


 さて……王位継承を目的とするなら、それぞれに動機があると言っていい。まとめて魔法審問を受けさせられたら手っ取り早いのだろうが、王家の面子や外聞もあるのでさすがに無理だ。

 被害を受けたのが第2、第3王妃の子息達だったから第1王妃という可能性もあるが。ともかくその辺り誰が動いたかをはっきりさせるための誘いでもある。


 船室をノックする音が響いた。


「どうぞ」


 扉を開けて顔を出したのはアルバートであった。


「マティウス君。そろそろ島が近付いてきたから、甲板に王太子殿下達が出ているんだけど、どうする?」

「分かりました。同行します」


 アルバートやマルレーンと共に甲板に出る。彼女達の後ろに控えるようにして、使用人らしく、といった事を心掛けて動く。


「そういえばこの辺ぐらいじゃないか? 島が見えたからって、兄さんが身を乗り出し過ぎて海に落ちたのは」

「よしてくれ。子供の頃の話だろ」


 甲板にはジョサイア王子とロイ王子がいて。ジョサイア王子がロイ王子の肩に手を回して笑っているという場面だった。

 少し離れた所でステファニア姫が穏やかな笑みを浮かべてそれを見ている。


「3人とも、昔から仲が良くてね」


 アルバートが独りごちるように補足を入れてくれる。

 国守りの儀に関わる魔力資質の向き不向きはともかく。3人はいずれも魔法の才能があるそうだ。最も魔法の才能に優れるのはジョサイア王子。次いでステファニア姫。

 ジョサイア王子は西の海沿いの領地。内海の要衝を押さえてタームウィルズの守りを固める役割を担っている。

 タームウィルズに向かう外国からの船が寄港する、ヴェルドガル王国の玄関口だ。その地を治める重要性は言うまでも無い。


 ステファニア姫は親善として何度かシルヴァトリアに足を運んでいるそうだ。北方に領地を構えているのも、シルヴァトリアと良好な関係を築いているからというわけだ。

 交流を結んで、ヴェルドガル王国の魔法技術の発展にも貢献していると言える。


 ロイ王子は……魔法に関しては他の2人より一段劣るが、剣の腕も優れているという話だった。要するに、魔法剣士である。

 領地を拝領する段になり、中央付近の要衝よりも南方の国境付近の守りにつくのが良いとメルヴィン王に申し出たらしい。

 ヴェルドガル王国は長らく平和が続いている。だが、だからと言って国境警備が必要ないわけではないからな。だからロイ王子に関して言うのなら、王族の中では最も軍人気質という事なのだろう。


 まあ要するに……3人が3人とも要職についていて、評判も悪くないという事だ。

 見たところ、仲も良いように思えるが。さて。


「ああ。みんな、ここにいたのか」


 遅れて、甲板にヘルフリート王子も出てくる。


「久しぶり。ヘルフリート」

「アルバートか。そういえば、戻ってから挨拶してなかったな」

「んー。そうだね」


 アルバートは苦笑した。魔道具の作成と改良で忙しいのだが、その辺の事を王族で知っているのはメルヴィン王ぐらいのものだ。


「アルバート君は普段、あまり王城にいないみたいだからね。社交界に顔を出しているわけでもないみたいだし……少し心配しているのよ? 今築いた人脈は将来、あなたの力になってくれるのだから、繋がりはもっと作ってもいいのではないかしら? その……あなたの気持ちは分かるけれど」


 それを見たステファニアが会話に加わってくる。

 気持ちは分かる、というのは、アルバートが社交界で母を喪ったからだろう。


「いや、まあ。僕は僕で、それなりにやっていますので」

「そう? なら良いけど」


 ステファニアが首を傾げた。


「その辺は大丈夫なんじゃないか? アルバートは例の大使殿と繋がりがあるんだろう?」


 ロイが会話に加わってきて、ジョサイアが相槌を打った。


「ああ、マルレーンが婚約するっていう話だったね」

「ええ」

「マルレーンが結婚したら、これだけの顔触れで来られる事もないんだな。今年は人が少ない」

「ローズマリーもいないし、第2王妃殿も体調を崩されているからな」


 ジョサイアとロイはそんな言葉をかわして苦笑した。第2王妃はローズマリーとヘルフリートの母親だ。体調を崩しているというより、ローズマリーがやらかしたのでこういった集まりに顔を出したくないのだろう。


 遠くに見えていた島が段々と近付いてきた。


「そろそろ船着き場に着くみたいだよ」

「そうですか。ではそろそろ支度をします」


 頷き下船の準備を始める。

 やがて船は島に到着する。船を降りて何人かに分かれて馬車に乗り込み、整備された島の道を暫く行くと……海原を望む場所に、大きな洋館が建てられていた。

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