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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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105 精霊との戦い

 ――用意された簡素な祭壇。並べられた精霊を呼び込むための祭具。内部に閉じ込める為に引かれた魔法陣の線。

「それでは呼びかけを行うぞ?」

 準備を万端終えたアウリアが宣言する。南区――噴水のある広場だ。
 呼び出される精霊の種類によって役割分担を決めている。

「よろしくお願いします」
「うむ――では」

 答えると彼女は頷き、歌うように詠唱を始めた。

「眠りより呼び覚まされし彷徨える御魂。我が呼びかけに応えよ……」

 詠唱と共に俺の目には見えない何かが集まってくる。魔力が流れ込んでいるのを感じた。
 小さなものがやって来ては去っていく。そんな気配。
 あれでもなく、これでもなく。繰り返される無数の選別。
 そしてそれが来る。一際大きな物体が倒れ込んでくるような。斜面が崩れて雪崩れ込んでくるような。そんな感覚。

 散らばっていた霧が集まり形を成していく。実体化すれば俺にも認識出来る。夜闇に浮かび上がるような白い衣服と白い髪。頭を抱えて、苦悶の表情を浮かべている少女。

「今――!」

 アウリアが足元の魔法陣に触れる。途端、結界が発動して光の円が広場を囲う。
 精霊が、結界を引っ掻くような仕草を見せた。苦しそうに身悶える、その姿――。

「何故己の領分を越え、彷徨い給えるか。何卒お応えを――」

 アウリアの呼びかけは続いている。更に、マルレーンが苦しむ精霊へと祈りを捧げる。イルムヒルトは弓に矢を番えず、弦を引き搾り、鳴弦を響かせた。

 精霊は忌々しそうに振り返り、そこで初めて目を見開いた。白目も黒目もそこにはなく。血のような赤に染まった眼窩があるだけだ。
 その容貌に、アウリアが目を丸くした。それでも呼びかけは止まらなかったが、声の調子に緊迫感が増している。
 ――女の姿。そしてあの、赤い瞳。そんな姿をした精霊に、心当たりがある。

「――相手は魔法型。密集して防御」

 短く指示を飛ばせば、皆が指示に従って動く。アウリア、マルレーン、イルムヒルトの3人がそれぞれに精霊を鎮めるための術を駆使して、残りのみんなが彼女達の防御に回るという形。

 精神攻撃に対する対抗呪文、サイコフィールドを皆にかけ、更にディフェンスフィールドで後衛に直接攻撃されるのを防ぎ――後は俺が前に出て、戦う。

「行ってくる」

 みんなに肩越しに振り返って笑みを向け、ウロボロスを手に、前に出る。

 魔人とは違った意味で厄介な手合いだ。ましてや、何がしかの理由で力を溜め込み、凶暴化しているとなれば。加えて、一撃必殺を狙うわけにはいかないと。……さて。

「いぃぃいあぁあぁぁあ……」

 精霊の口から泣き声とも悲鳴とも呻きともつかない声が漏れだす。膨れ上がる魔力。その体にも変化が生まれた。角に翼、尻尾が生えて――それを拒むように己の肩を抱く。

「シールド!」

 仲間に防御の指示を出す。次の瞬間――精霊が大きく口を開いて――俺は最大規模でマジックシールドを展開していた。

 絶叫――。
 津波のような衝撃波が通り過ぎていく。それは悲鳴。聞く者の魂を引き裂くような魔力の波。まともに耳にした者を恐慌状態に陥れる効果を持つ。だと言うのに物理的な破壊力を有していて。
 結界内部の石畳に亀裂が走り。或いは砕け――広場にあった石造りの噴水は微塵に粉砕された。

「ぐううっ!」

 結界を維持しているアウリアが内壁を叩く衝撃に歯を食いしばる。衝撃波で粉砕されずに無事だったのはシールドより後方にあるものだけだ。
 だが誰一人とて怪我はない。精神にダメージも受けてはいないし、結界だって維持されている。

 絶叫。音の波。聞こえた時には防御は手遅れになっているわけだが――大技の前にはそれなりに魔力の溜めが必要らしいな。なら、充分に戦える相手だ。

 バンシー。家人の死を告知して悲しみ泣くと言う女の精霊であり、妖精の一種とも言われる。精霊も妖精も――親戚みたいなものだが。
 アンデッドと誤認されると言う意味においてもデュラハンと似たような性質を持つが……今の力――BFOのモブとは桁違いだ。

