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110 対抗策

「つまりマルレーンの声が、戻る……?」


 ローズマリーとの話は通しておく必要がある。ヘルフリートとステファニアとは世間話もそこそこに別れて、メルヴィン王に報告する事にした。

 マルレーンにも関わってくることなのでアルバートも交えての話し合いである。人魚の嘆きの事に話が及ぶとメルヴィン王とアルバートは目を丸くする。


「声を封じた器が破壊されると戻ると、文献の内容にはありますからね。恐らく証拠品であっても処分できない品だと思います」


 マルレーンの状態を維持するには物品の保存状態に気を使わなければならない。

 降嫁する事になって役割が終わったとしても重要な証拠品である事は変わらない。迂闊に処分もできないとなったら……人目に付かないよう管理するしかない。


 俺としては……マルレーンの自由意思があってこその、話す話さないという選択だと思うのだ。よって、取り戻す方向で動くというのは、もう決めた事であるが……それには犯人を叩き潰すという過程がどうしても必要になってくる。勿論、そこにも異論はない。


「なるほど……ね」

「ふむ。目録には……当時の記録が残っておらんな」


 メルヴィン王は紙束をめくりながら言う。

 王城で備品を買った場合、その目録と購入者が記帳されて残されているという話だったので、過去の台帳をチェックする必要があった。この辺はメルヴィン王の協力さえあれば入手も閲覧も容易ではあるのだが。


 さて。人魚の嘆きのレシピには、一点だけそれなりに貴重な品物がある。それがブラッドパールだ。

 魔光水脈に出現する、グラトニックオイスターという貝の魔物から剥ぎ取れる素材である。それの購入履歴から追えないかと思ったわけだが……。


「何日分か、抜けておるのだな、これは」


 台帳を捲りながら、メルヴィン王は不愉快そうに眉を顰めた。


「他の日付はどうでしょうか」


 尋ねると、メルヴィン王は紙束をしばらく捲っていたが、やがて確認を終えたのか台帳を机の上に置くと、言った。


「他は揃っておるな。事件の前の時期が数日だけ抜けておるとなれば、作為的な物を感じざるを得ん」

「十中八九証拠の隠滅でしょうね」


 アルバートはメルヴィン王の言葉に小さくため息を吐いた。

 ブラッドパールに限らず、人魚の嘆きの、他の素材の購入日についても同様の後始末がされていると受け止めるべきなのだろう。


 記録の紛失している日が素材の購入日だと断定できるわけだから、時間さえ経っていなければ誰がどこで購入したかまで追跡できたのかも知れないが――今となっては追うのも難しい。

 時間の経過と記憶の風化もまた、魔法審問の精度を下げる。必要なのは当人の認識だからだ。

 ただ、それでも得る物が無いわけではないけれど。


「逆に言うのなら、王族の誰かが関わっているのが確定したようなものだな」


 当然そうなるだろう。メルヴィン王の言葉に頷く。

 台帳は、王族が必要になって買い付けに行かせた物品の購入履歴について記録したものだ。つまり――この台帳上で証拠隠滅がなされているという事は……。


「候補が王族に絞られてしまう――という事でしょうね」

「そういう事になる。残念ながら、な」


 メルヴィン王は疲れたような声で言った。


「余は――後嗣を明確にしてきたつもりではあるのだが、な。ローズマリーのそれは実態が伴わぬものかと思えばあの有様。そしてもう1人は己が表に出ぬよう慎重に立ち回っておる。全く嘆かわしい事だ」


 親族同士の骨肉の争いなど、誰が見たがるものか。メルヴィン王にとってはかなり精神を削られる話ではあるのだろうが、こうやって裏付けが出てきてしまうとどうしようもない。


 マルレーンの暗殺未遂事件は、マルレーンを王位継承から遠ざけ、ローズマリーにも打撃を与えるという策だ。王位継承に絡む話でもなければリスクに見合うリターンがない。


 さて、そうなると……ローズマリーの失脚と幽閉は――犯人にとって得であったのか損であったのか。


 跡目争いからローズマリーが脱落したというのは、そこだけを切り取って考えれば、犯人にとって得であると見るべきなのだろうが――例えばその考えの中に、ローズマリーに濡れ衣を着せて始末するところまでが組み込まれていたとしたらどうだろうか。


 その場合は話が変わってくる。今の時点でローズマリーの悪事が暴かれ、暗殺事件と無関係である事がはっきりしてしまった事や、幽閉されて彼女の行動の自由が奪われている事は、決して犯人にとって歓迎すべき事であるとは言えない。犯人が彼女に期待していた役割の一切合財が白紙になってしまうという事を意味するからだ。

