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106 家妖精セラフィナ

「怪我は――してないな?」

「――うん」


 どうやら言葉を喋れるらしい。妖精は俺の顔を見たまま頷く。

 念のため循環錬気で診てみる。一瞬体を震わせたものの精霊……いや、妖精は逃げ出すでもなく、大人しくしていた。


 相手が妖精であっても循環錬気は有効らしい。その体にまだ、瘴気が少し残っているように見えた。循環錬気にて中和し、外部へと排出していく。

 ……というか、中和しているはずなのだが、瘴気がどこからか湧き出してくると言うか絡みついてくると言うか。


 そのまま地面に降り立つ。マルレーンとイルムヒルトが祈りや鳴弦を中断し、結界が解除される。途端に瘴気の勢いが増した。


 とりあえずは――循環錬気で抑えて散らしている分には大丈夫そうだ。このまま循環錬気で凌いで、原因の排除に向かうべきだろうな。

 それにしてもこの反応。妖精の消耗が殊の外早かったのも彼女達の援護があったからなのだろう。


「お怪我はありませんか?」


 アシュレイが近付いてくる。俺は無傷なのだが、彼女はやけに深刻そうな表情で――ああ。そういう事か。


「大丈夫。爆発に巻き込まれたように見えたなら、あれはそういう魔法だからだよ」

「驚きました」


 グレイスが胸を撫で下ろしている。マルレーンも胸に手を当てて大きく息を吐いていて。彼女達に限らず、シーラとイルムヒルトも安堵しているように見える。


「んん。心配かけてごめん」


 と、頬を掻いて言うと、彼女達に微笑みを向けられてしまった。

 アウリアはと言えば、リペルバーストを知っているのだろう。心配しているという様子は見られず、呆れ顔で言った。


「いやはや。あの戦い方。それに第8階級の魔法など見るのも久しぶりじゃな。あんな大魔法を用いてきっちり加減してくるあたり、末恐ろしいものがあるのう」


 と言いつつ、妖精の顔を覗き込む。


「どこからか瘴気が湧き出しているように思えるんですが」

「それは――元々の居場所に異変があるのじゃろうな。さて――」


 アウリアは俺の掌の上の妖精に向かって語り掛ける。


「何故、苦しんでおったのか、説明はできるかの? 力になれるやも知れんぞ」


 妖精は頷くと立ち上がる。


「お願い。いっしょに来て」


 そう舌足らずな声で言って立ち上がり、俺の手から飛び立つが――瘴気が悪影響を与えているのか、苦悶の表情で失速しそうになる。

 妖精を掌で受け止めて循環錬気で瘴気を排出していく。


「そのまま俺の手に乗っているといい。瘴気はどうにかする」

「う、ん」

「どっちに行けばいい?」


 妖精は夜の闇の――通りの向こうを指差す。


「ご無事で何よりです、大使殿」


 結界の外で兵士達の指揮をしていたメルセディアがやってくる。

 王城への報告をするにも顛末を見届けなければならないので、彼女が御者になり、馬車を出してくれるという事になった。


 掌の上の妖精はどこか落ち着かない様子だったが、腕をよじ登ってきて肩に腰かけ……ようやく落ち着いたらしい。循環錬気に差支えはないから、それでいいなら別にいいけど。何故だか頬を撫でて、納得したように頷いている。




「この家?」

「うん。そう」


 妖精が頷く。向かった先は北区の一角だった。窓に板が打ち付けられた――空家となっている古い家だ。

 魔人が何を残したのか解らないが――こういう家の中に隠しておけばというところだろうか? 影響を受けてしまった家妖精がいたというのが――魔人の誤算だったのか狙い通りだったのかは分からない。


 そのまま家の中に入ろうとしたが、鍵がかかっている。


「私が」


 シーラが鍵穴に向かって何かの道具を差し込むと、あっさりと鍵穴が開く音がした。


「ふむ。良い仲間を持っておるのう」


 アウリアが感心したように言った。冒険者ギルドの長だけあってシーフには寛容なようだ。


「あっち」


 妖精が指差すのは2階。もうここまで来ると誘導を受けなくても場所が解ってくる。

 2階の一室に入る。家具や調度品の類はないが――暖炉がある。妖精が差しているのは、その暖炉の中だ。

 残されていた灰を風魔法で除けて纏める――と。


「これ、か」


 入口には鍵がかかっていた。恐らく煙突から投げ込んだのだろう。それは――精霊殿の奥にあった宝珠によく似ている。

 あくまでも見た目だけは、だ。あれが宿している物が精霊の力なら、こちらは瘴気を立ち昇らせていた。どうやら――魔人の持ち込んだ代物で間違いなさそうだ。


「どうなさいます?」


 斧を軽く持ち上げてグレイスが聞いてくる。その意味する所は1つだ。


「その判断は少し早いかな」

「それは同意見じゃな」


 こういった手合いの物が内側にどれだけの力を溜め込んでいるか解らない。少なくとも魔力溜まりに匹敵するほどの影響力を持つ瘴気を溜め込んでいるわけだ。

 壊して大量の瘴気が溢れたなどとなれば元の木阿弥だ。それぐらいならまだ可愛い方で、街の一角にクレーターができるなんて事も考えられる。要するに、どんな影響が出るか解らないというか。


 さて――。魔人の目的はなんだろうか。敵陣に投棄して、それきりというのは。こちらがこれを、どう処分しようが構わないという事だろうか?