「人の思念が絡みついて、相当に力を増しておるぞ! 気をつけろ!」

 姿形の変化はそれ、か。アウリアの声を背中に受けながら、俺は魔力循環を発動させ、石畳を蹴ってバンシーに向かって飛ぶ。
 魔法を併用して加速。同時に、逆手に握ったウロボロスに魔力を込めてぶちかます。
 実体化している以上、精霊だからとすり抜けたりはしない。反発するような濃密な魔力。腕に伝わってくる重い手応え。この重さこそが精霊の纏う魔力や思念であるというのなら相当なものだ。
 火花を伴って互いに後ろに弾ける。

「ぎいいぃぃああぁっ!」

 バンシーは奇声を上げて迫ってくる。掌に紫色に輝く魔力を宿してぶっ放してきた。

 弾道から身をかわしつつ、大きく展開したマジックシールドで受ける。攻撃の性質を探る為だ。
 シールド全体に波及する衝撃。それは振動し、共鳴する魔力の塊。
 もし生身で受ければ骨を砕かれ内臓を揺さぶられ、全身に深刻なダメージを負うだろう。絶叫以外でもこれだけの攻撃手段を有しているわけだ。

 だが――踏み込みを躊躇う理由はどこにもない。バンシーの掌に込めた魔力と、打ち合うようにウロボロスを叩き付ける。互いの魔力がぶつかり合い、減衰し、相殺し合う。痺れるような手応え。
 その中に、僅かに感じる瘴気の気配。そこに纏わりつく人の思念、思念、思念。
 さぞかし――重いし、鬱陶しいのだろう。

「来い。それ(・・)は残らず削り散らしてやる」

 ウロボロスを構え――敢えて笑ってみせる。
 後方の3人を敵と見ていたようだが、その挑発で完全に俺を標的と見定めたらしい。

 両腕に溜めた魔力を叩き付けるように振るってくる。打ち合い、削り、受け流し。
 輪舞曲でも踊るように。互いの魔力をそぎ落としながら、空へと舞い上がる。

 高速で流れていく景色の中で、悲鳴とも怒声とも形容しがたい声が響いている。
 口から絶叫が飛び出してくる前に、一挙動で顎を杖でかち上げ、叩き落とす。
 が、そもそも痛覚などというものが無いのか。それとも纏わりついた余計な物は精霊の一部でさえないのか、怯んだような様子が一切見られない。
 ウロボロスで打ち落されたその瞬間には、もう立ち直っていて、顔だけこちらに向けて絶叫を上げた。

 ――音の壁。衝撃波。
 迫ってくる津波のようなそれを、マジックシールドとエアスクリーンの多重防壁で受け止める。シールドごと呑み込まれるような一撃。とかく攻撃範囲が大きい。

 ミラージュボディは使わない。常に仲間に衝撃波が向かわない位置取りが望ましいからだ。

「サンダークラウド!」

 第6階級雷魔法。帯電した暗雲に巻かれて、バンシーの身体が身悶えする。魔法の雷撃は、効果が大きいか。だがそれも一瞬。身体を大きく振り払うと魔力波によって雲が散らされる。

 再びどちらからともなくぶつかりに行く。ウロボロスに込められた青白い魔力と、奴の両腕に宿る紫の魔力が、夜の闇に尾を引いて光の軌跡を作る。

 向こうが一撃繰り出す間に、こちらの攻撃が幾度となく精霊を打ち抜く。
 削り取る感触。しかしバンシーは堪えない。下がらないし怯まない。
 間合いを詰められたので距離を潰される前に距離を取る。すれ違い、飛び越し、受け流して。再び向き直っては竜杖による打撃を叩きつけていく。

 バンシーは腕の魔力を凝縮し、広範を薙ぎ払ってくる。正面から突貫。ウロボロスで真っ向ぶち破り肉薄。脇腹を殴り抜ける。
 凶暴化していると言う割には……なかなかどうして、頭を使った攻撃をするじゃないか。それだけ力を蓄えて――高位の存在となって来ていると言う事か。

 顎を打ち上げて離脱。バンシーは俺の正確な位置を見失う。代わりに、俺の離脱した方向――その一帯を指差す。
 バンシーが辺りに散らした魔力が、俺の周囲で凝縮するように、無数の紫の光球を作り出した。これは――。