 そうなると……近いうちに何か行動を起こす可能性がある。


 そういった考えを聞かせると2人ともうんざりしたように小さくかぶりを振った。


「行動を起こす可能性……。父上。そうなると、今年の静養については警戒を厳にするか、中止した方が良いのではないですか?」

「静養?」

「港から程近くの沖に、王族の別荘が建てられた島があるのだ。間欠泉が噴き出していて……海を眺めながら温泉に入れるという、風光明媚な場所ではあるのだがな」


 ……ああ。あの島か。BFOでも確か、あったな。

 上陸は一般人には許されていない。警備兵が配置されていて、いずれ何かのイベントでも起きるのかと思っていたが……王族が利用している島だったからか。


「晩餐会や舞踏会、夜会が多いとやや気疲れしてしまってな。本来なら冬に休暇を挟む事で英気を養える、といった趣旨で行うものではあるのだが」

「それで、王族が何日か島に泊まったりするんだけど……」

「それは確かに……何かを仕掛けるなら好機でしょうね」

「……と思うよ。港側の結界を維持するための島でもあるから、魔人に対しての備えは厚いけれど――」

「人間の刺客に対する備えは、王城にいるよりは薄くなるであろうな」


 メルヴィン王は腕を組んで思案するような様子を見せている。


「実は、他にも問題が持ち上がっておってな。テオドール。そなたは南方で活動しているデュオベリス教団というのを知っておるか?」

「……魔人崇拝の邪教集団」


 デュオベリス教団。人知を超えた力を振るう魔人を崇拝する連中の事だ。魔人の力を借りるために、刺青の形で魔術を身体に施しているのが特徴とされる。

 魔人に対して協力的で、生贄を捧げたりなどもするそうだ。当然ながら、どこの国でも邪教扱いされる部類である。

 だが、デュオベリスが何故このタイミングで話に出てくるのか。連中の活動は地域と密接に関係している。暗君の圧政に耐えかねた民衆が魔人に救いを求めた結果という話であって、ヴェルドガル王国とはそもそも関係がない。遠方の国に手を広げている余裕なんてあるのか?


「うむ。さすがに博識よな。連中が名のある魔人――つまりゼヴィオンを倒した魔人殺しを敵視しておるという情報が入ってきていてな。そうでなくとも城門や街中での警戒を強化しているところではあるのだが」


 なるほどね。魔人殺しの偽情報はそいつらに対しての対策にもなっているな。


「情報の広がり方から見て、警戒すべきは陸路の往来が可能になる来春からが本番と見ておったのだがな。様々な問題も立ち上がっているし、念のため、今年の冬は静養を中止しようかと思っていたのだ」

「それでは――」


 アルバートは今年の静養は中止で決まりかと思ったのだろうが、メルヴィン王は何やらまだ迷っている様子だ。


「……考え方を変えれば、そういった連中を炙り出せる好機とも捉えられるかも知れませんね」

「うむ……。テオドール。そなたさえ良ければ共に静養についてくるというのはどうであろうか?」


 暗闘している犯人にしても教団にしても、向こうが仕掛けてくるその時が、カウンターを食らわせる好機でもある。そうメルヴィン王は見ているわけだな。


「問題があります。僕が付いていったら警戒されてしまうと思いますよ」


 迷宮で待ち伏せされた時やシーラ達が尾行された時、徹底的に叩き潰したりしたからな。今後の手出しを躊躇させるために殊更派手にやったわけだし。


「そこはそれ。丁度良いものがあるではないか」

「あー……。もしかして、あれを僕に使えと?」

「うむ」


 ……悪戯っぽく笑うメルヴィン王が何を言いたいのか理解して、俺は苦笑してしまった。

 あの変装用の指輪を身に着けて同行すれば、敵方も油断するというわけだ。まあ、手袋などの装備品も身に着ける必要があるか。

 相手が行動しやすい状況に持っていって、動いたところを叩き潰す。そういう策の方が手っ取り早いし、俺としても好みではあるな。


「なら、静養には僕も行くよ。僕の使用人という名目にすれば、行動の自由をいくらでも確保できるだろうからね」

「分かりました。そういう事でしたら」


 ……ふむ。並行してタームウィルズでも敵の手を潰すための策を練っておくか。想定した範囲内なら対策を考えられるし。

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― 新着の感想 ―
[一言] 漫画でここの部分読んでて「いや静養なんか中止にしろよ…」としか思えなかったので原作読んでみましたが、この辺全然違うんですね。主人公に任せっきりになってしまってるのは変わらないけど、そこまでの…
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