 見つけられても構わないと思っていたのか。これが引き起こす騒動そのものが目的なのか。それとも見つけ出した相手に破壊させる事か、或いは手元に置かせて保管させ、然るべき時に利用する事か。

 ならば、どこかタームウィルズから離れた場所に投棄――したとしても、魔人側には見つけ出す手段があるかも知れない。そもそも監視下から外すのも不安が残る。


 これをどう扱うのが最善なのか――判断材料が少なすぎる。


「とりあえず……ここから持ち出せば、妖精への影響はなくなる、のかな?」

「ここに置いてある物から妖精が影響を受けている以上、そうするのがいいじゃろう。家妖精というのはそういうものじゃ」


 家妖精、ね。キキーモラだとか家にまつわる精霊や妖精は数多くいるが、バンシーも家主の死を嘆くという意味ではその系譜という事か。それとも瘴気やら人の思念によって性質が変化してしまったか。


 とりあえず、ルセリアージュの置土産に関しては処分は保留だ。レビテーションで浮かせてそのまま家の外まで持ち出す。

 敷地から出た途端、妖精に纏わりついていた瘴気が霧散していく。これで良いみたいだな。


「これを安置できる場所を作って、そこに結界を張って……漏れ出る瘴気を無効化したうえでこれが何なのか、調べるしかないな。正体が分かるまでは、対応も慎重にせざるを得ない」

「分かりました」


 グレイスは目を閉じて静かに控える。

 全く。ルセリアージュもとんだ危険物を残してくれたものだ。

 ただ、これは魔人達が残した証拠物でもある。連中の目的を手繰り寄せる糸口になるだろう。




 魔人の持ち込んだ品――仮の呼称として魔人の宝珠、と呼ばせてもらう事になった――は王城の一角、魔術師隊がいる塔の地下区画に暫定的に安置する事となった。

 厳重に結界を張り巡らせ封印する形だ。外部に影響は出ないが、魔人の宝珠そのものは無傷ではある。

 魔人の宝珠を用いて何かを仕掛けてくる可能性もあるわけで。

 王城や神殿に置いておくのは危険でもある。一時的に最も防御の厚い王城の中に置き、街の端にこれを保管する為の施設を作るという事で、メルヴィン王との話は付いた。


 まあ、魔人の宝珠の事はそれでいいとして。


「どうやら気に入られたようじゃのう」


 と、王城への報告を終えて帰る道すがら、アウリアからそんな事を言われた。

 そうなのだ。妖精はあの家に残るでもなく、俺達の周りを飛び回り、離れていかない。

 マルレーンやイルムヒルトにも良い印象を持っているようで。マルレーンの指先に触れたりして微笑み合っている。やはり――マルレーンは妖精の類と相性が良いようだ。


「いっしょにいちゃ、ダメ?」


 俺を見て、そんな事を聞いてくる。


「いや、駄目って事はないけれど。帰る家はあの古民家じゃないのか?」


 と聞くと、悪戯っぽい笑みを浮かべて首を横に振った。


「家妖精は主人を定めてその家に住むものでな。お主の家に引っ越すつもりなんじゃろうよ。幸運の象徴とされておるし、食費などもかからんから別にいいのではないかな? 勿論、家人に害を及ぼすことも無いぞ」


 と、アウリアが補足説明を入れてくれた。

 幸運の象徴、ね。景久的な解釈をするなら座敷童みたいなものだろうか?


「――みんなは? それでいい?」

「幸運の象徴というのは……良いですね」

「妖精がいるお家なんて素敵です」


 グレイス達に尋ねてみると、彼女達からは特に反対意見は出なかった。割合歓迎ムードだ。


「分かった。じゃあ、家に来てもいいよ」


 と言うと、妖精は嬉しそうな表情を浮かべ、羽の色と同じ青い煌めきを残して空中を飛び回る。


「となれば、家主が名前を付けてやると良いのではないかな? 他者の影響を大きく受けたのだからその後遺症のようなものも出るじゃろう。お主らが結びつきを強くして性質を固定してやった方が安定する」


 そういうものか。まあ、ずっと妖精と呼び続けるのも何だしな。


「……セラフィナでどうかな?」

「んー……うんっ」


 少々思案してからそう言うと、妖精も少し吟味したような様子を見せた後で頷いて微笑みを浮かべた。どうやら気に入ってもらえたようだ。

 それにしても……どうもさっきまでに比べると、見た目通りに幼くなってしまっている印象があるな。

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