 口から漏れ出る絶叫。音の波が光球に到達した瞬間、共鳴を引き起こして連鎖的な爆裂を起こした。ほぼ同時。俺自身も、自身の身体を中心に全方位に爆風を撒き散らしていた。

「テオ!」

 みんなの悲鳴。だが問題はない。爆風の中から飛び出す俺は無傷だ。そのままバンシーに向かって突撃。ウロボロスを抑え込むようにバンシーは両手を前に翳すが、シールドを蹴って真横に飛んでから鋭角に軌道を変えて側頭部を打ち抜いていく。

 俺を中心にした爆発は――俺自身の魔法によるものだ。
 火魔法第4階級リペルバースト。術者の周囲に爆風を撒き散らすと言う、魔術師が近距離に寄られた時の護身用とも呼べる魔法。
 さながらリアクティブアーマーの要領で爆風を放って、全方位からの共鳴弾による衝撃波を相殺したというわけだ。
 今のバンシーの攻撃は――風魔法のレゾナンスマインを彷彿とさせるものだったからな。

 倒せないとは思っていなかったのか、バンシーは忌々しげに口から奇声を漏らしながら俺を追ってくる。
 俺の真似とでも言うように、自身の身体に纏う魔力そのものを共鳴弾と見立てて自爆攻撃まで繰り出してきた。
 だが音叉というのは源が巨大でなければ大きくは震えない。絶叫を起点とした共鳴波でないならば、シールドだけで充分やり過ごせるレベルだ。角度をつけて後方に受け流していく。

 打撃の応酬。回避と追撃。青白い残光を夜闇に残して、すれ違いざまに切り裂き、削り取る。衝撃波と爆発。
 だが、どんどん手応えが軽くなってくるのを感じていた。攻防。そのやり取りの一つ一つで燃料を燃やすような。そんな存在。
 だったら、もっともっと――大きな攻撃を繰り出してくればいい。

「来い!」

 魔力の溜めを感知して、足を止める。一瞬バンシーは目を見開き、そのまま魔力を膨張させた。円錐状に多重シールドを展開。同時に。これまでで最大級の絶叫が、俺を呑み込む。

 長く長く。いつ終わる事なく続く絶叫と魔力の奔流。青白いスパークを纏うウロボロスが唸り声を上げて俺の魔力に応える。腕に伝わる重い手応え。

「はああああああああああああっ!!」

 奔流の中に綻びを見出す。裂帛の気合と共に身体ごと回転。シールドで魔力の壁の中を抉り込むように突き抜けていく。

「ひ――」

 魔力の津波の中を貫通してきた俺を認めたバンシーが、今までの物とは性質の異なる悲鳴を上げた。巨大なマジックサークルを展開。

 別に――殺そうっていうわけじゃない。今までの手応えから総合して鑑みるに、この魔法が妥当か。

「焼き尽くせ」

 第8階級火魔法ファーネスフレア。バンシーを覆い包むように極炎の球体が生まれる。大火球の上下に、相手の身動きを奪う為の封陣。渦を巻く球形の灼熱地獄の中に閉じ込めて、一切合財を焼き尽くすと言う、凶悪な魔法だ。
 その中で悶えるように魔力を振るうバンシーの手応え。纏わりつく思念も苦しめている瘴気も残さず焼き払い、その力が急速に衰えて小さくなっていくのを感じる。そして――。

「今!」

 極炎が四方に飛び散る。
 本来は、炎が中心部に凝縮して爆裂する事で終わる魔法だが、そこまでやると本当に何も残らない。途中で術を解除したのだ。
 火球の中に残されていたのは――ぼんやりと燐光を放つ、バンシーというよりはフェアリーというほどに規模を削られ切った、小さな精霊の姿だった。

 バンシー。その名の意味する所は女妖精……であるらしいが。妖精の一種でもあるという証か。それともさっきの変異の影響が残っているのか。或いは俺がイメージを押し付けでもしてしまったか。
 背中に蝶のような透き通る羽が見える。モルフォ蝶のような、鮮やかに煌めく羽だ。

 やり過ぎではなかったかと、アウリアを見やるが、彼女は頷いている。どうやら大丈夫なようだ。

 意識を失っているのか――精霊は目を閉じたままゆっくりと高度を下げていたが、掌の上で受け止めると薄く眼を開く。
 そうしてその精霊は――何やら放心したままで、俺の顔を不思議そうに見詰めてくるのであった。
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